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その龍王お子ちゃまにつき

 ダンジョン最深部『龍王の間』。

 そこは謁見の間。

 そこは一辺が十数メートルにも及ぶ。

 人間には少し不安を感じる程の広さである。

 

 その中央にはなぜか、『ヨシミシティ農協』と書かれたみかんの箱が鎮座していた。

 箱のふたは撤去されており、中にはタオルケットが敷かれている。

 タオルケットの上にはクマのぬいぐるみ。

 ぬいぐるみを抱っこしてすやすや眠る小さな生き物がいた。

 手足は短く、全身がふさふさとした長く白い毛で覆われ、まるで小型犬のような外見のその生き物。

 彼こそがこのダンジョンの主であり、最強のホワイトドラゴン、龍王様なのである。


「みゅー♪(楽しい夢を見ている)」


 あんよを大きく動かす。。


「ぴゅー♪(夢の中で蝶蝶を追いかけてる)」


 あんよがぴくぴく。


「ふにゃあ……(蝶蝶を追いかけてたら迷子になった)」


 あんよが小刻みに震える。


「ぴにゃあああああああ!(おうちがどこにあるかわからないという圧倒的な絶望感)」


 全ての足が伸びる。


「んにゃあああああああッ!(お気に入りのクマさんまでなくしたらしい)」


 一生懸命足を動かす。


「ぷぴー! ぷぴー!!!(勇者に囲まれた)」


 攻撃態勢をとりつつ前足でドラゴンパンチ。


「うにゃああああ! め、メテオフォール!」


 大陸を吹き飛ばす隕石攻撃。


「やめんかこのおバカ! 大陸を吹き飛ばすつもりか!」


 怒鳴り声が響いた。

 それを聞いた龍王の目がクワッと開く。

 まずは辺りを見回し、クマさんが己の手の内にあることを確認。

 次に自分のいるところが自分のおうちであることを確認。

 ため息をつき安堵する。


「ふう……やはりお外は危険がいっぱいなのです」


 そうつぶやくと足でトントンとタオルケットを整え、すぐさま二度寝の準備に取りかかる。


「寝るんか!」


 すかさずツッコミ。

 声の主は龍王の間の入り口に立っていた。。

 その人物はかつかつと足音を立てながら龍王に近づいて来た。

 それを見た龍王はふりふりと尻尾を動かす。


「にいちゃ……じゃなくて専務さん!!!」


 専務と呼ばれた黒服の人物が龍王の首の後ろをむんずと掴み持ち上げる。

 首を捕まれるとなぜか龍王が大人しくなる。

 母竜が幼竜をくわえて持ち運ぶせいか本能的に無抵抗になってしまうのだ。


「私はいつも『子どもは外で遊べ』って言ってるよな? それをいつもいつも食っちゃ寝食っちゃ寝して!」


 とたんに龍王が小刻みに震えだす。

 目は虚ろになり、長い尻尾はくるりと股間に巻き込まれている。


「無理でゴザル……」


 ぽつりと龍王が言った。

 なぜかサムライ口調で。


「お外は危険でゴザル……迷子になるでゴザル。遭難するでござる。帰ってこれないでゴザル。道の向こうから50人の勇者が! あっという間に取り囲まれて理不尽効果のついたドラゴンキラーで……うわあああああッ!」


「落ち着けマクスウェル」


 龍王マクスウェル。

 龍族最強種である白龍にして知識の書庫の番人。

 知的生命体の調停者にして世界のバランスを保つ裁判官にして執行者。

 あるときは勇者に知恵と力を与え、あるときは世界の命運をかけ勇者と戦う最終ボス。

 その体はあらゆる武器を跳ね返し、その爪はあらゆる防具を引き裂く。

 その牙は城をもかみ砕き、その口から吐かれる炎は万の軍勢を焼き尽くす。

 究極の生命体とも言われる存在である。

 だが今代の龍王は……まだ幼かった。

 ドラゴンフォームの体重、約3キロ。(トイプードルくらい)

 見た目は小型の白い愛玩犬。

 みかん箱などの狭いところが好き。

 そこにタオルケットを敷いて寝床にしている。

 お気に入りのクマのぬいぐるみがないと寝られない。


 そして……絶対にダンジョンの外に出ない。


 龍王の威厳などどこにも存在しなかった。


 さてマクスウェルに「にいちゃ」と呼ばれた人物。

 名前はサラ。

 種族はダークエルフ。

 性別は女性。

 年齢は170歳。

 クラスは魔法戦士。

 先代龍王の近衛兵の一人であった。

 現在ではショッピングセンターの専務兼龍王の教育係である。

 彼女はなぜ「にいちゃ」なのか?


 それは一年前に起こったある事件に端を発する。

 ショッピングセンター幹部会では「龍王積み木殴打事件」と呼ばれる事件。

 それは一年前のある日、お外にお出かけしたマクスウェルがサラが目を離したわずかな間に何者かに襲われ昏倒。

 白目を剥くマクスウェルの近くには、大きくへこんだ積み木が置かれていた。

 そのショックでマクスウェルは男女の区別がつかなくなり、同時に恐怖心からダンジョン(おうち)から出られなくなった。

 記憶も混濁し、サラを「お姉ちゃん」ではなく「お兄ちゃん」と認識するようになってしまった。

 サラの方もモンスターだらけのダンジョンでは特に困ることもないのでそのまま「お兄ちゃん」で徹している。


 サラが龍王を床に置き本題を切り出す。

 マクスウェルはちょこんと座り大人しくしている。


龍王様(社長)、従業員20名雇用しました」


「はーい。えっと寮の空きは大丈夫ですか?」


「とりあえずは……この一年でうちも大所帯になりましたね……」


「お給料いいですからねえ」


「社長いいんですか? 売り上げのほとんどが人件費に消えてますが……」


 龍王マクスウェルの黒目が大きくなる。


「いいのです……。今までほとんどの龍王は周囲から奪った金貨や銀貨、それに財宝を蓄財しすぎて、貨幣の循環が止まり周辺都市の経済が崩壊。困った商人さんや領主さんが勇者に討伐命令を出す……と大いなる知識の泉(インターネット)に書いてありました」


 ガクガクブルブルと震えるマクスウェル。

 マクスウェルは外に出ない。

 走ったり飛んだりという運動も嫌いである。

 その代わりに一日中本を読んだりプラモを作ったり大いなる知識の泉(インターネット)が大好きなインドア派なのである。

 昨晩も自分で組み立てた魔道演算装置を使って一晩中ネットに明け暮れたところだ。


「そのせいで昨晩もネットで忙しかったのです……」


 ネットという単語を耳にしたサラが笑顔になる。

 なぜか戦闘用オーラを放出しながら。

 己の失言に気づいたマクスウェルはすぐさま逃げようとするがサラに再び首を捕まれる。


「お前……またネットやってたな? 確かこの間、一日一時間って約束したよな?」


 マクスウェルが慌てて言い訳をする。


「違うのよ! 違うのよ! お、お仕事なのです! これは仕方ないのです!」


 別のガクブルの波がマクスウェルを襲う。


「ほう……? 言い訳はそれだけか?」


「ニャー! や、やめ! やめてぇぇぇッ!」


 ごちん。

 サラの拳骨が振り下ろされる。


「ネットやって夜更かしばかりするから昼間眠くなるっていつも言ってるだろが! このバカちん!」


「みゃあああああッ! ぶったあああぁッ! 痛いの嫌いっていつも言ってるのにいいいいぃッ!」


 ギャン泣きするマクスウェル。

 一見するといじめのようにすら思える。

 だがサラはしつけは手を抜かない。


 今回のマクスウェルには二つの問題がある。

 一つは、サラとの約束を守らなかったこと。

 もう一つは、ネットをしたいという本能をコントロールできなかったことである。


 確かに子どもである今は多少わがままでもいい。

 約束を守れなくてもいい。

 

 だが少し大きくなって圧倒的な力を得たらどうなるか?

 大陸を滅ぼすほどの力を自分のわがままのために振るったらどうなるか?

 約束も守らず暴君のように振る舞ったらどうなるか?

 獣の本能のままに暴れたらどうなるか?


 おそらく人類は本気でマクスウェルを殺しに来るだろう。


 現在、この世界の支配者は人類型の知的生命体だ。

 彼ら、特に一番数の多い人間種は繁殖力が高く、知性が高い、チームプレイを得意とし、集団で襲ってくる。

 その凶暴性は最強種である竜族にすら向けられる。

 しかも彼らは一度戦争になると彼らの巣の単位である国家が滅亡するまで殺し合いをやめないのだ。

 殺し尽くすか絶滅させるか。

 100年でも1000年でもだ。

 竜族の喧嘩など彼と比べれば大人しいものだ。

 どちらかが強いことがわかればそこで終わりだ。

 竜族からすれば彼らは少し知性が足りないんじゃないかとすら思えるのだ。

 だがそんな彼らは夜討ち朝駆け上等である。

 敵に回すにはリスクが高すぎるのだ。


 人類型の知的生命体は社会を形成する。

 それには法や道徳、常識などで本能をコントロールすることが重要だ。

 力こそ正義では社会という群れを維持できないのだ。

 龍は人間と生活圏が大きく重なる生き物である。

 ゆえに人間の群れ、つまり社会で生きていけるようにしておいた方が、生存確率が上がるのは当然だ。

 だからこそ今から本能をコントロールする癖をつけねばならない。

 もちろん約束を守るという常識も叩き込まねばならない。


 それと平行して、規則正しい生活、バランスのとれた食事、適度な運動も重要だ。

 龍の獣の本能をコントロールせねばならない。

 睡眠不足などもってのほかだ。


 サラだってこんな弱々しくかわいい外見の生き物を叱りたくなどない。

 だが、あとで困るのはマクスウェルなのだ。


「ぎゃぴいいいッ! ごめんなさーい!」


 マクスウェルのギャン泣きが続く。

 サラは気づいた。

 いつもの嘘泣きじゃない!


「うみゃああああああああッ! びゃあああああああッ! んぎゃあああああああああッ! いたいよおおおおおおおおおぉッ!」


 まずい。

 サラは思った。

 二つも悪いことをしたからグーにしたがパーにしておけばよかった。

 アレが来る!


 突如部屋が激しく揺れる。

 あまりの揺れの激しさにサラは立っていることができなくなる。

 マクスウェルのみかん箱が激しく転がっていく。


「んぎゃあああああああああああああああッ!」


「ま、マックス! な、泣くな!」


 マクスウェルにしがみつき抱き寄せる。


「びにゃああああああああああああ!」


 それでも大音量で泣き叫ぶマクスウェル。

 泣き止ませるにはもう遅かったのだ。



 5分後。


「ひっく……ひっく……」


 少し落ち着いたのか叫び声は止まったがマクスウェルはまだ泣いていた。

 サラはこれはたいへんなことになったなと思った。

 ギャン泣きが止むに従い、揺れはだんだんと小さくなり、やがて完全に止まった。

 サラの腕の中でマクスウェルはまだ小さくぐずっていた。

 サラとて単に叩けばいいわけではないことはわかっている。

 だが恋愛すらしたことのないサラに子育ては未知の領域なのだ。

 どう叱り、どう褒めればいいのかすら手探りの状態なのだ。

 マクスウェルが泣き止んだ。

 まだサラにしがみついたままである。

 サラはふうっとため息をつく。

 とりあえず危機は去ったのだ。

 

 だが一息着く間は与えられなかった。

 サラがマクスウェルを抱っこしたままあやしていると、龍王の間に慌てた様子でスケルトンが飛び込んで来た。


「せ、専務!!! ダンジョン(SC)に新しいフロアが出現しました!!!」


 やはり……か……。

 『危機』は去っていなかったのだ。


「今度はなんの売り場ですか?」


 馴れたものである。

 つまりマクスウェルのギャン泣きはよくあることなのだ。

 スケルトンが報告書をめくり該当箇所を読み上げる。


「従業員マニュアルの増えたページによりますと『映画館』なる施設のようです」


 龍王マクスウェルが巣に引きこもる前。かれこれ一年ほど前になるだろうか。

 当初、巣は一部屋だけの簡素なものであった。

 あまりに小ささにその存在を知っていたのは龍を信仰する周囲のダークエルフの村の住民たちだけだった。

 ところが積み木で殴られた後からマクスウェルはダンジョンメイキングの能力を身につけた。

 それも制御不能なものである。

 今のように激しく感情が動くと勝手にダンジョンを増設するのだ。

 それも増設されるフロアはなぜか商業施設になる。

 施設の概要とその使用法はダンジョンと共に現れた謎の魔道書『従業員マニュアル』に全てが記載されていて必要に応じて改稿が自動でされるのだ。


「ところで……専務……どうして社長……専務の首っ玉にしがみついてるんですか?」


 スケルトンが不思議そうにそう聞いた。

 龍王マクスウェルはえずきながらサラにしがみついていた。

 

「叱られるといつもこうなんだ」


「あー……『お母さん』お疲れ様です」


「それやめてくれませんか……かなりマジで」


 サラはヘコむ。

 サラはダークエルフとしてはうら若き乙女である。

 それに、加えて指揮官までこなす有能な戦士なのだ。

 本来なら近衛の戦士かダンジョンのフロアガーディアン(中ボス)のはずなのだ。

 それがこんな訳のわからないダンジョンで商人の真似事をしながらの子育て。

 もちろんそれらは先代龍王との約束であるし、最終的にはサラ自身が決断したことであるので不満はない。

 だが……今まで築いたキャリアとか自己評価とかそういうもののが危機にさらされている。

 アイデンティティの危機なのだ。


 サラの悩みは全てをあきらめるまで続くことになる。

 そして……


「従業員どうしよ……」


 サラの悩みはひげを生やした赤い配管工の亀蹴りのように無限に増殖し続けるのだった。

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