騎馬民族
「困りましたねえ……」
龍王の間でマクスウェルがぽつりと言った。
「困りましたねえ……」
サラもため息をついた。
目の前には金貨や為替手形の山。
為替とは現金、この場合金貨や銀貨などの現金を使わずに取引の決済をする事である。
ショッピングセンターの売り上げ増加と慢性的な通貨不足による緊急措置として街の首脳部が古代遺跡の記録から為替制度を復活させたのである。
そんな事態になっても当初はマクスウェルやサラなどのショッピングセンター役員たちは『従業員の給料払って宴会の積立金が少し残ればいいなあ』といういい加減さであった。
その結果として更に恐ろしい量の金が地域一帯にばらまかれたのである。
経済は収拾のつかない程の恐ろしい勢いで回っていった。
各種商人組合が直営の営業所を出し、王都の商人が一斉に街に支店を出した。
小作人が一生安い金で使われるのは嫌だとばかりに農地を放棄し、ショッピングセンター近くに就職先を求めた。そのせいで地方政府は慌てて農業制度改革をする羽目になった。
それはすでにバブルなどというレベルではない。
革命と言えるほどのものであった。
その結果として宵越しの金を持たないはずの魔族の手に入ったのは倍になって戻ってきた大量の金。
金、金、金。そして有価証券。
すでにショッピングセンターの仕入れで使い切るには大きすぎる利益が出ていたのである。
しかも、恐ろしいことにこの金を更に放流しないと経済が低迷し、その結果、周囲から悪役にされるのが目に見えていたのである。
好景気の要因はショッピングセンターだが、不景気のきっかけもショッピングセンターになりかねないのである。
「はあー」
サラがため息をついた。
「はあー」
マクスウェルもつられてため息をついた。
「何かお金を使える事業があればいいのですが……このお金の山を街に流して雇用を創出しつつ夢を与えるような……」
「難しいな……」
「こうなったら宇宙を目指すしか……有人宇宙船を作りましょう!」
マクスウェルが目を輝かせながら不穏なことを言った。
当然サラは一刀両断する。
「そんな目立つことしたら宣戦布告とみなされるぞ。そもそも街の外は地球が丸いと言っただけで牢屋に放り込まれる世界だ」
ちょこんと座り、湯飲みを抱えながらマクスウェルはつぶやいた。
「うーん困りましたねえ……発電事業と鉄道はどうでしょう? 記録によると太古の昔、この街で汽車の開発が行われていたらしいですけど」
サラは腕を組み必死に考える。
だが思いつくのは否定的な意見だけであった。
「街の中だけなら今やってるバスで十分だろ。それにマクスウェルの魔力だけでショッピングセンターは普通に稼働できる」
すでにスケルトンのシャトルバス事業は行われていたのである。
「そうなると飛行船や飛空機の開発も意味ないですねえ」
「うーん……困った……まさかここまで儲かるとは……」
「自社開発のものは利益率100%ですからねえ……」
「原料の買い増しも、もう限界だし……あとは……」
「あ! ボク計算機が欲しいです。すんごい!!! ふぉーとらんが動くヤツ。開発しましょう」
「ダメ。独自ネットワークと意思を持ったゴーレムに世界が滅される未来しか思い浮かばない」
「はふん! 溶鉱炉のシーンを再現したかったのに!」
現在の映画館の上映コンテンツはダダンダッダダンで有名な例のアレである。
「あとは無駄な雇用かなあ……スケルトンを見慣れてて、ゴーレムの操作オペレーションできて、レジと棚卸しができて……タブレット端末も使えて……できればPOSのデータマイニングもできて……フォークリフトが使えるとうれしいな」
「……無茶ぶりなのです」
「ぐぬぬぬぬぬ。我々は優秀すぎるスケルトンに依存するしかないのか!」
すでにショッピングセンターの周囲の商店ではスケルトンが買い物にきても驚くものは皆無である。
そう言う意味では初期のように従業員が冒険者である必要は薄れた。
だが高度に発達したダンジョンの販売システムがネックとなっていた。
ずっと中で働いていれば適応できるのだろうが、すでに外の世界の人間では文明レベルが違いすぎて適応不可能なまでにシステムが高度化していたのである。
仕方なく、にゃーくんまで従業員として強制的に働かせる始末である。
すでに雇用でお金をばらまく作戦も封じられていた。
サラが歯ぎしりする。
どうにもいいアイデアが浮かばない。
かと言って、社会貢献活動も孤児院や教会、公園やインフラの整備への支援はすでに充分すぎるほどにしている。
これ以上でしゃばると地方政府に睨まれてしまう。
「とりあえず広場での芸人さんのイベントを増やしましょう」
「焼け石に水だな……」
「仕方ありません」
「いざこうなるとお金を使うのがこんなに難しいとは……」
「はふん」
二人は同時にため息をついた。
二人が困った顔で無言でお茶を飲んでいると、スケルトンが龍王の間に駆け込んできた。
「龍王様!!!」
何やらそのスケルトンは様子がおかしかった。
ずいぶんと慌てていた。
なんだろうと思ったマクスウェルが声をかけた。
「どうしたんですか?」
マクスウェルが麦茶の入ったグラスを両手に抱えながら、きゅっと首を傾げた。
「あ、アダチの騎馬民族が! アダチの騎馬民族が攻め込んできました!」
アダチ。
そこは騎馬民族の楽園。
とは言っても実際はそれほど恐ろしい土地ではなく窃盗が多いというだけの地域である。
東京共和国のアダチ地方政府も全犯罪の三割を超える馬泥棒を徹底的に取り締まった結果、急速に普通の街へと変貌してきている。
そんな街がいまさら攻め込んできたのである。
「えっと……どうして?」
おそるおそるマクスウェルが聞いた。
「なんの意味があるのだろうか?」といった様子である。
「えっと……宣戦布告の文書が送られてきました。これがその書類のコピーです」
スケルトンがマクスウェルに手紙を渡した。
マクスウェルが不器用な手つきでそれを開き、読み上げる。
そこには一言。
「おまえどこ中よ?」
「……いみがわかりません」
マクスウェルが震える。
カツオよりも意味不明な生き物の剥き出しの主張を見るのは初めてだったのだろう。
「えっとな……アダチの方言で『今から宣戦布告します』っていうことだ……」
スケルトンがぽんっと手を打った。
「あ、そうか! サラ専務はタケノヅカ村しゅっし」
「ああッ?」
「い、いえなんでもないです……」
サラのアダチ仕込みのメンチビームが飛んだ。
その迫力にスケルトンが直立不動になった。
「い、いえ!」
「で? そこの一族ですか?」
アダチの騎馬民族は複数存在し、常に一族で行動するのである。
「瑠EASYだそうです……」
「え?」
サラの顔が青くなる。
「ですから瑠EASY……」
サラの顔に冷や汗が浮かぶ。
「確か専務さんのお母上の出身地の騎馬……」
「あああああああああああ! きーこーえーなーいー!!!」
消し去りたい過去がどこまでも追いかけてくる。
サラは悲鳴を上げた。
まるで中学時代のノートを見られた大学生のように。
サラは一通り騒ぐとマクスウェルに声をかけた。
なぜか不自然なほどに猫なで声で。
「えっと……マクスウェルちゃん」
不自然に声のトーンが高い
それに気づいたマクスウェルが目をそらす。
「マックスちゃーん♪」
「その声はボクを叱る時の声なのです……怖いのです」
顔を背ける。
「怒らないから聞いてくれるかなあ?」
「怒るから嫌です」
「怒らないからあ。あのね、カツオちゃんと遊んできてくれるかな?」
「罠に違いありません……」
「いいからカツオのとこに行けコラァッ!!! オラァッ! 幹部全員集めろ!!!」
「ぎゃぴいいいいいいッ!」
先に我慢をやめたのはサラだった。
色々と切羽詰まっていたのだ。
理不尽なのです。
マクスウェルは思った。




