かき氷
どこまでも青い南国の海。
海風に揺れるヤシの木。
照りつける太陽。
屋台でイカとトウモロコシを焼くスケルトン。
そこは夏の海。
そこはショッピングセンターの中にある海。通称、埼玉湾。
このあからさまにテンプレートそのままの光景は海が無い埼玉民の怨念が凝縮してるかのようだった。
その日は棚卸し日。
とは言っても、工場も流通も商品棚の入れ替えも敷地内で行われているショッピングセンターでは実際の内容はただの半休であった。
ビーチバレーを楽しむ水着姿の女勇者にダークエルフに火龍。
それを横目で眺めながらにゃーくんは思った。
なぜミーはこんなところでかき氷を作っているのだろう?
ミーは創造神の代行者のはずなのに……
「にゃーくん! ブルーハワイ」
「らじゃーなのねん♪」
にゃーくんはサラに愛想よくそう言うと一心不乱に氷を削る。
もちろん手動式のかき氷器だ。
意外に重労働である。
にゃーくんは次第に死んだ魚のような目になりながらブツブツと文句を言った。
「どうして! ミーは由緒正しい邪神なのに。ミーはただ、昼間からお酒飲んで古代遺跡から発掘されたアニメ見ながらネットで他人様の悪口を書き込みまくる生活を続けたかっただけなのに!」
ただのダメ人間である。
「それをこんな肉体労働なんて……へいらっしゃい! ってカツオか……」
新しい客は子どものミノタウルス。
それはカツオだった。
「レモンとコーラシロップ半々で」
カツオはしたり顔で注文をした。
なんでも混ぜてみたくなる。
それは男の子の本能みたいなものである。
「お客さん通でゴザルね……どうでしょう? 全部がけに挑戦するというのは?」
にゃーくんがにやりと笑った。
ここにもまた男の子の心を忘れない大人げないおっさんがいたのである。
カツオがいい顔をしながら頷く。
もはや二人の間に言葉はいらなかったのだ。
「シロップセッタップ!!!」
「ヤー!!!」
にゃーくんが本気を出して氷を削り、カツオがシロップをかき集める。
「あはははははは! 究極のかき氷いいいいいぃッ!」
フルスロットルである。
普通の紙コップではなく、金属製の大きいサラダボウルに削った氷を落としていく。
「あはははははは! シロップ投下ぁッ!」
まずはカツオが両手に構えたメロンシロップとブルーハワイを投下。
シロップどうしが混ざり合った部分が紫色になっていく。
「粉シロップで爆撃!!!」
さらに練乳入り粉末シロップ抹茶味をふりかける。
「オラオラオラオラ!」
その上ににゃーくんが氷を積み上げていく。
「イチゴシロップウウウウッ!」
イチゴシロップ投下。
だがまたシロップの味は大量にあるのだ。
そう。バックヤードのあやしい工場で作られた業務用シロップの味は全28種類。
更に値段が三倍のプレミアムシロップは全9種類。
コンプリートはまだ遠い。
「キャプテン! バナナとハイビスカスを混ぜるであります!」
「ハイホー! 氷はまだたくさんアルネ! もっと混ぜるネ!!!」
マンゴー、ブルーベリー、宇治茶、ラムネにピーチ。
スイカにキャラメル。
「キャプテン! ブドウと巨峰シロップの違いがわかりません!!!」
「HAHAHAHA! 全部入れてしまうのデース!!!」
混ざり合うシロップがどんどん暗い色になっていく。
絵の具を全色混ぜるとどうなるか?
そんなことは考えもしないのだ。
数分後。
「よしこれにアイスを乗っけて終わりネ!」
「はいなー!」
完成。
そしてそこにはもうどうにもならなくなった暗黒の物体Xが鎮座していた。
「……黒くなってしまいましたネ」
「……うん」
にゃーくんとカツオは同時にかき氷から視線を逸らし砂浜を見る。
「うおおおおお!」
「マクスウェル様ステキ!」
なぜか意味もなくテンションが高くなって砂浜に穴を掘るマクスウェルとそれを見て黄色い声を上げるエレノアがそこにはいた。
カツオとにゃーくんはお互いを見て視線を交わしてから頷いた。
「へいへいへーい! そこのカップルさん! かき氷のサービスですYO!」
明らかに不審な二人が暗黒物質を差し出す。
かき氷にはカップル用のストローが刺さっていた。
「……あんたらアホですの?」
エレノアが露骨に嫌そうな顔をして言った。
だがマクスウェルは目を大きくして、そわそわぴょこぴょこと動いていた。
「こ、これは! シロップ全種類ですか?」
そわそわと動くマクスウェルの尻尾が激しく動いた。
明らかに興味津々である。
「日頃からお世話になっているシャチョさんにスーパーウルトラデリシャスワンダフォーなスペシャルかき氷をプレゼントね!」
「す、すーぱーうるとら……うおおおおお!」
目を輝かせるマクスウェルを見てにやりとダメ男二人が笑った。
その手に持ったてんこ盛りの物体Xをマクスウェルへ差し出す。
二人はアイコンタクトをする。
「くっくっく。夏なんて嫌いだー!!!」
「くっくっく。夏なんて嫌いなのねー!!!」
妬ましい。
例え小さくともこの圧倒的リア充力。
少しくらい嫌がらせしても罰は当るまい。
南国のビーチで子ども相手に嫉妬する恥ずかしい生き物がいた。
フフフ。
青い空。白い雲。
さんさんと照りつける太陽。
海の家から聞こえる昔のロックとかヒップホップ。
それと……なんの努力もしてないのにモテるリア充ども。
後半が本音である。
南国のビーチなんて大嫌いなのねん。
だからクトゥルフとかも大嫌いなのねん。
にゃーくんは心の中だけで歯ぎしりをした。
栃木、埼玉、群馬、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良の良い子のみんな!(全て海が無い)
今ミーは神様としての役目を果たすのね!
ミーはリア充に一矢報いるのねん!!!
歪みまくった顔で笑うにゃーくん。
だが突如遠くから圧力を感じた。
圧力の方へ顔を向けるとサラがにゃーくんを見ていた。
笑顔が怖い。
にゃーくんはごくりとツバを飲み込む。
「ヘイ。カツオ坊ちゃん。アレ見るね……」
カツオも恐怖に顔を歪める。
「……あはは。まーくん。やっぱり作り直す」
「ソウスルYOー」
二人は震える手でマクスウェルから物体Xを回収しようとする。
「うーん。あんまり美味しくないです」
すでに完食していた。
「お、オウ……で、味はどうで御座った?」
なぜかサムライ口調でにゃーくんが感想を聞く。
「風邪ひいた時のシロップ味です……」
テンションを下げに下げたマクスウェルがそうつぶやいた。
微妙なフルーツポンチ味。
各種フルーツの香料とブドウ糖のシロップなのだから当然である。
にゃーくんとカツオはあまりに面白くない結末とこれから執行されるサラのお仕置きに軽く絶望を感じた。
サラが腕をグルグルと回しながら近づいてくる。
「く、くう! 我ら邪神はまたしてもリア充の後塵を拝するのか!!!」
にゃーくんの悲鳴が響いた。
◇
さて、そんないつもの光景の裏でバックヤードでは事件が起こっていた。
ナラトゥース弁当工場。
そこはショッピングセンター内スーパーマーケットの総菜コーナーだけではなく、ショッピングセンター内のファミリーレストランの料理をも作っている工場である。
「工場長! やはり1000食を超えてしまいました!」
スケルトンがそう言った。
それに答えるのは工場長の名札をつけたスケルトンである。
「っく……とうとうこの日が来たか……」
最近になってショッピングセンター周辺の人口が急増した。
一旗揚げようとする商人。
ブックショップ目当ての学者。
龍王討伐を目指す冒険者。
まさにその時、大さいたま帝国はこのショッピングセンターを中心に回っていたのである。




