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ヒゲ

「今度こそマクスウェル様とデートですわ!」


 エレノアがノリノリでショッピングセンターに入る。

 あれからエレノアは懲りずにマクスウェルの元へ通っている。

 マクスウェルはまだ怖いのか逃げ回っている。

 だがエレノア本人は『HIKIKOMORIという病気と闘う夫を支える私カッコイイ』と恐ろしい勘違いをしたままであった。

 どこまでもポジティブシンキング。

 それが竜族の女の子である。


 だがそれが次の瞬間一変する。

 入り口には腕を組んだ鎧武者。

 変人だらけだが虫も殺さないような安全極まりない面々のショッピングセンターでこれだけ濃厚な殺気を放つ人物は一人しかいない。

 (サラ)だ。

 サラは無言でエレノアに手を伸ばす。

 その手には付けヒゲが握られていた。


「え? なんですの? え? え?」


 ぴと。

 ヒゲがエレノアの鼻の下に貼り付いた。

 するとエレノアが光りバックが集中線になる。


「ワシが白龍の嫁エレノアである!!!」


 どーん。

 雷の如き大声。

 眉毛は自己主張を始める。


「よしッ!」


 その時のサラは何かを思い悩んだあげく、その先に大間違いを引き当てた表情。

 簡単に言うとレイプ目であった。



 ショッピングセンター内のイベント広場。


「シャアアアアアアアッ!」


「オリャアアアアアアアッ!」


 店長がモヒカンのカツラを飛ばし、カツオが巨大な円盤を振り回す。

 そこではバトル向きではない二人の熱い戦いが繰り広げられていた。

 まるで古代遺跡から発掘された漫画のバトルシーンのような……


 クレアは首を捻った。

 まーくんを連れてきたらショッピングセンターがカオスになっていた。

 幸いなことにお客様は『またイベントか』と入り口のタコ焼き店で購入したソフトクリームを片手に見物している。


 もちろん戦いを繰り広げる二人もお客様には被害を出さない。

 もちろんそれはお仕置きが怖いからだ。

 クレアもそれを見て『まあ大丈夫だろう』と判断し無視して奥に行く。

 マクスウェルもきゅっと首を捻るがサラの後についていく。

 変人の奇行はスルー。

 それがショッピングセンターの鉄の掟なのだ。



「くくくくく。新たなアザトースが生まれる。この宇宙(さいたま)は新しく生まれ変わるのだ!!! くわーはっはっはっは!!!」


 マクスウェルがきゅっと首を傾げる。

 そこは竜王の間のすぐ近く従業員控え室であった。


「にゃーくん。なんで宙づりなんですか?」


「せっかくミーが格好つけたのにスルーですと!!!」


「はいな?」


「っく! ピュアな目でおじさんを見ないでー! それが一番のダメージね!!!」


 にゃーくんが苦しそうにもぞもぞと動く。


「……サラちゃんにやられたのデース! ……嫌がらせする前に返り討ちなのデース。それもこれもユーが男らしくないからサラちゃんが心配したのデース!」


「男らしくってなんですか?」


 マクスウェルがきゅっと首を傾げる。


「男らしくとは……ん? 男らしくとは? ううん?」


 にゃーくんが腕を組んで考え始める。


「クレアお姉ちゃんわかりますか?」


「んー。わからないなあ。あははははは」


 クレアは苦笑いをする。

 基本的にマッチョを意味もなく誇示する軍人は我先にと逃げ出すし、人にそれを押しつける人間は碌でもないものだ。

 男らしくとは違うが、人の上に立つ立派な人格とは度量の大きさなのかもしれない。

 その点だとマクスウェルは人間魔物という種の壁など関係ないこのショッピングセンターで全方位を奇人変人に囲まれてのびのび育っている。

 多様な価値観の渦の中で自身もまた強烈な個性を保っていると言えるだろう。

 果たしてこれほど度量が大きい存在がいるだろうか?

 クレアはそう結論づけた。

 実はクレアはすでにマクスウェルが龍王だと知っていた。

 だが討伐する必要はないと思っている。

 どう考えても人間よりも安全だからだ。


 クレアはマクスウェルを後ろから抱っこする。


「はいな?」


「まーくんはそのままでいてね♪」


「はいな!」


 そんなほのぼのとした光景は次の瞬間打ち砕かれる。


「ワシが白龍の嫁エレノアである!!!」


 少女の声が響き渡った。

 なぜか激しく自己主張する眉毛。

 それと無駄にたくましいヒゲ。


「エレノアちゃん。どうしたんですか?」


 マクスウェルが尋ねた。

 だがつけヒゲの魔力のせいか、はたまた生来の人の話を聞かない性分のせいか、マクスウェルの問いには全く答えようともせずにもう一度大きな声で言った。


「ワシが白龍の嫁エレノアである!!!」


 どーん!

 全く話にならない。

 クレアが呆れながら言った。


「えっと……エレノアちゃん? ヒゲ取るね」


「ふおおおおおおぉ(呼吸音)! 火龍無敵流奥義ぃッ!!!」


 エレノアが腕を回しながら呼吸をする。

 それは何かの武術の構えらしきものだった。


「いいから貸せコラァッ!!!」


 エレノアのささやかな抵抗にイラついたクレアがヒゲをひったくる。

 するとエレノアの顔がみるみるうちに劇画調から少女の顔へ戻っていった。

 そして正気に戻ったエレノアはマクスウェルを見ると。

 顔を真っ赤にしながら地団駄を踏む。


「……あの姑ぇッ!!! うんぎゃああああああああああッ!!!」


 そして宙づりになったニャーくんをキッと睨んだ。


「言っておくけどミーは悪くないよ? 今回は何一つ悪いことしてないよ?」


 今まで涙目だったエレノアがにこっと笑った。

 そして大きく息を吸い込み、全てを焼き尽くす業火、火龍のドラゴンブレスをニャーくんへ向けて発射した。


「はい。まーくんは見ちゃダメ」


「はーい」


 今日もマクスウェルはどこまでも良い子だった。



「ふう。酷い目に遭ったのねー」


 ニャーくんが何事もなかったかのようにそう言った。


「それにしてもサラちゃんをどうやって止めるの?」


 クレアの疑問にニャーくんが即答した。


「それは考えがありマース!」


 そしてにやりと笑った。

 さてスポーツコーナーの奥、そこにマクスウェル一行が辿り着くと、そこにはサラが本陣を張っていた。

 なぜか入り口にいたカツオが太鼓を叩き、店長がホラ貝を吹いている。


「ククク。よくぞ辿り着いた。ヒゲに意思を乗っ取られるとは思わなかっただろう」


「はい? 何言ってるのサラちゃん?」


「ククククク。とぼけても無駄だ。我々ヒゲ人類は人間型の知的生命体に寄生して仲間を増やす。愚かな旧人類よ! 我々の計画をよくぞ見破った。だがそれもここまでだ!」


 じとーっという目つきでクレアがニャーくんに視線を移す。


「いやミーも初耳よ。いやマジで」


「ククククク! 我々の圧倒的恐怖に怯え逃げ回るがよい!!! 我が神ナイアーラトテップの生け贄になるがいいわ!!!」


 ニャーくんが真剣な顔で首を横に振る。


「ミーは知らないのよ。マジで知らないのよ! つかねミーはたいへん御利益のある神様だから信者が勝手に増えるのね!!!」


「あはははは! 逃げ回れ愚かな人類よ……」


 クレアがびりっとサラのヒゲをつまんで一気に剥がす。


「な、なにい! 我が! 神にも等しい力を得た我がこんな……ま、まさか貴様は伝説の宇宙刑事!」


 クレアは世迷い言に一切耳を貸さずエレノアに命じた。


「エレノアちゃん炎」


「はいですわ」


 こうして埼玉の危機はショッピングセンター従業員の活躍により未然に防がれたのである。



「にいちゃ。男らしいってなんですか?」


 マクスウェルが目を丸くしてそう聞いた。 

 サラは考えた。

 そう言われればサラも男らしさを具体的に考えたことがなかった。

 言われてみれば男らしくない行動はすぐに思いつくが、男らしさの定義は即答できない。

 仕方ないのでサラはマクスウェルが納得する答え、それも頓知のようなものを何度も何度も考える。

 自分でもわからないからだ。

 そうしてしばらく考え込んだサラは答えを一つだけひねり出し、首を捻りながら一言。


「とりあえず喋るヒゲ以外」

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