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うちのこにかぎって(震え声)

 マクスウェルの将来が不安である。

 サラは思った。

 ここは農業フロア。

 草原と森と農場、子どもが遊ぶには最適の場所である。

 サラは外に出られないマクスウェルのために毎日のようにここに連れてきている。

 ここでノビノビと遊んで体力をつけて欲しいと思ってのことだ。

 だが……


「ふんふんふんふーん♪」


 マクスウェルが鼻歌を歌いながら楽しそうに花を摘んでいる。

 それをみるみるうちに器用に編み合わせて花飾りを作る。

 そしてすぽっと自分の頭に乗せる。


 ドッドッドッドッドッドッド……


 サラの胸が嫌な予感に高鳴っていく。


 ドッドッドッドッドッドッド……


 い、いやまさかうちの子に限って……


 ドッドッドッドッドッドッド……


 いやまさか


 ドッドッドッドッドッドッド……


 そして判決とも思える一言がマクスウェルから発せられる。


「お姫様みたいー♪」


 がっしゃーん!


『いやあああああああああッ!』


 サラはマクスウェルに動揺を覚られないように心の中だけで悲鳴を上げる。

 確かに今までその前兆はいくつもあった。

 だがそんなわけがないだろうと頭から否定して気にもとめなかった。

 そう……マクスウェルは女子っぽい。

 女子っぽいのである。


・虫が触れない(サラは虫など素手で撃破)

・サラが料理を作るときは率先して手伝う(サラは子育てするまで料理などやったことはなかった)

・部屋をぬいぐるみや人形で埋め尽くしている

・細かい作業が好き

・今の発言


そして……



・わりと最近、女の子に特大のトラウマを植え付けられた。



 サラの頭の中に今まで味わったことのないような不安が生じる。


 大人しく優しい性格


 ↓


 気がついたら女の子っぽくなっていた


 ↓


 化粧に目覚める


 ↓


 オネエ


 いやああああああああああああああああああああッ!!!

 このままオネエになってしまったら……


 もしサラが過去に子どもを育てたことがあれば『藪を突いて蛇を出すかも』という判断ができるのだが、未婚どころか男と付き合ったこともないサラには無理な芸当である。


 男らしくしなければ……

 今すぐ男らしさを養わなければ!!!

 バギーに乗りながら両手に斧持ってヒャッハー言ったり、学ランサラシで武将のようなヒゲを生やして漢語ネイティブで話すようにしなければ!!!


 サラは静かにそして大気圏を突き破るかのような斜め上空に暴走した。



「おどりゃああッ! 邪神で出てこいやゴラァッ!!!」


 ニャーくんの(おうち)を激しく叩く何者かの怒鳴り声が聞こえた。

 さすがに祠を壊されるのはマズい。

 嫌々、話を聞きに祠からニャーくんは出てくることにした。


「もー、うるさい! なんなのネ? ってひぎゃああああああッ!」


 ニャーくんが悲鳴を上げた。

 その時ニャーくんが見た物、それは全身をサムライが身につける甲冑で包み、手には十字槍を持った不審者。

 もちろん中身はサラである。

 その不審者にニャーくんはいきなり胸倉を捕まれる。


「今すぐ男らしさをマックスにする方法を教えろコラァッ! すぐ出さねえと祠ぶちこわして森に火を放つぞ!!!」


「今ミーの目の前に劇画っぽさ丸出しの雄度マックスの生物がいるのねん!!! つうかミーはまだ(・・)今回悪いことしてないのねん!!! たーすーけーてー!!!」


 それを最終意思決定と言わんばかりにサラは槍を構える。


「っちょ! っちょっと! 待つのネ! やればいいんでしょ! やれば!!!」


「チッ!」


 ガクガクと震えた手でニャーくんが何かの紙袋を手渡す。


「漢一匹夢街道Aなのネ。飲めば眉毛が太くなり拳銃構えながらブリーフ一丁でビルからダイブして任務完了なのね!!!」


 中にはあやしい色をした丸薬が入っていた。

 サラは一呼吸置いてから、紙袋をを上に放り投げ槍で突く。


「……え?」


 ニャーくんの疑問に無言を返すサラ。

 刺すような殺気が鎧から発せられた。

 ニャーくんの額に冷や汗が流れる。


「あ、あのね。アレは間違いなのネ。今度は本物ヨ! 『手旗信号ミン』。紅白ブリーフで手旗信号をすると潜水艦を呼べる漢に……」


 無言。

 ニャーくんが滝のような汗を流す。


「えっと……お客様の求めてらっしゃるアイテムの具体的なビジョンが見えませぬ……」


「薬はダメ」


 サラがはっきりと主張した。

 子どもに無用な薬など論外であるとサラは考えているからだ。

 ニャーくんが下を向く。

 それから激しく視線を泳がせる。

 どうやら薬以外の手段がないらしい。


「うああああんッ! ミーに嫌がらせ以外を期待しないで。サラちゃんのバカああああああッ! もう遊んであげないから!!!」


 邪神が嘘がばれたクラスの嫌われ者のように泣きだした。

 サラはニャーくんのSAN値をゼロにしたのだ。



 クレアがサラの代わりにマクスウェルの相手をしていた。

 マクスウェルは大人しくプラモを組み立てている。

 クレアは何を作っているのか少し気になり、同封のパンレットを読む。

 そこにはプラモの完成形の写真が載っていた。

 まるで鎧のような重厚感。

 実用的ではないがお芝居の道具としてカッコよさを追求した武器の形状。

 まさに男の子が好きそうなものである。

 どう考えてもサラの懸念するような物ではない。


「んー? それカッコイイですねー」


 クレアは素直に感想を口にする。

 勇者などという男社会の産物を生業にしていたクレアは男の子の感性がよく理解できるようになっていたのだ。

 それを聞いて、マクスウェルの目が輝く。


「わかりますか!!!」


「はいー。この重量感。渋さと華やかさが同居しながらもマッチするデザイン……これを考えたのは、ただ者じゃありませんね」


 マクスウェルの顔が『やってやったぜ』と言わんばかりの誇らしげなものになる。


「ふふふふふふふ。このマクスウェルが図面を引いて商品化にこぎ着けた最強プラモなのです」


 そのどや顔を見たクレアは気がついた。

 魔法剣を作る工房。

 そこでミスリルソードを作るドワーフの職人。

 それは99%の製品にかけるひたむきさと、1%の悪ノリが同居した目。

 彼らのもの作りに人生をかける職人の目。

 それらと今のマクスウェルの目はまったく同じ物だと言うことに。


「えっとマー君。お料理好き?」


「はい! 各種材料を様々なレシピで美味しく調理する。まさにクラフトなのです!」


「ぬいぐるみは?」


「すごいのです! あの糸のステップ! 職人さんの神がかりな業が見れるのです!」


「化粧品とかは?」


「凄いのです! 粉のレシピ一つで効能まで変わるのです! デパートのはもう薬品レベルなのです!」


 ピコピコと尻尾を振りながら一生懸命説明をするマクスウェルを見てクレアはため息をついた。

 やはりだ。

 マクスウェルは職人芸や工業技術、つまり工作(クラフトワーク)が好きなだけだ。

 つまりサラの思い込みは全て杞憂なのである。


「あー……サラちゃん……ダメだよ……」


 そもそも入り口が間違っていたのだ。

 そしてサラは暴走モードに突入してしまった。

 誰が止められるというのだろうか?

 クレアは頭を抱えた。



「次は三倍早くなる真っ赤セットぉー!」


 やけくそになり、泣きながらニャーくんが叫ぶ。


「却下」


「うわあああああああん! んじゃ『草○健一郎』復元聖水セットォッ!」


「却下!」


「もう無いアルね! まじでないアル!」


 ニャーくんはあやしい商人になりながら懇願する。


「あるはずだ。ベストを尽くせ」


「うぐ、ぐす。あとは『彼に告白できないあなたもこれで戦国武将! つけ髭セット』しかないでーす!」


 サラの動きがピタリと止まる。

 そして小刻みに震え始める。


「ソレダ!」


「えええええええええええ!」


 ニャーくんが一番びっくりする。


「え? えええええええええええええ!」


「寄越せ」


 ニャーくんが震える手でサラに渡す。

 サラは全身甲冑の中でにやりとわらった。

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