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火龍

「本日の特売品。焼き鳥一本20クレジット。焼き鳥弁当200クレジットでございます」


 本日の特売品のアナウンスが流れる。

 サラは無事に特売の焼き鳥を売ることに成功した。

 シャンタク鳥を仕入れることに成功したのだ。

 ナイアーラトテップことニャーくんがサラが撃退したシャンタク鳥を送ってきたのである。

 なぜかショッピングセンターの内部配送で。

 ちゃんと血抜き処理までされているという嫌がらせっぷり。

 どこまでも徹底していた。


 サラもこの程度で揺らぐようなヤワな神経は持っていない。

 マクスウェルの鑑定魔法で毒性がないのを確認すると全て濃い味付けで調理させた。

 幸い味は特に問題なく無駄に安い弁当は開店二時間で完売した。

 おばちゃんたちも大満足である。

 ここまではいつもと変わりのない日常であった。



「ハローエブリワン!!! 私はナイアーラトテップ! ニャーくんって呼んでね!!!」


 それは会議中の出来事であった。

 迷彩柄のズボンにメッシュのタンクトップ、頭にはバンダナ、手は指なしグローブをはめたナイアーラトテップが突如現れた。

 何もない空間からいきなり現れたのである。

 もちろん全方面に喧嘩を売っているこのファッションはただの嫌がらせである。


「なんでてめえがいやがる!」


 サラが胸倉を掴みそのまま締め上げる。


「おっとぉ! 今日はマドモアゼルに情報を持ってきたのネ!!!」


「なんだ言えこの野郎。あ、店長ドリル持ってきてくだい。太いやつ」


「いきなり拷問は感心しないなあ。HAHAHAHA!!!」


 相変わらず安定して胡散臭い。


「火龍のニオイがするのねー。近くに来てるよ」


 ナイアーラトテップの目が爬虫類のようになる。

 それは名状しがたいほど不気味な笑顔をだった。



「ここですわね」


 少女がそう言った。

 燃えるような赤い髪。

 白いドレス。

 背中にはコウモリのような羽がついていた。


 もしゃもしゃもしゃもしゃ。


 少女の近くでは10歳とは思えないゴツイ体のミノタウルス。

 カツオがおやつを食べていた。

 もしゃもしゃもしゃもしゃ。

 カツオはキャ○ツ太郎を一心不乱に食べている。


 女の子がそばに寄ってくる。

 よくみるとヨダレが垂れている。


 じいいいいいい。


 ガン見である。


 じいいいいいい。


「欲しい?」


 カツオが聞いた。

 ぶんぶんっと女の子が縦に首を振る。

 どうやら欲しいらしい。

 そしてカツオは一点の曇りもない無邪気な目で言った。


「チューしてくれたらあげる」



「カツオちゃんの霊圧が消えたのです!!!」


 突然マクスウェルがそう言った。

 カツオに何かあったらしい。


「くう。すでに火龍が侵略を開始したのか……」


 店長が唸った。


「ミーが思うにはとてつもなくくだらないことだと思うよー」


 爬虫類のような嫌な目つきのまま、ナイアーラトテップがため息をつきながら言った。

 なぜかとても残念そうである。


「ところで火龍さんってどんな方ですか?」


 マクスウェルが首を傾げた。

 いつもならネットで調べているはずだ。

 なにか様子がおかしい。


「ネットに情報がないのか?」


 サラは思い切って聞いてみた。

 今はネット中毒を肯定してしまうのは仕方がない。


「なんか……頭にもやがかかっているのです」


「もや?」


「調べたらダメって感じがします」


 なんだろうか?

 どうやら何かがあったらしい。

 無理をさせない方がいいだろう。

 サラはそう判断した。


「では店長。火龍の概要をお願いします」


「はい。基本的には粗野で気位が高いと言われてます。通常、竜族は社長のように巣から一歩も出ずに趣味に没頭するという徹底したインドア派気質です。しかし火龍はアウトドア大好き体育会系。それも珍しい戦闘特化型です。ですが……その分知能が……」


「なるほど。相手はバカです。駄菓子屋かレストラン街、おもちゃ売り場で目的を忘れるほどエンジョイすると思われます。そこで各店舗はセールを展開してください」


 身も蓋もない。


「はい!」


 ここに対火龍特別セールの火ぶたが切って落とされたのである。



 駄菓子屋。


「ううううううううう。しくしくしくしく」


 カツオが泣いている。

 頭にはまるで漫画のようなたんこぶ。

 どうやら少女に叩かれたようである。


「不埒なことをしようとした罰ですわ」


「うううううう。はい。○ャベツ太郎」


「それと……それとそこのお菓子も」


「ええええええ! お小遣いなくなっちゃうよー!」


 ぶもーとカツオが抗議する。

 すると少女が睨む。


「牛さんのステーキ食べたくなっちゃった」


「ぶもおおおおおおおおッ!!!」


 それは完全にカツアゲであった。

 そう。少女の正体は火龍。

 そして大方の予想通り、すでに目的を忘れて全力で遊んでいたのだ。

 駄菓子屋の魔力は恐ろしいものなのだ。

 火龍が駄菓子屋の中を物色する。

 見たことも無いものばかりだ。

 どこの街にも売っていないものに違いない。


 実際、それは間違っていなかった。

 さすがに野菜や肉などの生鮮食料品の多くは仕入れをした方が早い。

 だが、埼玉では手に入りにくい魚介類、またそれ以外の加工品などは館内のバックヤードのどこかで怪しい手段で生産されているのである。


「牛。これ何?」


 火龍が指を指した。

 その先には樹脂製のお面があった。


「あー。映画館でやってる特撮ヒーローのお面ッス」


「映画?」


「ええ。映画館っス」


 火龍の目がキラキラと輝く。


「下僕。行くわよ!」


 牛から下僕になったらしい。


「え? でももうお金ないっス」


「お金ならあるわ! 一緒に行きましょう」


「じゃ、じゃあ! ここの支払いも!!!」


「それはダメ」


「うわあああああああんッ!」


 もう変なことは言いませんから許してください。

 良い子になりますから!

 カツオは(ニャーくん)に祈った。

 もちろんなんの御利益もない。



 映画館。

 現在、映画館では男の子向けの戦隊映画と女の子向けの魔女っ娘映画を上映していた。

 火龍の少女の目が輝く。


「戦隊! なんて素敵な響き……これにしましょう!」


「え? 魔女じゃなくて?」


 どうやら少女は男の子向けのコンテンツの方が好きなようだ。


「うん。こっちの方が面白そう。これで代金払ってきて。あんたの分もね」


 火龍が財布からお金を出す。

 カツオはぶもおっと鼻を鳴らすとそれを受け取りチケット売り場へ向かった。

 映画をおごってもらえる。

 カツオは少し嬉しくなった。


「チケット二枚ください」


 スケルトンのおばちゃんからチケットを買う。

 おばちゃんとわかるのは骨の上から口紅を引いているからである。

 それと意味もなくもじゃもじゃパーマの紫色のカツラも付けている。


「なあにカツオちゃん。デート?」


 おばちゃんがもの凄い勢いで詮索する。

 農業フロアの管理人の息子であるカツオは、館内のほとんどのスケルトンに名前と顔を覚えられていた。

 スケルトンどうしは何かの情報共有手段があるのかもしれない。


「ち、違ッ!」


 否定したところでカツオの脳裏にアイデアが浮かんだ。


 そうだ。

 映画で忘れていたが一応報告しておこう。

 この娘はちょっと変わっている。

 腕力も異常だ。

 カツオはぶもっと鼻を鳴らした。


「あ、おばちゃん。まーくんに変な子が来てるって伝えてくれない?」


「変な子?」


「いいから! とにかくサラ姉ちゃんかまーくんに知らせて」


「下僕! 早く!」


「あ、はいぃッ! じゃあお願い!」


 カツオはおばちゃんに手を振った。

 おばちゃんはカツオたちが映画館の奥に消えるのを確認すると、館内内線に手を伸ばした。


「あ、映画館のマリリンです。カツオちゃんが変な女の子と映画館にいます。ええ。カツオちゃんが知らせるようにと」


 カツオの受難はまだ終わらないのである。

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