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警備システム

 それはまるでチベット仏教のような音色だった。

 僧侶たちが経を唱え、それに合わせシンギングボール倍音が心地よく鳴り響く。

 大地から響くような読経と不安定なリズムがトランス状態を呼び起こす。


「さいたまさいたまさいたまさいたま。オサレなかながわねたましや。さいたまさいたま」


 力強い太鼓の音。それに併せて木管楽器が鳴り響く。

 そして読経が怒りに満ちたものになる。


「さいたまさいたまさいたま! 海無しさいたま! 神奈川千葉は海でおにゃのこときゃっはうふふ! ねたましや! ねたましや! 妬ましや!!!」


 恨み辛み、妬みを体現したかのような読経が続く。

 そして僧侶たちは彼らの本尊に語りかける。


「いあいあ。ないあーらとてっぷ!!! 埼玉の神よ!!! いあいあ!!!」


 どこかで金属が震える音がした。


「全てのリア充に死を!!!」


 リーダーと思われる僧侶が叫んだ。

 それに他の僧侶たちも続く。


「「全てのリア充に死を!!!」」



「ザリガニさん……まさか……本当に実在するとは……」


「……どんだけ外に出たことがないんだよ」


 マクスウェルが目を丸くしている。

 つり上げられてもなお、さきイカを離さないエビが目の前にいた。


「すごいです! すごいのです!」


 尻尾をぶんぶん振り回す。

 不自然なほど、のどかな風景が広がっていた。

 子どもでも安全な森。

 まるで森が守ってくれているかのようであった。



 どこまでも暗い森。

 トゲの生えた枝。

 不安定な足下。

 まるで侵入者を追い返し、それでも中に侵入する痴れ者を容赦なく抹殺するかのようである。


 何かの遠吠えが聞こえた。


「くそッ! だんだんトラップがエグくなってきた!」


 トゲのついたボールが迫る。


「ふんが!」


 サラがそれを蹴り上げる。


「サラちゃん……ほれぼれするくらい化け物だよね?」


「なにが?」


 ニコリ。


「……なんでもない」


 ラスボスクラスの迫力だった。

 クレアは目をそらす。


「それにしても……大丈夫なんですか? 子どもがこんな危険な森にいるんでしょ?」


「だから、焦ってるんですよ!!! オラァッ! 出てこい!」


 サラが落ちていた石を放り投げた。

 カーンという石を金属製の何かで弾いた音が響く。


「ふふふふふふ。気づかれたか。神奈川の侵略者どもよ!!!」


「はい?」


「神奈川の侵略と言っているのだ!!! 我らの理想郷を汚す痴れ者が!!!」


「いや……ここうちのダンジョン内なんですけど……」


「嘘をつくなあああああッ! 昨年、秩父を歩いていた私らは突如ここに召喚されたのだ!!! 我らの神『ないあーらとてっぷ』のお導き以外の何がある!!!」


「ねーよ! バカ!」


 突っ込みきれない。

 そうか!

 このフロアは秩父から何かを取り込んだのか。

 サラは少しだけ納得した。


「証拠ならあるわ!!!」


 なぜか涙目。

 どうやらSAN値はとっくにマイナスらしい。


「埼玉におなごなど存在するものかー!!! 時に貴様!!! そこの黒ギャル!!! なんだその派手なツラは!!!」


 あー壊れてる。

 とっくに壊れてた。

 ダークエルフなのだから黒ギャルっぽくて何が悪い。

 化粧だってブックストアで売ってる雑誌に載ってた『できるビジネスウーマン』のメイクである。何が悪い。

 サラはイラッとする。

 だが相手はそれ以上に壊れていた。


「神奈川人めええええ。オサレな街。オサレな海できゃっはうふふしやがって! 夏はオサレな海できゃっはうふふ。冬は海で初日の出を見ながらきゃっはうふふ!!! 貴様らはどれだけ埼玉を追い込めば気がすむのだ!!! ひたすら住宅ばかりが建ち並ぶ街の荒川河川敷で見る初日の出がどれだけ寂しいか。悔しいか。妬ましいか! 貴様らにわかるか!!!」


「わからん(きっぱり)」


 子育てと仕事が優先のサラにはどうでもいい情報だった。


「サラちゃん。相手の心がガリガリ削れているから!!! 血の涙流してるから!!!」


「ゆるせぬ……許せぬ……許せぬぞおおおッ!!!」


 男はだだっ子のように地団駄を踏む。


「『ないあーらとてっぷ』様の力を思い知らせてやる!!!」


 男は読経をはじめた。

 するとまたあのガラスをひっかくような声が聞こえてくる。

 それも何十ものだ。


「くははははは! 20羽ものシャンタク鳥を召喚したわ!!!」


 男は完全に勝ち誇っていた。

 空はすでにシャンタク鳥で埋め尽くされていた。



 ザリガニ釣りを堪能する二人。

 そこに頭にシルクハットを被り胡散臭さを身に纏った美形の男が近づいてきた。


「ボンジュール!」


「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼん○れー?」


 カツオが残念な返事を返す。


「こんにちは。どなたですか?」


「ミーはこの森のマスターァッ!!! ナイアーラトテップ!!! 『にゃーくん』と呼んでくれたまえ!!!」


「はーい。にゃーくん」


「にゃーくん。ちょっと困ってるのよ」


「はいな?」


 マクスウェルが『きゅッ?』と小首を傾げる。


「化け物じみたダークエルフがミーの家のセ○ム壊しながらここに突き進んでいるのね。困るのよ」


「誰ですかー?」


「ちょ、ちょっと待て。まーくん」


 カツオが作戦会議をする。


「カツオちゃん。はいなー?」


「あれ明らかに不審者だ……誘拐犯かも……」


「きゅッ!!!」


 マクスウェルの目が丸くなる。


「っちょ! ちょっと待つアルヨ!!! ミーはそこのホワイトドラゴンのママンを呼んで欲しいってだけなのネ!!!」


「あー!!! それ知ってる!!! 身代金ってやつだー!!! かーちゃんが大好きなテレビでやってた!!! 子どもを無事に帰して欲しければ、いちおくまんえんよこせーってやつ」


「ち、ちが!!!」


 ナイアーラトテップがマクスウェルを見ると、ぷるぷると震えている。


「おうちに帰れなくなる……」


「ち、違ッ! ミーはただ破壊行為をやめて欲しいだけ!」


「お外……お外……お外……無理でゴザル!!!」


 涙がぼろぼろとこぼれる。


「んぎゃああああああああッ! にいちゃあああああああああ!!!」


 とうとう心が決壊した。



 突然、サラたちのいた場所の風景が歪む。


「え? 何?」


 クレアが声を上げた。

 だがサラはわかっていた。


「マクスウェルが呼んでる!」


 そして……

 風景がいきなりのどかなものに変わる。


「な、な、な……神奈川の妖術か!!!」


 男がビクつく。

 空を埋め尽くしたシャンタク鳥はすべてツグミに変わっていた。


「あー結果オーライだね。んじゃ、まーくん。今度はフレンド登録したからどこからでも入れるよ。いつでも来てねー! そこの美しいご婦人たちもね♪」


 そう言ってウインクするとナイアーラトテップは空気に溶けるかのように消え去った。

 謎の人物である。


「うううう。にーちゃ……怖かったー」


 ととととと。と、マクスウェルがサラに近づいていく。

 それをサラは抱き上げる。


「はいはい。怖かったのねえ」


「はいー」


 それを見てカツオがクレアの方を見る。


「いいなー」


 カツオは目をキラキラ輝かせる。

 それに対してクレアが非情な一言。


「殴るよ」


 事件は終わったのだ……。

 だが、それに納得していない人間が一人いた。


「おのれ! おのれ! 神奈川の侵略者が!!!」


 あの男である。


「クソッ! だが一人だと思ったら大間違いである!!! カモン! 埼玉の戦士たちよ!!!」


 しーんという静寂が場を支配した。


「あ、あれ?」


「どうやらお仲間にも見捨てられたようですね」


 クレアがボキボキと指を鳴らした。


「いやー。正直怖かったんですよねえ。サラちゃんがいなかったら軽く10回は死んでましたわ!」


 笑ってはいるがこめかみに血管が浮き出ている。


「あのー。つい調子こいちゃったっていうか……」


 劣勢がわかると男がいきなり卑屈になる。


「えーっと。殴るのはご勘弁を」


「い、や、だ」


「ぎゃああああああああッ!」


 女っておっかねー。

 半分トラウマにナリながらカツオはそう思った。


 残酷映像につき、まーくんとサラの甘いシーン。


「ごめんなしゃい」


「もうバカ! このおバカ! 心配したんだぞ!」


「ごめんなしゃい」


「……今日の晩ご飯はマクスウェルの大好きなハンバーグだぞ!」


「え?」


「今日はダンジョンの中とは言え、お外に出られたからな。お祝いしなきゃな!」


「うえええーん。にいちゃああああ!」


 サラにスリスリと身を寄せるマクスウェル。

 すぐ近くで制裁さえ行われていなければ感動的な場面であった。


 ちなみに……ナイアーラトテップはこれからもチョクチョク出現するのだが、それはまた別のお話である。

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