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プロローグ

 それは一年前のことだった。


 人口715万を誇る大さいたま帝国。 

 その首都の近く、人口50万人の都市であるカ・ワグーチの街に突如ダンジョンが出現した。

 首都さいたまの民は恐れおののき、ダンジョンを作った怪物についての噂が一人歩きしていた。

 民の動揺を感じた帝国はすぐさまダンジョンに先発部隊を派遣し調査を開始した。

 そこで部隊が見たものとは……


「いらっしゃいませ! バハムートショッピングプラザへようこそ!」


 出迎えたのはピンク色の衣装に身を包んだダークエルフ。

 兵士たちは高級店顔負けのプロフェッショナルな接客態度に驚きながらも、敵意はないのだろうと察してダンジョンに踏み込む。

 一階はショップが建ち並ぶ商店街だった。

 ダンジョンの入り口や下層に冒険者向けの店が建ち並ぶのは珍しいことではない。

 たとえ小さな規模であっても戦闘には大量の物資が消費される。

 そのため回復薬や魔法の触媒は慢性的に不足しがちだ。

 そこに需要が発生するのだから、命知らずの商人がダンジョンで冒険者相手に商売を繰り広げるのは仕方のないことである。

 それでも気をつけねばならない。

 商人たちの中に魔族が紛れているかもしれない。

 ヤツらはダンジョンに入る軍隊や冒険者に粗悪品を売って任務の邪魔をしようとするのだ。

 そうあのスケルトンのように……


「地産ステーションでは生産者1人1人が丹誠込めて作った地元さいたま産の新鮮な野菜を新鮮かつ安く沢山ご提供します! ミネラルたっぷり! ぜひお買い物は地産ステーションで!」


 入り口にある店舗……どうやら八百屋のようだ。

 その中からナレーションが聞こえた。

 魔法であらかじめ録音した音声を鳴らしているのだろうか?

 兵士の一人が中を覗いてみると八百屋で忙しそうに会計や商品入れ替えをするのはスケルトンたち。


「す、スケルトン!!!」


 兵士たちはすぐさま戦闘態勢をとった。

 彼らは幾多のダンジョンから生きて帰ってきた猛者なのだ。


「お客様。店内で抜剣、戦闘行為はおやめください」


 またかとばかりにスケルトンがそう言った。

 どうやら抜剣騒ぎなど馴れたものらしい。

 確かにアンデッドは剣を見ても恐れはしない。

 死体を魔法のルーチンで動かしているだけなのでそこに意思など存在しないからだ。

 だが、これは違う。

 迷惑な客のあしらいになれた商人のそれである。

 このスケルトンは意思を持っているのだ!


「あ、ああ。すまぬ」


 とりあえず兵士たちはぺこりと頭を下げる。

 とりあえずここは大人しく従っておいた方が良い。

 このダンジョンは何かがおかしい。

 どこか尋常ではない。

 このスケルトン一つを取ってもおそろしく高度な魔法の使い手によるものだ。

 それが八百屋だと!

 このダンジョンの主の意図が読めない。

 とりあえず一行は何も買わず、八百屋を後にする。

 その奥にはさらに奇妙な空間が広がっていた。


 スーパーマルドラ。


 入り口には先ほどすぐ近くに八百屋があったはずなのに野菜が積まれている。

 一行は野菜コーナーに押し入る。

 特売と書かれた棚には大量のキャベツ。

 一玉89クレジット。

 異常なほど安い。

 オレンジ一袋298クレジット。

 先ほどの八百屋もそうだがどれもこれも異常なほどみずみずしく新鮮である。

 一行は衝動買いの欲望を抑えながら更に奥を目指す。

 その時、何かに気づいた兵士が驚きの声を上げた。


「た、隊長! 豆腐です! あの高級品の豆腐がたったの39ゴールドです。しかも本物のニッガーリポーションを使ったものらしいです」


 豆腐。

 大豆の絞り汁を凝固剤のニッガーリポーションで固めた食品である。

 海のない大さいたま帝国ではニッガーリポーションが手に入らない。

 石膏などで固めたまがい物があるにはあるが、やはりニッガーリポーションで作ったものは違う。

 ゆえに本物の豆腐は大さいたま帝国では松茸を超える高級品だった。


「く、くう! 気をつけろ! これは魔族の罠だ!」


 隊長が怒鳴り声を上げた。

 正直なところ魔族の罠という根拠など存在しなかった。

 隊長ですらも意図がわからなかったのだ。

 兵士たちは隊長の檄をうけ気を引きしめる。

 そして更に奥に進んだ隊員を待ち受けていたもの、それは鮮魚コーナーだった。


「たたたたた、隊長! これ川魚じゃありません! 海の魚です!」


 海のない大さいたま帝国ではこれまた高級なものである。

 それは宮中晩餐会クラスの品だった。

 そもそも宮中晩餐会などでは地元の食材など出さない。

 自分たちの経済力を示すためにわざと海の食材を出すのだ。

 当然味は落ちる。

 だが、兵士たち程度の経済力ではは見たこともない逸品である。

 そんな事情など知らないし食べたことなどないが憧れの品なのだ。


「な、なんてことだ! これはすぐに報告せねば! 退却するぞ!」


 魔族がこれほどまでの経済力を手中にしているなど聞いたことはない。

 このダンジョンの主は相当な切れ者である。

 いや幻術かもしれない。

 だとしたら精鋭たち全員に幻術をかける恐ろしいまでの魔法の使い手である。

 すぐさま退却し報告せねば!

 そんな彼らの耳にアナウンスが響いた。


「本日のタームセール! ファミリー寿司パック12貫298クレジット!!! 298クレジットでご提供いたします!!!」


 その声が響いた瞬間、辺りから圧倒的な物量の殺気が押し寄せる。

 殺気の主はスーパーの買い物客。

 別名、おばちゃん。

 奇声を上げる百にも及ぶおばちゃんの群れ。


「寿司YYYYYYYYY!!!」


 説明しよう!

 大さいたま帝国では海が(略)


 おばちゃんの群れにもみくちゃにされる兵士たち。


「は、はぐれるな! これは魔族の罠だ!」


「無理です! おばちゃんどいてええええええええッ!」


 兵士たちが次々とおばちゃんの波にさらわれていく。

 おばちゃんの波が引いたとき、兵士は約半数に減っていた。


「……く、みんな生きてているか!」


「は、はい何とか……」


「く、クソ! このダンジョンは地獄か!」


「隊長! 今我々がいるのはどうやら二階層のようです!」


「な、なんだって! そんなところまで運ばれるとは!」


「隊長! おばちゃんたちはまだ一階層をうろついてます」


「……クソッ! 出口が塞がれた! ……こうなったら別の出口を探すしかない。進むぞ」


 その後も地獄は続いた。


「これは……空気満タンの新モデル!」


「なんという蔵書の数だ! これが個人相手のブックショップだと!!!」


「……ポータブル音楽プレイヤーだと! なんだこれは! 我々の技術力を超えている!」


「デリシャス棒うめええええええッ!」


 スポーツショップにブックショップ、マジックアイテム量販店に駄菓子屋。

 レストラン街では多数の行方不明者が出た。

 それでも生き残った探索隊は突き進む。

 帰ってこの異常さを報告せねばならない。

 ここは今までのどのダンジョンよりも危険だ!

 ここは人の欲を糧として成長するダンジョンだ。

 そして彼らはとうとう最下層に辿り着いてしまった。


「最下層……ペットグッズにおもちゃ売り場、それにゲームセンターという施設か……」


「どこを見ても子どもだらけだな……」


「ですねって……このぬいぐるみクオリティ高えええええッ!」


「た、隊長! ゲームってなんでありますか?」


「くッ! もはや財布に資金が残っていない!!!」


 大量流通と大量消費。

 資本主義の洗礼を受けた彼らには最早兵士としての理性など残っていなかった。

 そんな彼らの目に飛び込んで来たのは壁の貼り紙。


 従業員募集!

 時給1600クレジット。

 各種社会保険制度あり。

 アットホームで楽しい職場です!


 隊長の手が震える。

 それは悪魔のささやきだった。

 生き残った隊員と目を見合わせる。

 そして頷く。


 その後、彼らを王都で見たものはいない。


◇宮殿


「なんということだ……探索部隊が全滅だと!」


「どれほど恐ろしいモンスターが待ち受けているというのだ!!!」


 大臣たちが騒ぐ。

 少しでも危険ならすぐに撤退。

 これが完全にできている経験豊富な探索部隊が全滅するなどあり得ないことなのだ。


「仕方ない……勇者を呼べ! 勇者を呼ぶのだ!」


 この物語はダンジョンから出ようとしない龍王と教育係のダークエルフ、そして勇者のゆるい日常とダンジョン(ショッピングセンター)運営の物語である。

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