ふざけんな!
俺と翔太は建物を出て、病院内の中庭まで歩いていった。
まだ日は暮れていないが、空を覆いつくす分厚い灰色の雲のせいで、外は少し薄暗い。人の姿はほとんどなく、パラパラと何人かが歩いているくらいだ。
翔太はゆっくりと、中庭にあったベンチに腰掛けた。
何を話したらいいんだか……。
俺がそう思っていると、翔太の方が口を開いてきた。
「裕也ってさ……毎日、楽しい?」
えっ?
いきなりのその質問に、俺はすぐには答えられなかった。
翔太は、真っ直ぐ俺のことを見ている。
この問いには、真剣に答えてやらなければならない。そんな気がした。
……楽しいよ。面倒くさいって思うときもあるけど、充実してるとは思う。
俺はそう答えた。精一杯、本心を伝えたつもりだった。
「……そう」
翔太はそうつぶやき、俺から目をそらした。そして、どこか遠くの方を見つめながら、言った。
「僕は……僕は、どうなんだろうなぁ」
それは翔太自身に向けての問いかけのようだった。俺は、何も言ってあげられなかった。
「楽しいって、思うときもあるよ。……でも、どうなんだろうね。僕たまにさ、すごく悲しい気持ちになっちゃうときがあるんだ。どうしようもないってくらい。いつまでたっても、どうやったて、それを乗り越える方法が見つからないんだ……」
何も、言ってあげられない。
「そういうときは、いつもさ……もう生きていたくない……死にたいって、思ってしまうんだ……」
翔太……
俺は、やっと言葉を発することができたが、翔太の名前を呼んだだけ。そこから先の言葉が見つからない。
俺の心は、やりきれない気持ちでいっぱいになった。
やっぱり、そうだった。翔太は、本当は……
「はっはっは。……ごめんねぇ、変な話して」
翔太は笑った。
「……裕也、お金持ってる?」
ん?
俺は、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ちょっと、のど渇いちゃった。本当悪いんだけどさ、何か飲み物買ってきてくれない?」
ああ、そんなことか。
別に、構わねぇよ。
俺は承諾して、敷地内にあった自動販売機の方に走った。正直、一度頭の中を整理する時間が欲しかったから、ちょうど良かった。
今の翔太に、何て声をかけてあげればいいんだろう。そんなことを考えながら、自動販売機に小銭を入れる。
あの翔太が、あんなことを言うなんて。
俺は少し、信じられない思いだった。
「――――ピューイ!」
ん?
そのときだ。俺の耳に、何か聞き覚えのある鳴き声が飛び込んできた。
……なんだったっけ? どこかで、聞いたような……。
周りを見渡す。……何も、いない。
空耳かな? 俺はそう思って、二本のペットボトルを持って、翔太のいたベンチに戻る。
そして、俺は驚愕した。
翔太が、いない! ベンチのそばには、翔太の点滴だけが横たわっていた。
引き抜いたのか、点滴を。いや、それより――――あいつ、一体どこに行って……。
『――――死にたいって、思ってしまうんだ……』
ふと、さっきの翔太の言葉が思い浮かんだ。中庭を見渡す。翔太の姿はない。
病院の外に出たんだ。
まさか……!
俺の頭に、最悪の事態が横切る。
あいつ、また……!
俺はペットボトルを投げ捨てて、走り出す。
……ふざけんなよ、翔太……!
馬鹿なこと、考えてんじゃねぇ!
思い過ごしならと祈りながら、俺は、どこに行ったかもわからない翔太を追って、病院から飛び出て行った。