久しぶりだね
それから、二日後。
俺は、待ち望んでいた言葉を、先生から聞いた。
「どうやら、意識不明になっていた明石の容態は、回復しつつあるらしい。山は越したみたいで、今は集中治療室で眠ってるそうだ」
俺は心底ホッとした。このまま死んじまったら、どうしようかと思ってた。クラスの他の翔太の友達も、「良かったっ!」って笑顔で話し合ってた。あいつは、人気者だな。
とある日、俺は学校が終わってすぐ、担任の先生に場所を訊いて、翔太の見舞いに病院へと足を運ぶことにした。今はもう大分元気になってるみたいで、一般病錬に移されていると聞いたから。
その日は、どんよりとした曇りの空模様だった。傘を持ってない俺は、雨が降り出す前にと思い、適当な果物を買って病院まで小走りで駆けていった。
病院内にて。
俺は看護師さんに案内されて、病室に入る。そこは個室だった。真っ白な仕切りのカーテンと、物々しい医療器具に囲まれて、翔太は目を閉じて寝ていた。
「明石君、何だかずっと寝ているのよ。体におかしなところは無いはずなんだけど……」
看護師さんがそう言った。
そうなんですか、と相槌を打って、俺は翔太のベッドの横にあった椅子に座る。
「明石君は、人気者なのね。ちょっと前にも、お友達がたくさんお見舞いに来てたわ」
看護師さんは微笑ましそうだ。
そしてにっこりと笑いながら「ごゆっくり」と言って、看護師さんは病室から出ていった。
――でも、翔太が寝てるんじゃあ、することもねぇなぁ。
俺はとりあえず果物を横の棚の上に置いて、ふぅ、とため息をついた。
しかし……今でも、信じられない。
お前が、自分から車道に飛び出していったなんてさ。
お前、何考えてんだ……? ――――死にたかった、のか……?
椅子の背もたれに寄りかかって、病室の天井を見ながら、独り言のように俺はつぶやいた。すると……
「久しぶりだね」
翔太の声が聞こえた。
俺はびっくりして、翔太の方を見る。
翔太は、目を開けて、俺を見ていた。……起きてたのか。
しまった。今の、聞かれちまったんだな。
翔太は、むくりと上半身を起こす。
「裕也、見舞いにきてくれたんだ。ありがとう」
……ああ、と、俺は短い返事をする。
それから、俺たちは少し沈黙してしまった。
話をしにきたつもりだったのに、いざこうなると、どうやって、何を話せばいいのか分からなくなった。
……でも俺は、聞いてみたかったんだよ。お前が本気で、死のうなんて馬鹿なことを考えていたのかどうか。
「……ちょっと外に出ようか」
翔太はそう言ってシーツをめくり、ベッドから出て立ち上がった。
おいおい、安静にしてなくていいのか?
俺がそう訊くと、翔太は笑って「いいんだよ」、と答えた。
俺には何故かその返事が、「自分のことなんてどうでもいい」というニュアンスを含んでいるように聞こえた。
前の翔太からは、こんな投げやりな感情は、欠片も読み取ることはできなかったのに。
本当に、どうしちまったんだ。俺は何だか翔太が、豹変したような気にさえなった。
翔太は点滴をカラカラと従えながら、俺を先導して病室から出て行く。
その背中は、何だかひどくさびしげに見えた。