行けよ
結局、俺の連れ帰った小鳥のやつは、そのまま夜になってもずーっとタオルにくるまって、すやすやと気持ち良さそうに寝息をたてていた。
もう夜の十一時。小鳥はまだ起きる気配を見せない。フンするなよ、と思いながら、俺もまた、いつものようにベッドに入って眠りについた。
なんだか、いい夢を見ていたような気がする。
「ピーーヨッ!」
俺は、夜中に目が覚めた。
自分で起きたんじゃない。ジジイじゃないんだから。何かに、起こされたのだ。
「ピヨ!」
ベッドの上で上半身を起こし、何気なくそばにあった目覚まし時計を見る。薄暗い視界の中に、ぼんやりとデジタル表示の数字が光っている。
それを見るに、今、夜中の三時らしい。……オイオイ、勘弁してくれよぉ。
「ピューイ!」
何だ、うるせえなぁ。
おぼろげな意識の中、俺は、自分を起こした犯人の姿を見た。目覚まし時計のすぐ横、そこに、あの灰色の小鳥の姿があったのだ。
……起きてたのか。……何してんだ。つーかうるせぇ。
「ピヨ!」
そんな俺の心の声も無視して、小鳥のやつはピヨピヨとかん高く鳴き続けている。
馬鹿やろう、夜中だぞ。親が起きちまうだろ。
俺は、止めろ、という思念を込めて、人差し指で小鳥の頭をなでてやった。
すると、小鳥は素直に鳴くのを止めて、顔を横の方に向けた。そして、物欲しそうに、じーっとそっちの方を見ている。
そこには、窓があった。
お前、外に出たいのか?
俺が口に出してそう言うと、小鳥はまるで返事をするかのように「ピヨッ」と小さく鳴いた。
そうかい……わかったわかった。
俺はベッドから出ると、小鳥の体を優しく手のひらに乗せる。小鳥は全く抵抗はしない。
そしてそのまま小鳥を窓のそばまで運んでやり、窓を開けて、小鳥を乗せた手のひらを窓の外に突き出す。
小鳥は、外の風を浴びながら、俺の手のひらの上でちょんと跳ね、こちらに向き直った。小鳥の小さくつぶらな目は、俺の目を見ていた。
……元気になって良かったな。ほら、行けよ。
心の中で、そう俺が語りかける。
小鳥は、また、「ピヨッ」と鳴いた。
そして、俺の手のひらを力強く蹴りとばし――――夜空へと、羽ばたいて飛んでいった。
月明かりに照らされたその後姿が、点になるまで、俺は窓を開けて小鳥のことをずっと見ていた。
その後の夜、俺はおかしな夢を見た。
その夢には、翔太のやつが出てきた。
でも、いつもの翔太と違う。
翔太は、泣いていた。
立ったまま、両のこぶしを力いっぱい握り締め、泣いていたのだ。
あいつの泣くところなんて、初めて見た。……まぁ、夢の中だけど。
ん?
次第に、泣きじゃくる翔太の姿が、遠ざかってゆく。
ゆっくりと、でも確実に。
俺は、いい知れぬ不安感に襲われた。
このまま翔太を、あっちに行かせてはならないような。
そうしてしまうともう二度と、翔太に会えなくなるような。
そんな気がした。
待て!!
俺は、夢の中で叫んだ。
行くな!!
そっちへ行ってはいけない。
翔太!!
翔太の姿は、もう、どうしようもないほどに遠ざかっている。
帰ってこいよ、翔太!
そのとき、遠くの方で、翔太は顔を上げて、俺を見たような気がした。
そんな夢が、朝起きた俺の記憶に残っていたのだった。
どんな夢だ、これ。何で翔太が出てくるんだ。
何だかあほらしくなった俺は、目覚まし時計を見て仰天する。
やっべ、もうこんな時間じゃねぇか!
俺は急いでベッドから跳ね上がり、仕度をするべく脱兎のごとく部屋を飛び出していった。
翔太が交通事故に遭い、意識不明の重体になっているとの知らせを聞くのは、その日の朝のことだった。