嘘
「嘘、だったんだ」
……何がだよ?
「両親が、自殺したって話は」
……え?
「本当は、本当に、事故だったんだよ。二人は事故で死んだんだ」
…………。
「ちゃんとブレーキ痕だってあった。ごめん、あれ作り話」
…………何で嘘を言ったんだ?
「……お前が、どういう反応するかな、と思って」
…………。
………………。
おい、もう一回殴りあおうぜ。容赦はもうしねぇ。
「わっ、たっ、たっ! タンマ! ごめん今の理由も嘘うそ!」
本当の理由は?
「……。何だか、自分の中にある黒いやつを、何かの形で爆発させて、ぶつけたかったんだと思う。それをするには有りのままじゃ、とてもじゃないけど足りなくて。吐き出すものを乗せる土台に、歪んだ嘘が勝手に口から出てきたんだ。考えることなんてしてなかった。話は嘘だったけど、あの時に乗せた僕の感情は、本物だったよ。内容なんかはどうでもよくて、ただ自分の気持ちを、吐き出したかっただけだった……か、な」
……はぁ……。
「嘘ついて、ごめん」
退院したら、一発殴る。それでまぁ、チャラだな。
「あーあ。やっぱり人間、嘘つかないで誠実に、が一番なんだなぁ。……でも、お前のその話だけは、嘘になってくれないかと願ってるよ――――」
堤防からの帰り道での翔太との会話を、俺は思い出していた。
ボロボロのあいつを病院まで送り届けたときは、看護師さんとの間で一悶着あったが、まぁ、何はともあれ無事に病院へ戻ってくれてよかった。
もう陽は沈んだ。
雨も、上がった。
気持ちのいい夜だった。
自分の部屋、窓の傍のベッドに座って、涼しい風に当たる。
終わったんだな。
翔太に殴られた自分の頬を撫でると、さすがに痛かった。腫れてはないけど、口内を切ってる。
ふー、と、溜息をついた。
――――じゃあよ、あれも嘘か?
「え?」
お前が、教室でいつもしていた不思議な話。
「ああ……」
命を吹き込む絵描き少女の話や、樹から生まれた「樹の仔」の話。
……それから――――「ナミダ鳥」の話。
ああいう話、結構、嫌いじゃなかったんだけどな。
「……ふふ」
何で笑ってる?
「……嘘だと、思う?」
――――嘘、なのか?
翔太は、にっこり笑って言った。
「本当の話さ」
「ピューーイ」
ん?
窓の外から、鳴き声が聞こえた。
聞き覚えの、ある声だ。
まだ雲の残る灰色の夜空をバックに、小さなシルエットが、ゆっくりと近づいてきた。
……お前は――――
姿が見えるくらいの距離で、羽ばたいてこちらを見ているその生き物。
「ピヨッ」
そいつは、いつか俺が道で助けた、灰色の小鳥だった。
小首を傾げつつも、じっと俺の方を見続けている。
……そうだ、こいつは。
思いだした。
――――お前が、逃げだした翔太のもとへ、俺を導いてくれたんだったな。
そう言うと、小鳥はまた「ピヨッ」と鳴いた。
俺は、窓から身を乗り出した。夜の心地いい風が、体に当たる。
そして、小鳥の方を見つめ、言った。
ありがとう。
――――すると、だ。
頬に、冷たい感触が伝わってきた。
あぁ、雨だ。
また、降ってきた。
ベットの上に、身を戻す。
でも、体を引っ込めた後も、視線を小鳥の方に向けていた。
雨は、次第に強くなっていった。
小鳥は、羽ばたき続けて、その場から動かないでいた。
「――――ピューイ」
雨のカーテンの先から、小鳥の澄んだ鳴き声が、もう一度聞こえてきた。
『ねぇ、ナミダ鳥って知ってる?』
小鳥の、灰色が、徐々に剥がれ落ちていった。
まるで、雨に洗い流されるようにして。
――――俺は、言葉を失った。
剥がれ落ちた灰色の奥から、目を見張るほど美しい、「青色」が現れた。
――――雨の音は、意識の外へ消えていった。
俺の目の前にいたのは、「青色の鳥」だった。
『僕ずっと、皆知ってるものだと思ってたよ』
そうだ、俺は知ってる。
『僕が幼稚園くらいのときにさ、たまに寝る前に親に聞かされていたんだよ』
こいつの話を、聞いたことがあるんだ。
『ナミダ鳥――――
――――幸せを運ぶ、青い鳥。
『困っている人の前にしか現れない。つまり、困っている人を助ける鳥。そんな、不思議な鳥の話』
お前は最初から、俺を導いていたのか?
『空をきれいなナミダ色にして、悲しいこと、嫌なこと、不幸だったことを、全部洗い流してくれるんだ』
翔太の――――あいつの不幸を、洗い流すために。
本当に、「嘘」みたいな、話だな。
いつの間にか、雨は止んでいた。
ナミダ鳥は、まだそこにいる。
――――もう、行くのか?
そう言うと、ナミダ鳥はこくりと頷いた気がした。
……そうか。
俺はもう一度、心からの言葉を送った。
翔太からの気持ちも、伝えたくて。だってそれは、俺が翔太に言われた言葉でもあったから。
ありがとう、お前の、おかげだ。
ナミダ鳥は、目を瞑った。
俺の、あいつの言葉を、受け取ってくれたように感じた。
「ピューーーイ」
そうしてナミダ鳥は、夜空へと、羽ばたいて飛んでいった。
初めて会ったときの夜と、同じようにして。
なぁ、ナミダ鳥。
次は、どこへ行くんだ?
また、翔太みたいな人を、救いに行くのか?
次は誰を、幸せにするんだ?
――――俺も、幸せだったよ。
また、会えるといいな。
それじゃあ、な。
とある夏の日の、穏やかな夜。
雨あがりの夜空は、綺麗なナミダ色へと染まっていた。




