裏切らん
「痛い……死にたく、ない」
翔太が途切れ途切れになりながら、言葉を繋いだ。やっと聞き出せた、翔太の中の本当の声のような気がした。
「何でか……今は……たくな……」
雨は強さを増していて、翔太の言葉をかき消す。
俺は舌打ちをした。小さく、遅いんだよ、とも言った。それも雨のせいで、翔太の耳には届いてないだろう。舌打ちはしたが、あざだらけの俺の顔は、少し笑ってるかもしれない。あぁ、気持ち悪い。
直後、翔太の拳が再び俺の顔面に炸裂した。不意を突かれた俺は後ろに倒れこんでしまう。翔太と同じく、大の字に、地面に。
やってくれやがったな。……まぁ、別にいいや。
おい。
俺は翔太に声をかけた。
言っとくが、俺はお前を裏切らん。お前が悪魔にでもならない限りはな。
打ちつけるように降ってきている雨が痛い。言葉が聞こえたかどうかは知らないが、返事の代わりに翔太の笑い声が聞こえてきた。
何かが吹っ切れたかのような、開放的な笑い声だ。
俺は勝手に言葉を続けた。
ナミダ鳥、だっけな。お前が学校で言ってたやつ。ああいう話はなかなか面白い。また、俺に聞かせろ。
また、翔太の笑い声がした。
「ナミダ鳥。幸せを運ぶ、青い鳥。……昔、親から聞いた話は全部、ハッピーエンドだったよ。でも現実には誰も幸せなんて運んでくれないし、ハッピーエンドで終わるなんてことはない」
そこで一呼吸置くと、また話し始める。
「と思ってたけど、まぁもう少し生きてみないと分からないかもしれない」
おやおや。
翔太は上半身だけ起き上がらせていた。
「それに、お前を殺さないと僕が死ねないってことは分かったからね、裕也」
物騒なこと言うな。
「お前が最初に言ったんだ」
翔太はやっぱり笑っていた。俺は心の底から安堵した。
――――良かった。
「……まぁ色々言ったけど、あれは全部本心だし、肝心なトコはまだ引っかかったままだけど」
こいつが負った心の傷は、深すぎる。それは、あるいは一生塞がらないかもしれないし、他の何かで埋められるものでもないのかもしれない。それでも――――
――――それでも翔太は、笑っていた。
「でも何でか今は、何か、幸せだ。久しぶりに、さ。本当に、何でかは分からないけれど」
はっ、と、俺は短く笑うと、勢いをつけて一気に立ち上がった。
これだけボコボコに殴って、雨に打たれて。ただでさえ大が付くほどの怪我人だし、ここで死なれちゃ俺が殺したようなもんだ。
俺は翔太に近づいて、手を伸ばした。
帰るぞ。
翔太は目をつぶって、大きく深呼吸をする。
そして、俺の手を掴み、言った。
「ありがとう。君の、おかげだ」
「ピューーイ」
帰り道。
鳴き声が聞こえた気がして、振り返る。雨の中に、小さいシルエットが消えていった。




