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灰色の鳥  作者: 山川 景
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痛い

 雨は、勢いを増し、俺と翔太の間に壁を作っているかのようだった。


「何だ……何を言うのかと思ったら結局、『俺はお前よりも辛い思いをしてきた』ってこと? そんな上っ面だけのうっすい言葉で、本気で僕を説得できると思ってたのか」


 降り出した雨の中、翔太の言葉が鼓膜に突き刺さる。


 ダメか。


 そのとき俺は、心のどこかで感じてしまっていた。


 今のこいつには、もう俺の言葉は無意味かもしれない。……俺の言葉では、こいつの深い深い「憎悪」は、払ってやれないのかもしれない。


「もういい……ぐちゃぐちゃと無意味な言葉を交わしたって、何にも好転したりはしやしないよ。とっても辛い世界を生き抜いてきた頭の悪い君には、僕の話はちょっと複雑すぎだったみたいだね? 裕也!」


 ――――そうだ、「言葉」、では。


 俺は、翔太の方へと歩いていった。作られた壁を壊すようにして。


 翔太は眉をひそめて後ずさったが、構いやしない。





 じゃあ、もっと簡単な話にしてやるよ。


 翔太の目の前で、俺はそうつぶやき――――そして俺は翔太の顔を、思いっきりぶん殴った。


 水しぶきをあげて、翔太が倒れる。


 非難、怒り、戸惑い、恐怖。様々な感情が入り混じった視線を向ける横たわった翔太に、俺はまた言葉をかけた。


 じゃあ、お前の好きにしな。怒鳴りたいんなら好きなだけ怒鳴ればいいし、死にたいんなら死ねばいいよ。――――でも、もしお前が死ぬって言うんなら、俺はどんな手段を使ってでもお前を止める。お前のためじゃなく、俺自身のためにな。――――だからお前、死にたいって言うなら……俺を殺してからにしろよ。


 翔太は、呆気にとられた顔をしていた。


 ……お前がいつも仲裁に入ってた俺のケンカ。本来ならどうなるか……お前に見せてやる。


「…………」


 歩み寄る俺の目に映ったのは、さっきとは対照的な顔をした翔太だった。





 顔面に衝撃が走った。翔太が起き上がって、俺の顔を殴ったのだ。


 痛ぇ。


 俺は踏ん張ろうとしたが、雨のせいで足が滑って同じように倒れてしまった。


 まぎれもない憎悪を表情に張り付かせ、翔太が俺を見下ろす。


「そうかよ……! だったら望みどおり、殺してやる裕也!!」


 翔太は俺に馬乗りになって、そして何度も何度も俺の顔を殴りつけた。


 俺の体はなぜだかそのとき、抵抗しようとはしてなかった。自分でけしかけたはず、なのに。


 


 痛ぇ。――――でも、少しも痛くない。





 やがて、拳の雨が止んだ。雨で垂れた髪の毛のせいで、また翔太の表情は分からなくなっていた。


「痛い……」


 そう言ったのは翔太だった。人を殴り慣れていない翔太の拳は、痛々しく真っ赤に変色していた。


 でも、俺にはこいつが拳「だけ」を痛がっているようには見えなかった。




 俺は翔太の腹を蹴とばした。重量のない翔太の体は一メートルほどすっ飛び、俺は身を起こす。


 せき込む翔太に歩み寄り、今度は俺が馬乗りになって胸倉をつかむ。


 一発、また翔太の顔を殴った。


 だが、続けざまに殴ろうとした俺の拳は、止まった。


「…………く……ない」


 かすれた、翔太の言葉が聞こえたから。


「死にたく……ないよ……」


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