親父の国
俺は翔太に、他人には誰一人として話したことはない、俺自身のことを語っていった。
――――俺の親父は、この国の人間じゃあない。
俺には半分、違う人種の血が流れてる。……目つきが悪いと、不良に絡まれやすいのは、そのせいかもな。
それで……実は俺ってさ、少しの違和感を感じながら、毎日を生きてんだ。俺の価値観は、この国では歪んでいるだろうから。
俺には分からないんだ。「自殺」ってものが分からない。愛されなかったから。裏切られたから。――――心の穴が、埋められないから。
何もかもが未発達なそんな段階で、「命」を放り出してしまう気持ちが、俺には理解できない。
俺は五歳から十一歳までの間、親父の国で育った。
そこは、次の日に生きていられるということが、当り前ではない世界だった。
俺の住んでいた町では、毎日、人が飢えて、病気になって、あるいは奪って奪われて、死んでいった。
……想像はできても、実感は沸かないだろ? 俺だってもう今は、当時の自分が何を思い、考えて生きていたのは思い出すことはできない。
学校から一緒に帰ってきた友達が、突然わけの分からない町中の爆発に巻き込まれて、数秒後には隣で血まみれになって、死んでた――――そんな、世界。
俺はもう、平和に慣れた。今の俺があそこに戻ったら、発狂しちまうんじゃないかってくらいに。
忘れたがってるのかもしれない。霧がかかったみたいに、あの頃の記憶は霞んでしまっている。
――――でも、絶対に忘れられないことがある。
あの世界のみんなは、毎日を、これ以上はないってくらい、必死になって生きていた。
そして、これ以上はないってくらい、人を愛して、生きていた。
俺はそこで学んだ。そんな環境だからこそ、愛され方と、愛し方とを。
一度、絆で結ばれたものは、どんなことがあっても決して裏切るなんてことはないってことを。
翔太、お前は、俺が今まで会った誰よりも優しいやつだ。
だからこそ、お前は「闇」を一身に引き受けちまってるように見えるんだ。
……でも俺は知ってる。人間ってのは、そんなに弱くはない。
身が裂けるような辛い記憶も、背負って前に進むことができる。
そして人間の愛――――絆は、そんなに脆いものじゃない。どんなに厳しい、恐ろしい経験の中でも、大切な者との絆だけは、絶対に裏切らない。
だから……そんな簡単に、「命」を投げ出すな、翔太。
お前との絆を持ってる人間が、少なくとも一人、ここにいる。お前が今まで築き上げてきた絆なら――――お前なら、大丈夫だ。俺が何度だって、そう言ってやるよ。
「…………」
翔太は、言葉を発しない。ずっとうつむいて俺の話を聞いていた。
俺は、今の話で翔太の心が少しでも動いてくれたらいいと思っていた。
「ふふ……」
だが。
「裕也……言いたいことは、それで全部かい」
自虐的な笑みを浮かべ、翔太が俺を睨んだ。
そして、雨が、降ってきた。




