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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第一章・翡翠色の眼/瑠璃色の瞳
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8・協力

「……あんた、自分が何言ってるか分かってるのか?」


 呆れたようにギルバートさんが私を見るけれど、私は本気だった。


「勿論。もう一度狙われるかもしれない私が囮になって犯人をおびき出し、それをギルバートさんが捕縛する。確実かつ簡単ではありませんか?」

「そうは言いますけれどシャノンさん、かなり危険ですよ?」

「そうだよっ、危ないことやめようよ、シャノン!」


 シャーニッドさんとアイリスの兄妹にも反対され、これは少々私の旗色が悪い。思わず口ごもってしまったところで、ギルバートさんがもう一度口を開いた。


「どうして協力しようと思ったんだ?」


 とても静かな声だった。私の言葉に賛成するわけでもなくて、でも反対するわけでもなくて。本当に静かで、私の意見を聞こうとしてくれている声音。


「……私、命を狙われたんですよ? しかもまだ犯人は学園の中にいる。すれ違う人がもしかしたら犯人かもしれないって疑うしかないんです。そんなの生きた心地がしません」

「成程。つまりは自分のためか?」

「そうです。私が安心してこれからも学園で生活していくため」


 じっと私を見てくるその翡翠色の瞳を真正面から見返す。さながら睨みあいのような雰囲気が数秒間流れた。先に視線を逸らしたのは、ギルバートさんだった。


「……分かった」


 その言葉に私は嬉しくて思わず顔を綻ばせてしまったけれど、当然のことフォイエル伯爵家の兄妹は黙っていなかった。


「ギルバート、どうしてそうあっさり受け入れるんです?」

「シャノン、何嬉しそうな顔をしてるのよぅっ」


 自分に食って掛かっているシャーニッドさんの身体を押し戻しつつ、ギルバートさんは言う。


「利害の一致による一時的な協力体制ってやつだ、基本だろう」

「それはそうでも、こんな女性をですね」

「なんならお前が女装してくれてもいいぞ」

「ではシャノンさん、よろしくお願いしますね」


 変わり身が早い。矛先が自分に向いた瞬間に、今までの考えをさらっと一転させるとは。私もアイリスも思わず聞き流すところだった。


「お兄様!」


 アイリスが、もはや嘆きのようにシャーニッドさんに呼び掛ける。シャーニッドさんはにっこりと笑い、アイリスの肩を叩く。


「大丈夫だよ、アイリス。僕もついているし、なんといってもこのギルバートがいるからね。滅多なことにはならないよ」

「その自信の根拠がまったく見えないのですけど」

「まあまあ。それではシャノンさん、あとでまた連絡します。とりあえず、急がないと講義に間に合わないと思いますよ。僕たちの講義は午後からなので良いんですが」


 その言葉で私は我に返った。広場に設置してある時計台を見ると、その針は既に講義開始の10分前を指していた。いつもなら、この時間にはもう講堂にいるはずなのだ。


「も、もうこんな時間! アイリス、走るわよ!」

「う、うん!」

「アイリス、僕が抱っこしていこうか」

「お断りします」


 きっぱりと拒絶したアイリスの隣で、私は礼儀として軽くギルバートさんに頭を下げ、踵を返して走り出した。アイリスも慌ててついてくる。


 いつも通っている並木道に、人は殆どいない。それがさらに私の焦りを引きたてた。この学園に入学して1年、私は無遅刻無欠席で通ってきたのだ。それでなくとも、遅刻なんて許せない。


「ねえっ、ねえシャノン?」


 軽く息を切らせたアイリスが、駆けながら私に声をかけてきた。走りながら喋ると疲れるわよ、と思ったけれど、それは突っ込まないことにした。


「なに、どうしたの?」

「結局お兄様と話していた事件ってなんだったの? 昨夜何かあった?」



 ……ああ。



 この子は、こういう子だった。



★☆



 ぎりぎりで講義に間に合い、私とアイリスは遅刻を免れた。今日は座学、この国ファレノプシスの歴史についての講義。侍女たる者、自国の歴史についても詳しくなければいけないのだとか。実習よりも座学のほうが好きな私としては有難いものであったけれど、今日はさすがに集中力を欠いた。


 勢いで協力すると言ってしまった。勿論後悔はしてないけれど、ことを急いてしまったかなと思う。それも、今日初めてまともに話しただけの人に。アイリスのお兄様であるシャーニッドさんは、私にとっても身近な存在だ。そんなシャーニッドさんの友人であるなら、きっと信頼できる―――と思ったのは、短慮だったのだろうか。


 とはいえ、私は『シャーニッドさん』には詳しいが、シャーニッドさんの騎士科生としての実力はまったく知らなかった。アイリスに聞いてみれば、剣の腕前は上位ではあるらしいというなんとも曖昧な答えが返ってきた。では、その上を行く平民特待生、ギルバートさんは……。


 昨日の夜、私を助けに来てくれたあの身のこなし。私のお兄様たちとは比べ物にならない、本物の剣技。……本当に、すごかった。



 取り留めのない考え事をしながら、私とアイリスは日が暮れはじめたころになって寮に戻った。道すがら、ぽつぽつと昨日の出来事を語って。アイリスは真っ青な顔になりながらも、私が無事であったことを心から安堵してくれた。彼女はもう、私が囮になるということに反対はしなかった。なんだかんだで、シャーニッドさんのことを信頼しているのだろう。


「あ、シャノン、あれ」


 寮の入り口が見えてきたところで、アイリスが呼びかけた。アイリスが指差す方向を見ると、玄関のところにルテラが佇んでいたのだ。いつもの取り巻きはいない。ルテラは私のほうを見て、気まずそうに視線をそらす。だけど、彼女はこちらに歩み寄ってきた。


「アイリス、先に部屋に戻ってて」

「うん……分かった」


 アイリスは頷き、すれ違いざまにルテラに会釈して寮の中へ入っていった。ルテラはアイリスに会釈を返しつつ、私の目の前までやってきて足を止める。


 沈黙。ほんの数秒間それが続き、やっとルテラが口を開いた。


「……ご、ごきげんよう、シャノン」

「ごきげんよう。そういえば、これをお返しするわ。昨日私の部屋に間違って届いたものなの」


 私はそうして、あの小包をルテラに差し出す。恐る恐る手を出してきたルテラに小包を渡して、私は笑ってみせる。


「それじゃ、確かに渡したからね」


 それだけ言って寮へ入ろうとしたが、ルテラが呼び止めた。


「お、お待ちになって。……ごめんなさい、あの、わたくし……昨日は、ちょっと貴方をおどかすつもりで……まさか、あの事件が本当に起こっていたことだなんて、夢にも思わなくて」


 水に流したわけじゃない。でも、気にしないことにしたのだ。こうして私は無事だった、だからもういい。そう思っていた。


 だから。


「何言ってるのよ。荷物の届け間違いを返しただけよ?」


 ルテラは私を見て驚いたような顔をした。そして私の意図を汲んでくれたのか、深々と私に頭を下げた。小包を胸に抱えたまま、ルテラは踵を返して駆け出した。



「……寛容だな」


 そんな声が唐突に聞こえた。朝と同じ建物の陰に、ギルバートさんがいたのだ。今回、シャーニッドさんはいない。


「過ぎたことですもの」

「そうか……」


 ギルバートさんはこちらに歩み寄ってきた。そしてその口から、思いもよらない言葉が飛び出した。


「ところで、その喋り方はやめてくれないか」

「……は?」

「無理して敬語使ってる感がありありと出ている。『さん』付けで呼ばれるのも、気味が悪い」


 ばれていた、と思うよりも先に最後の一言が癪に障り、私はかあっと頬が熱くなるのを感じる。


「き、気味が悪いってねえ!」


 思わず敬語を忘れてしまったけれど、彼―――ギルバート、はむしろ満足そうであった。彼が良いなら、私だって構うものですか。元々敬語なんて、私には似合わないものなんだから。


「これを」


 ギルバートが掌に乗っている何かを差し出してきた。それはピンマイクと片耳イヤホンだった。どちらもコードレスで、かなり小型だ。


「魔導師科のフェルニー先生から借りてきた」

「ってことはこれ、魔道具? 私、魔力なんてないわ」

「俺が使えるから、いい」


 ああ、そういえばお祖父さまが宮廷魔導師だったんだっけ。


「これをつけて今日の夜、外に出てくれ」

「……分かったわ」


 私は頷いて、その魔道具を受け取ったのだった。


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