表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第一章・翡翠色の眼/瑠璃色の瞳
4/42

3・流転

お待たせしました。

今回はシャノンパートです。


次の投稿は木曜となっています。

 素直に、すごい人だと思った。


 平民なのに、変に委縮することなく自分の力を発揮できる。貴族の子息たちをこてんぱんに叩きのめしても、どこ吹く風で泰然としていられる。


 余程神経が図太いのか。それとも自分の力量に絶対の自信があるのか。果たしてどちらなのだろう。


「……あらぁ? そこにいらっしゃるのは、シャノンではありませんの?」


 そんな声がかけられて、私ははっとして顔を上げた。見ると、先程まで黄色い歓声をあげて騎士科の演習を見物していた5人ほどの女が、こちらを見ている。中心にいるのは、金色の豪奢な髪を緩く巻いている背の高い少女。深窓の令嬢とはよく言ったものだけれど、中身はとんでもない人だ。


「ごきげんよう、ルテラ」


 私は腰を折って貴族としての礼を施す。身体に染みついた動作なれど、やはり好きではなかった。隣でアイリスが、にっこり笑って同じように一礼する。彼女は誰にも分け隔てなく接するから、どんな相手だろうといつだって笑顔だ。見習いたいことではあるけれど、私はそこまで器用ではない。


 ルテラは同じ侍女育成科の2年、私とアイリスと同い年。父親は公爵、国の防衛を担当しているという話だ。よってこの学園の騎士科の育成にも力を入れており、ルテラの父君が科の顧問として在籍しているらしい。


 正直、あんまり得意じゃない、ルテラの相手は。女王を気取る高飛車な言動。それを取り巻く女たち。まさに、『つるむ』という言葉が似合う集団だ。


「貴方もギルバート様に目を奪われたの?」


 ルテラがそう尋ねる。それを聞いて、私はちょっと首を傾げる。この貴族意識の塊が向けていた歓声の先には、ギルバートという平民がいたのか。てっきり、彼が倒した数名の生徒たちの誰かに向けていたのだと思い込んでいた。実際、その中には大貴族の子息がいる。


「彼は平民なのでしょう?」

「まあっ、身分を気にするなんて時代遅れですわよシャノン?」


 あんたに言われたくないわよ。


「今でこそ平民のギルバート様でも、かつては誉れ高い騎士の位を授けられた一門であり、宮廷魔導師の血をも引く高貴な御方。この学園にいる以上、身分など関係ありませんわ」


 その『かつては誉れ高い騎士の』の部分がなければ、きっと見向きもしなかったんだろうなあ。


「それに、ギルバート様はわたくしの父が一目置くほどの逸材。近くでその様子を確認するのは、娘の義務ではなくて?」


 聞いたことないわよそんな義務。


 色々突っ込みたいことはあったが、表面上は「そうですね」とにっこり微笑む。我ながら、作り笑いが上手くなったものだ。


 けれど、元々は騎士の家系なのに現在平民の特待生としてグラン・ロマーナ学園にいるのはなぜだろう?


「家柄が良くても貧弱な男より、余程頼り甲斐があって素敵ですわ」


 ルテラの熱っぽい言葉や表情から、この人は本気でギルバートに恋をしているのだと知れた。そしてその意見には、私も同意できる。私たちは、父の決めた相手と結婚をするというのが当たり前の世界で生きている。中身よりも家柄。そうやって人を見なさいと言われてきたけれど、私たちにだって自由な選択の権利があるはずなのだ。


 だからこそルテラは、平民のギルバートに羨望や憧れに近い恋心を持つのだろう。


「ねえ、シャノン?」

「え、あ、どうしたの?」


 急に袖を掴んで軽く引っ張られ、私は慌てて振り返る。アイリスが陽だまりのような笑顔を見せた。


「お腹空いたから、早くお昼ご飯に行こうよ?」

「そ、そうだったわね」


 相変わらず、この子の空気の読めなささには呆れるというものだ。


「それじゃルテラ、私たちはこれで」

「ああシャノン、最後に一つだけ」

「……何よ?」


 呼び止められ、つい私はつっけんどんに返してしまう。こういうのが「シャノンったら険悪」と言われる元凶なのだが、他人の評判を気にして学園で生きていけるわけがないので無視。


 ルテラは笑みを浮かべる。歯は見せず、口角をそっとあげてあくまでもお上品に。私には決して真似できない仕草をして、差を押し付けてくる。


「お聞きになりまして? 昨日の晩、なんでも学園の敷地内に斬殺死体があったのだとか」

「え……!?」


 急に物騒な話を振られて、ぎょっとした。聞こえなかったらしいアイリスが「なになに?」と首を突っ込んでくるが、私は咄嗟に少々低い位置にあるアイリスの両耳を手で塞ぐ。これから食事に行くっていうのに、こんな純真な子に聞かせちゃいけない。


「そんな話、聞いたことないわよ」

「勿論、知っているのは限られた人間のみですわよ。生徒が混乱しますし、何よりも学園の外聞に関わりますもの」


 警備の厳重さには折り紙つきのグラン・ロマーナだ。そんな恐ろしい襲撃事件があって、しかも犯人を逃がしたなど、世間に公表できるわけがない。


 ルテラはするすると私に近づいてきて、耳元で囁いた。


「死体からは臓器が持ち出されていて、学園のほうでは不正な臓器売買の手の者ではないかと疑っているそうですわよ。それに、学園の敷居を跨いだ形跡がないから、内部犯ではないかと」

「!?」


 貴方、昼食前になんてこと言ってくれるのよ!


 しかしルテラは、やはり笑みを崩さない。その顔を見て、今の話は冗談なんだなと悟った。私を怖がらせるためにでっちあげた作り話____。


「そういう訳だから、夜中に出歩くときはお気をつけてくださいね?」

「……ええ、忠告有難う」


 笑みが引き攣るのを隠せないまま、私はそう返事をしておいた。不思議がるアイリスを連れて、さっさとその場を立ち去る。


 ふと演習場のほうへ目を向ける。あのギルバートという人はまだそこにいて、引き寄せられるように彼もこちらを振り返った。


 背が高くて、鼻筋も通っていて、切れ長の瞳。確かに容姿は完璧だ。それでも私が一番目に焼きついたのは別のもの。


 彼の瞳は、そのまま宝玉を埋め込んだかのように美しい翡翠色だったのだ。



★☆



 その日の晩、夕食も入浴済ませ、消灯までの完璧な自由な時間。


 寮の部屋はどこも二人部屋で、室内にはベッド、机がふたつずつある。部屋に入って右側が私、左側がアイリスの居住スペースだ。


「ねえ、シャノンー。次のお休み、どうする?」


 ベッドに俯せて寝転んでいるアイリスは、広げた雑誌を見ながら尋ねる。市街のパンフレットだ。休日は街に出ることが許され、アイリスはそれを毎週心待ちにしていた。というのも、彼女は地方の出なのだ。この学園に来て2年ほどでは、まだまだ王都セントルチルは満喫できないらしい。


「そうだなあ……」


 私は髪を乾かしながら考える。栗色の長い髪。本音を言えばアイリスやルテラのようにふわふわの金髪が羨ましいのだが、似合わないのは分かっているので文句は言わない。


 その時、扉がノックされた。反射的に私は立ち上がって、部屋の扉を開けに行く。寮の廊下に、事務方の女性が佇んでいた。


「お荷物のお届けに上がりました」

「荷物? 有難う」


 小包だった。学園の検閲を通過すれば、家族と荷物や手紙のやり取りは可能である。が、私の元に荷物が届いたのはつい先日のことだ。日を開けずに届くとは、何事だろう?


「ご実家から?」


 扉を閉めて室内に戻ってくると、アイリスが尋ねる。私は宛先の書かれた用紙に目を落とす。


「そうみたい……あ、違う!」

「え?」

「これ、ルテラ宛じゃないの」


 宛先はルテラ。差出人はルテラの母。全く届け間違いだ。


「ルテラちゃんのお部屋は東棟なのに、どうやって間違えたんだろう?」


 いま私たちがいるのは西棟。広い中庭を挟んだ先に、ふたつめの女子寮である東棟がある。徒歩で2分ほどの距離だ。


「もう、しょうがないなあ……ちょっと今から届けてくるね」

「うん、気を付けてね?」


 私は上着を羽織り、部屋を出た。



 ____部屋を出てから、ルテラに昼間聞かされた『怪事件』の話を思い出す。


「……私を出歩かせるためにわざとやったんじゃないでしょうね……?」


 一瞬そう疑ったけれど、もし本当にただの届け間違えだとしたらルテラに迷惑がかかる。


 部屋のある4階から階段で地上まで降り、玄関から外へ出る。春になったとはいえ、夜風はまだ冷たい。


(……殺人犯。本当だったりして)


 そう考えてから、私は苦笑いを浮かべる。


(まさかね)


 そのまま、向かい側にある東棟へ向けて歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ