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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第三章・蠢く影、新たな展開
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7・目に見える悪意

 初日から大騒ぎの夏休みだったが、それ以降は静かに休暇を満喫した。


 ……と言えたらどれだけ良かっただろう。


 あの騒動のあとエリックは無傷で発見された。「馬鹿に頑丈な身体だな」とギルバートなどは呆れていたが、全くその通りかもしれない。

 エリックとユリアナさんに再会できたのは嬉しいけれども、それから数日間私たちはエリックの「王都観光」に付き合うこととなった。あちこちを引っ張り回すエリックにギルバートは辟易していたし、後ろから見ている私とユリアナさんも苦笑してついていった。ユリアナさんとゆっくり話すこともできたし、ギルバートとエリックの姿を見ていれば「男の子っていいな」と思うこともあり、有意義な時間ではあった。


 ふたりが帰った後も、フェルニー先生の妙な実験にギルバートは付き合わされているし、私までとばっちりを食らうしで大変だ。

 何もすることがない日が逆に珍しいくらい忙しく、暇な時間はすべて宿題に費やした。


 そういえば、あれ以来ギルバートのお世話係だというサーシャさんを見ることはなかった。というより、それまで存在すら知らなかったのだ。確かにギルバートは貴族なのだからそういう人がいてもおかしくはないけれど、あれほどの武術を会得している女性は格好いい。

 あの奇特な性格のフェルニー先生の妹。……フェルニー先生って若く見えるけれど、結構年齢は上なのかもしれない。



 何はともあれ宿題もすべて片付け、ようやく休暇を満喫できる。そう思った矢先に、帰省組が続々と学園に戻ってきてしまったのだった。



★☆



「シャノン、ただいま! 会いたかったぁ」


 学園の正門前に停められた馬車から軽やかに降りてきたのはアイリスだ。出迎えにきた私に勢いよく飛びついてくる。あとから降りてきたシャーニッドさんが、アイリスの様子を見て微笑んでいる。


「お帰り、アイリス。長旅で疲れたでしょう?」

「うん、疲れちゃったよぅ。だって馬車の中とかずっとお兄様と一緒なんだよ?」

「アイリス、そろそろ兄さん本気でへこんじゃうんだけど」


 相変わらずのアイリスの毒舌に、シャーニッドさんが肩を落とす。いまだに謎なのだけれど、この兄妹はどうなっているのだろう。確かにアイリスに対するシャーニッドさんは少々面倒臭い。しかしこの人は紳士であるし、妹を大切にしているのは伝わってくる。アイリスもそれは分かっているはずなのだから、そこまで嫌がらなくても――と思わないでもない。

 まあ、家庭事情など人それぞれだ。アイリスとシャーニッドさんの間にも、色々あるのだろう。


 一緒に出迎えたギルバートは、その傍に悠然とたたずんでいる。気を取り直したシャーニッドさんが思わず苦笑するほど自然体だ。


「……ギルバート、出迎えに来てくれたのは嬉しいんだけど、もう少しそれらしい態度取れないのかな?」

「ん? ……ああ、お帰り」

「ただいま。どう、休暇中は何事もなかった?」

「大ごとだった」

「はい?」


 シャーニッドさんは瞬きを繰り返し、そしてはっと息を飲んで声を潜めた。


「まさかギルバート……シャノンさんに何かしちゃったんじゃないだろうね?」

「何もしてないっ」

「何もないですっ」


 私とギルバートの声が見事に重なった。「息ピッタリだねぇ」なんて笑っているアイリスが火に油を注ぎ、ギルバートはくるりと踵を返して歩き出してしまった。旅行の荷物を持ったシャーニッドさんが慌ててそのあとを追いかけ、私とアイリスも笑いながらそれを見る。すっかり戻ってきた日常に、私は安心感を覚えていた。


 このとき、私は気付きもしなかった。


 少し離れた場所から、ちらちらと視線を送ってくる集団がいることに。





 女子寮の部屋に戻ると、早速アイリスは荷解きを始めた。随分大きな鞄を持っているなあと思っていたのだが、どうやらその中身の大半は私へのお土産だそうだ。「これが地元名産のお菓子で、これが街で有名な職人さんが作ったアクセサリーで、これがシャノンに似合うと思ったから買ってきた服で」という具合に、大量のお土産を頂いてしまった。こちらから返すものがないのでなんだか申し訳ないのだけれど、アイリスはまったく気にしていない。


「ええっ、それじゃユリアナさんとエリックさんが来たの? いいなあ、私も会いたかったなあ」


 フェルニー先生絡みの騒動について話すと、アイリスは羨ましがった。まあ、そりゃ二人に会えたのは私としても嬉しい。が、そのために私は死にかけたのだ、あのホムンクルスの自爆機能によって。

 エリックなど、到着早々に爆風で吹き飛ばされて、あげくに王都観光だ。正直何をしに来たのか分からない。


「他には何かなかったの? ギルバートさんとどこか行ったりとかは?」

「ご飯食べるためとかで街に行くことはあったけど……殆ど学園の中で一緒に勉強してたよ」

「勿体ない!」


 いや、勿体ないって。


「せっかく二人っきりだったんだから、遊びに行けばよかったのにぃ」

「な、なんで?」

「なんでって、チャンスじゃない」

「なんの?」

「シャノン、ギルバートさんのこと好きなんでしょ? 仲良くなるチャンスだよ」


 口に含んでいたお茶が気管支に入り、私は激しくむせた。アイリスが背中をさすってくれたけれど、貴方のせいでむせたのよ。


「す、好きって何よ好きって……」

「え? 好きなんでしょ?」

「さ、さあ……?」


 曖昧に濁しておく。アイリスはにこにこと笑いながら、荷物を片付けている。……ばればれなのか。心中に秘めておくつもりだったのだけれど。

 けど、恋なんかじゃない。もっとそれ以前の、憧れのような何かだ。


 ふうっと細く息を吐き出したとき、部屋の扉がノックされた。アイリスが振り返る。私が彼女を留めて、扉を開けに行く。

 しかし、廊下には人の姿がなかった。気のせいだったのだろうか? そう思って扉を閉めようと思ったのだが、扉に取り付けられたポストに一枚の紙が挟まっているのが見えた。それを引き抜いて広げてみる。


 そして、一瞬息が詰まった。



「シャノンー? なんだったのー?」


 部屋の奥からアイリスが声をかけてくる。私ははっとして振り返り、その紙を上着のポケットに突っ込んだ。


「ん、なんでもない。気のせいだったみたいよ」


 紙の切れ端に、殴り書きのような文字。

 見るに堪えない、私宛ての罵詈雑言の数々だった。


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