6・瞬殺
コロシアムの外に張り出された試合のスケジュール表を見ると、エリックの出場が割と早いということを知った。折角なので見てみようということになり、コロシアムに戻ろうと思ったのだが。
「『ユリアナ』……どう考えても、女の人の名前よね……」
エリックの名前と並んで記されていた『ユリアナ』の名。エリックのパートナーなのだろうが、女子生徒が対抗戦に出るとは珍しいことだ。
今回集まった3校は、どこも貴族の子弟を対象とした学園だ。そして貴族の娘たちが戦闘職種の科に入ることは、魔導師科はともかく騎士科なら滅多にない。余程の事情――例えば家が代々騎士や魔導師の家系、特別力が強いなどがなければ、おそらく本人が入学を望んでも親が許さないはず――。
とりあえず客席に戻ってみると、そこに見慣れた姿があった。ギルバートとシャーニッドさんだ。
「ふたりとも!」
そう声をかけると、ふたりは振り返った。「ああ……」と言いかけたギルバートをシャーニッドさんが遮り、アイリスに向けて両手を広げた。
「アイリス! ささ、兄さんの膝の上に座らないかい? 特等席だよ」
「警備呼びますよ?」
「つれないなあ、たったふたりの兄妹じゃないか」
「兄妹? 誰と誰が?」
「あ、アイリス……」
これにはさすがのシャーニッドさんも絶句する。見慣れたいつものやり取りの横で、私はギルバートに尋ねる。
「こんなところにいていいの?」
「ああ、自分が出場するとき以外は自由だ。折角だから、知り合いの試合でも見ようかと」
「それって、エリック?」
私の言葉にギルバートは驚いたように顔を上げた。
「知っているのか?」
「うん、昔何回か会ったことがあって。さっきも少し話をしたのよ、貴方のことを聞いて来たわ」
「あいつ……」
呆れてギルバートは溜息をついた。空いている隣の席に腰をおろし、舞台に視線を送る。まだエリックたちは登場しておらず、観客席はざわめいている。
「ギルバートも知り合いだったのね」
「昔馴染みってやつだ。先代の騎士団長は俺の父親でな、エリックの父君はその時副団長として俺の父の補佐をしてくれていた。その関係で、エリックとも親しくなったんだ」
ついさっきまで忘れていたがな、とギルバートは少し笑う。けれど私はさらっと暴露されたギルバートの過去に唖然としてしまった。
「ギルバートのお父様が、先代の騎士団長……?」
「……言っていなかったか?」
「は、初耳よ」
「そうか、すまん。隠していたわけではないんだが、言うのを忘れていたな」
先代騎士団長はロスター公爵という。ロスター家は騎士の名家とも呼ばれている由緒ある家系だ。先代の騎士団長は、宮廷魔導師として高名だったアンセルムの娘と結ばれ、騎士団と宮廷魔導師との結束が強くなったとして王都では有名になっていた。
けれど、10年近く前に公爵は何者かに殺害された――。
「父が亡くなったとき、俺はまだ8歳でな。母も亡くなっていて、家督を継ぐことはできなかった。だからロスター公爵家は取り潰され、俺は母方の祖父に引き取られて育てられたんだ。祖父は偉大な魔導師だったが、元々は平民でな……」
だからギルバートは平民になった。生まれたときは、国内の祝福をその身に浴びて。そして今は、貴族からの蔑みを浴びて。でも、過去の栄光など一言も口にせず。
ロスター家は騎士の最高峰の家系だった。なのに、どうして――。
「……あ、いや。急に重い話をしたな」
「う、ううん……ごめんなさい」
「謝ることじゃない、昔の話だ。……もしかしたら子供のころ、どこかでシャノンと会っていたかもしれないな」
ロスターの名は、何度もお父様の口から聞いたことがある。ギルバートがその息子であるのなら……会ったことがあっておかしくない。いや、会っていないとおかしい。
「お父様を弑した犯人は……?」
「まだ見つかっていない。その場にいながら犯人の顔を見ることもできず、父の死を見ていることしかできなかったのが情けない……だから、ずっと探してる」
グラン・ロマーナは貴族が集う。そして卒業すれば王宮に入り、他国も視野に入る。公爵を殺したのが他の貴族であれ他国の陰謀であれ、この学園にいればそれだけ捜索の範囲を広げることができる。そのためにギルバートは、平民としてでも入学したのだろう。勿論、父君のあとを継いで騎士になりたいという想いもあると思う。けれど一番は仇討ち、もしくは真実を知りたいから、か。
「……見つかるといいね。見つかってほしい」
呟くと、ギルバートは少し笑って頷いてくれた。
「ふたりとも。試合が始まるよ」
不意にシャーニッドさんの声が割り込んできた。見ると、シャーニッドさんはにっこり笑って舞台を指差していた。そこにはエリックとひとりの少女、そして対戦相手の生徒ふたりがいた。制服から見て、エリックたちの相手はグラン・ロマーナの生徒だ。
……多分、重い話をしていた私とギルバートを気遣って、シャーニッドさんが割り込んでくれたのだろう。本当にこの人は、さりげない気遣いが上手な人だ。
「あの女の人は?」
さっきまでの騒ぎは何だったのか、アイリスはごく自然とシャーニッドさんと口を利いている。なんなんだろう、よく分からないわねこの兄妹。
「ユリアナさんって言ってね、優秀な魔導師を輩出する家のご令嬢だよ。実際彼女のお父上は宮廷魔導師だ。ただでさえ少ない女子生徒のひとりで、しかもかなりの実力者だから有名なんだ」
「なら、彼女は魔導師科の人? どうしてここに――」
「今年から大幅なルール改正があって、騎士科と魔導師科でタッグを組んでもいいらしい。よって、剣だろうが魔術だろうが使いたい放題だ」
私の問いにはギルバートが答えてくれた。なんだかなんでもありだねー、と呟くアイリスの言葉にはまったく同意である。前回までは、騎士科は騎士科の試合、魔導師科は魔導師科の試合で分けられていたのだ。
「まあ、ギルバートが魔導師科に劣らない魔術の使い手であるから、僕は安心だけどね」
騎士科同士で組んで相手に魔術の使い手がいると、相当戦いにくいだろう。むしろ、実戦で通用するようにあえてこのルールに変更したのかもしれない。
エリックがこちらを見た。相当目が良いのだろう、一発で私たちに気付いたらしい。先程のシャーニッドさんと同じく大きく手を振ってきた。ギルバートは溜息をつき、残る3人は苦笑を浮かべるだけだ。
と、ユリアナさんがすぱんとエリックの赤い髪をはたいた。そして何か説教をしているようだ。さしづめ『試合前に何悠長に手なんて振ってるの!』というところだろうか? さすがにその光景にはみな呆然としていた。
しかし騎士団長の息子と宮廷魔導師の娘だ。実力は侮れない。
「あのふたりは強いよ」
シャーニッドさんが呟く。ギルバートも頷いた。
「おそらく俺たちが勝ち進めて行けば、必ずあいつらと当たる」
――決着は一瞬。
エリックとユリアナさんの勝利だった。