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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第一章・翡翠色の眼/瑠璃色の瞳
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1・邂逅


____この国、ファレノプシス王国。


 王族、貴族、平民という三つの身分が厳格に区別される、縦社会の国。


 この国に貴族として生まれた者たちの最大の名誉は、『王宮で働くこと』であった。文官として、騎士として、料理人として、そして侍女、侍従として。職業に差はあれど、貴族たちは王宮での職業を得るために日々研鑚を積んでいる。平民に至っては、王城の清掃要員であったとしても最高の名誉と言われるほどだ。


 だからお国のため、騎士として、魔導師として、民衆を守る盾になれ。


 侍女として、侍従として、お役人様の支えになりなさい。



★☆



「お国のためになりなさい。それに相応しい淑女になりなさい。……ふん、もう聞き飽きたわよ」

「シャノン、そんなこと言っちゃ駄目だよ。シャノンの本性がばれちゃうよ?」

「本性って……」


 親友のアイリスが穏やかな声で物騒なことを言う。それではまるで、私の性格が悪いみたいじゃないか。


 ファレノプシス王国の王都セントルチル。『白の(みやこ)』と呼ばれるこの街には、国内最大規模の育成学校がある。名を「グラン・ロマーナ学園」。大した名前であるが、要するに貴族の子息たちのための教育機関だ。


 学科は騎士科、魔導師科、侍女育成科など多岐にわたる。


 15歳からの入学が可能で、卒業まで全員寮での生活が義務づけられる。しかし、この学園には決まった卒業というものがない。最低限4年間は学園で学び、卒業に値すると評価された者だけが、一人前として王宮に勤めることができる。4年きっかりで卒業できる優秀な生徒もいれば、10年近く粘っても卒業できずにいる者もいる。退学者も多いのだ。


 私ことシャノン・ヒューネベルグは16歳、侍女育成科に在籍し、この春めでたく2年へ進級した。グラン・ロマーナに入学をしている時点で私が貴族であるのは、もはや大前提の話だ。


 ヒューネベルグ公爵家令嬢。それが私の身分。ヒューネベルグ公爵といえば、国王陛下の信任も篤い大貴族で、他国との外交を任されている。そんな偉大なお父様の娘ではあるけれど、私は大層気楽な立場だ。何せ、5人いる兄弟姉妹の中で私は末っ子。跡継ぎのお兄様もいて、綺麗なお姉様も他家へ嫁いだ。よって、悠々自適な生活を私は送れている。


 ____それでもこの学園に入学させられたのは、もはや貴族としてのしきたりに則ってのことだ。


 末っ子ゆえに自由だった子供時代の私は、それはそれはお転婆な困った娘だったそうだ。多分、本質は今でも変わらない。淑女とは程遠い女なのだろう。それでも無理して、私は淑女の仮面を被っている。


 今隣を歩いているのはアイリス・フォイエル。フォイエル伯爵のご令嬢で、同い年かつ同学科。ついでに寮では私のルームメイトだ。おっとりしていてなんだかぽやぽやしている子だけれど、これで侍女育成科の中では成績主席だ。


 公爵令嬢である私と、伯爵令嬢のアイリスには、大きな身分の壁がある。しかしこの学園では誰もそんなことを気にしない。父親の身分だけで敬遠されたり媚を売られたりというのは、私には苦しいことである。だからこそ、分け隔てなく接してくれるアイリスが、私には大切だ。


 ____まあ、アイリスのことだから、何も考えてないだけかもしれないけれども。


「そんなことよりアイリス、今日のお昼はどうする?」

「ええと、今日はね……」


 時間はお昼休み。学園内には各分野での設備が充実しており、食事をする場所だけでも10か所近くある。小規模な街と言ってもいいくらいだ。


『美味しいものを食べるのが何よりの幸せ』と公言するアイリスは、本当に食には妥協しない。色々な場所を練り歩き、新たな『美味しいもの』を探すために日々食堂めぐりをする。私もそれに付き合わされているというわけで____最近、少し運動をしようかと考えているところだ。私より食べているアイリスがまったく太らず、付き合っているだけの私が太るなんて、そんなの理不尽だ。


 考えつつ、学園内の並木道を歩く。春の穏やかな日差しが、木々の間から降り注いでいる。ああ、これが実家なら、庭でお昼寝でもできたのに____と、こんなことを考えるあたり私はやっぱり淑女じゃないのかも。


 その時、突然悲鳴が聞こえた。アイリスがびくっとして、辺りを見回す。その仕草は、まるで迷子の仔犬のようだ。


「な、なに? なんの声?」

「……今のは、『黄色い悲鳴』ね」

「ええっ、シャノンって悲鳴の色が分かるの!?」

「比喩よ、比喩」


 ____本当に、これで学年主席なのだろうか?


 並木道を横手に逸れ、木々の隙間から声のした方向を見やる。そこにあった光景を見て、私は納得すると同時に呆れた。


「ああ……騎士科が演習しているのね」


 騎士とは、男にとっての憧れそのものだ。どんな少年でも一度は騎士を夢見る。そして女は、そんな男たちを見てやれ「格好いい」だの、やれ「素敵」だのと騒ぐ。


 暇な女たち。そんな風に時間を潰すくらいなら、私は一刻も早くこの箱庭の学園から出るために、侍女としてのマナーやルールを学ぶのに。


「とか言っちゃって、実はシャノンも見惚れちゃったりするんでしょう?」

「え!?」


 ____時々、この子は読心術でも習得しているのではないかと思うことがある。


 前方やや丘を下った先にある騎士の演習場には、数名の騎士見習いがいる。その有様は、誰がどう見てもおかしい。ひとりの青年を、残りの生徒数名が囲んでいるのだ。多勢に無勢、公平じゃない。


 中央に立っているのは、背の高い青年。こちらに背を向けているから、顔は分からない。それでも、大人数に囲まれていながら剣を持つ手はだらりと下げ、構えようともしない。私もお兄様たちの剣の稽古を見たことがあるから分かる。彼は全く戦闘態勢に入っていないのだ。


 ちょっと。どうして構えようとしないのよ? 相手は戦う気満々なのに。


 他人事であるはずなのに、どうしてか私はその勝負の行方が気になってしまった。アイリスも不思議そうに、私と、私の見つめる先の光景を見比べている気配が感じらる。


 風が吹いた。並木道沿いに植えられていた花々が風と共に舞い上がり、束の間の花吹雪となった。それが終わって視界が晴れたとき、そこにあった光景を見て私は絶句した。


 先程まで多勢に無勢、公平じゃないなどと言っていたのに。


 やはり青年は剣を提げ、佇んでいるだけ。


 決定的に違うのは、彼を取り囲んでいた生徒たちがみな倒されていること。


 私が花吹雪に翻弄されている間に、彼は勝ってしまったのだ。静かに、そして美しく。


 ____それは言いようのない思いだった。その瞬間を見逃してしまった悔しさよりも、凄まじい神業が行われたという漠然とした思いが勝り、心が震えた。


「……アイリス。あの人、誰?」

「ええ?」


 知らず、私はアイリスに聞いていた。人付き合いが苦手な私が、他の学科の生徒の名など知っているはずがない。アイリスは少し背伸びをして青年を確認すると、にっこりと笑った。


「ギルバートさんだよ。騎士科の3年生で、平民の特待生。有名だから、名前くらいシャノンも知ってるんじゃなぁい?」

「ああ……そういえば、そんな人がいたっけ」


 貴族のみが入学できるこの学園にも、稀に平民が入学できる。それは特待生として、優れた才能があるという絶対条件のもとでのことだ。彼の場合は、その並外れた剣技。噂では魔術の使い手でもあるとか。1年先輩であるから、ギルバートという名のあの生徒は、17歳か。


 ____この学校に、あんな人がいたなんてね。


 私はしばらく、その場を動けなかった。思えばこれは____一目惚れ、だったのかもしれない。


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