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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第二章・変わりゆく学園生活
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5・薄影

 ついに騎士科の学園対抗戦が始まった。


 参加するのはこの国の学園3校、各10組20名ずつ。開催地は各年ローテーションとなり、今年はこのグラン・ロマーナ学園が開催地だった。そのため、いまこの学園には外部の人間が大勢出入りしている。ちょっとしたお祭り騒ぎで賑やかになって楽しいと思う反面、色々と危険もある。


「アイリス、気を付けてね? 貴方可愛いしなんかぽやっとしてるから、学園の外に連れ出されかねないわよ」

「大丈夫だよシャノン、学園に来てる外の人たち、みんないい人たちだから。ほら、さっき飴もらったんだよ」

「それ思いっきり餌付けされてるじゃない! もう、はぐれないでねお願いだから」


 小言くさくなってしまった私の言葉に、アイリスはにこにこと笑いながら「はぁい」と返事をする。まったく、シャーニッドさんが絡んでいないときは天使そのものなんだからこの子は。



 いま私とアイリスは、学園のコロシアムに来ている。行事や儀式で使われる巨大なもので、ここが学園対抗戦の舞台となる。これからここで開会式が行われ、いざ試合が始まる。出場選手以外の生徒たちは、こうして観客席からその様子を見るだけだ。


 試合のプログラムは数日間に分かれている。一応ギルバートとシャーニッドさんの試合はすべて応援に行く、……つもりだ。内心では、試合の後に控えている侍女の試験に怯えているけれど、やっぱり応援はしたい。


「あ、みんな出てきたよ」


 アイリスの声で、私は視線をコロシアムの入口の方へ向ける。殺伐とした舞台上に、大勢の生徒が出てくる。各学園の校内選抜を突破した人たちだ。先頭には、グラン・ロマーナの校内戦トップ通過、ギルバートとシャーニッドが歩いている。


 コロシアムは円形で、その闘技場を囲うように同じく円状に観客席は作られている。私がアイリスと並んで2階席から騎士科生徒たちの入場を見物していると、ふとシャーニッドさんが上を見上げた。ばっちり私と目が合ってしまい、にっこりと笑ったシャーニッドさんは横にいるギルバートの肩を叩き何か話している。そしてシャーニッドさんは私たち――厳密に言えばアイリス――に、大きく両手を振って見せた。


 アイリスはにっこり笑い、私を振り返る。


「ねえ見てシャノン、行進の先頭にいるくせに手振ってる恥ずかしい人いるよ!」

「そ、そうね、恥ずかしいわね……」


 彼女は兄に対して赤の他人のふりをしたという。


 ギルバートもこちらを見上げてきた。試しに少し手を振ってみると、ギルバートも小さく手を挙げて応えてくれた。それが無性にうれしかったのは、秘密だ。


 と、そのギルバートの隣に、目立つ赤い頭髪を持った生徒がいた。他校の生徒だ。その生徒はギルバートを見て、そして視線を私の方に向けてくる。すぐ視線は外してしまったが、何やら言いたいことがありそうな目だった。


 ――どこかで、見たことあるような気がしたけれど、明確な記憶とはならなかった。



★☆



 開会式も終わり、騎士科選手たちはそれぞれ控室へと向かった。試合開始まではここからまだ時間があるし、ギルバートたちの初戦もだいぶあとだ。この空き時間に試験の練習でもしようと思ったのだが、コロシアム開場から出た瞬間、あの強烈な赤髪が目の前に現れた。


「よお! 久しぶりだな!」


 良い笑顔で挨拶をされたのだが――


「……どちら様?」

「さあ?」


 私もアイリスも首を傾げた。その男子はがっくりと肩を落とし、溜息をついている。


「どいつもこいつも……今日の俺こんなのばっかりだ……」

「そのインパクト大の髪、一度見たら忘れられないはずなんだけどなあ」

「よっぽど印象薄いんだね!」

「おい色々何言ってるんだよ!」


 アイリスのとどめの言葉にしばらく落胆していたらしい男子生徒だったけれど、どうやら説明に乗り出したらしい。


「俺はエリック! 何度か王城でのパーティーで顔を合わせただろ、ヒューネベルグ公爵家令嬢さん!」

「エリック……?」


 王城でのパーティーと言われ、しばし記憶を引っ掻き回す。そして、この赤い髪と見事に一致する姿が浮かび上がった。


「……ああ、今の騎士団長のご子息のエリックね」

「感動薄いな! もっとこう、『ああ、エリック! 久しぶり!』みたいな展開を期待してたぞ!?」

「勝手に期待されても……ねえ?」

「憐れむような目をやめてくれ!」


 私の父であるヒューネベルグ公爵は、この国と諸外国との外交を任されている『この国の窓口』で、王城での地位は高い。そのため、よくパーティーなどに招かれるのだ。そのパーティーの場で、騎士団長の息子であるエリックと出会ったのは、もう何年か前の話だ。


 私には兄や姉が大勢いるし、正直社交界にも興味がなく馴染もうともしていなかったので、尚更印象に残っていなかったのだ。


「それで、何か御用?」

「あれだ、ギルバートのことなんだけど」

「ギルバート? 知り合いだったの?」

「まあ、昔馴染みってとこかな。子どものころは、結構遊んだんだぜ?」


 ギルバートは貴族の生まれだ。だからエリックと知り合いでもなんらおかしくない。


「って、俺のことは良いんだよ。なあ、あんたとギルバートってどんな関係なんだ?」

「どんなって?」

「さっき手を振り合ってたじゃんか! 付き合ってる? 付き合ってるの!?」

「そっ、そんなんじゃないです! 第一、知り合ったのだってついこの間で」

「えー、つまんないな!」


 あからさまに落胆したようなエリックから、私は赤くなった顔を逸らした。付き合ってる、そんな風に見られているのだろうか――。


「それは置いておくにしてもさ。ギルバート、うまくやってる?」

「?」

「ほら、家督取り上げられて平民になってさ。身分的な話もあるけど、あいつ昔っからとっつきにくい奴でさ。うまいこと学校生活してんのかなーって、一応旧友は心配しているわけですよ」

「本人に聞かなかったの?」

「本人に聞いてもまともな答え返ってこないって。で、どう?」


 この人もいろいろ考えてるんだな。そんなことを考えつつ、私はいつも学園内で見かけるギルバートの姿を思い出す。


 大抵はひとりでいるか、シャーニッドさんといるか。時々女子生徒や同級生に囲まれていることもあるが、そういう人たちと会話しているのは見たことがない。貴族意識の高い人たちからのやっかみはあるようだけれど、それも大規模なものではない。それすべて、ギルバートがうまく立ち回っているためだろう。


「うまく、やっていると思うわよ。孤独そうに見えて、孤独な人じゃ……ないから」


 たどたどしく答えると、エリックは少年の快活さの抜けきらない顔で「そうか」と笑った。


「なら、安心安心。……あ、今度こそ俺行かないと。じゃあなシャノン、短い間だけどよろしく!」


 さっさとそう言い置いて、エリックはコロシアムの方へと駆け出して行った。唖然としてその後ろ姿を見送っていると、アイリスがにこにこと微笑んだ。


「騒々しい人だね!」

「……アイリス、騒々しいって褒め言葉じゃないわよ?」


 言い間違えなのかそうでないのか、なんとも判別しにくいところである。


 エリックの姿は人ごみに紛れてもう見えない。まあ確かに思わぬ再会ではあったし、ギルバートとの面識があったことにも驚いたけれど――。



「あっ!」

「え!?」


 アイリスが急に真横で大声をあげたので、思わず私は飛び上がった。


「な、なに?」

「私、エリックさんに自己紹介するの忘れちゃった!」



 そういえばそうだったけど、別にそこまで大事でもないんじゃないだろうかと、思うだけに留めておいた。


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