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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第二章・変わりゆく学園生活
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3・掲示

 試験勉強に講義、それらを繰り返しているとあっという間にその日は近づいてくる。


「あと1週間。あと1週間で試験なの? 信じられない……」


 今日も今日とて実技試験の練習を行っていた私とアイリスは、ひとまず休憩がてら外に出た。一応『お茶を注ぐ』という難関は突破した私だけれど、やっぱりアイリスの給仕には敵わない。自分の不器用さにほとほと呆れる体たらくだ。


「大丈夫だよっ、最初のころよりずっと良くなってるよ! ねっ、あと1週間頑張ろ?」

「あ、笑顔が眩しい……」


 きらきらと輝かんばかりのその笑顔に、ついつい私は目をすぼめてしまう。この可愛らしい微笑みと前向きな言葉。これに当てられてみんなほんわりしちゃうのよね。



 学園の正門のところにある大広場には、掲示板が置かれている。校内の催し物やお店の宣伝、業務の連絡など様々な知らせが掲示される場所で、一日一回のチェックは欠かせない。ということでそこを通りかかったのだけれど、信じられないくらいの生徒が掲示板の周りにたむろっているのを見て思わず足を止めてしまった。


「……何あれ?」

「あ、あれじゃない? 確か昨日、騎士科の学園対抗戦の出場選手を決める校内戦があったから、それの結果発表」

「あー……」


 そう言えばそうだったっけ。


 別に関心が薄いわけではない。私だって観戦に行きたかった。けれども丁度侍女育成科の講義も入っていたので、どうしても抜けられなかったのだ。


「……せめて結果だけでも」


 誰に宣言したか分からないけれど、私はそう呟いて人の渦の中に突入した。アイリスが慌てて、私の服の裾をきゅっと掴んでついてくる。――こういう動作が可愛いのよ、この子は!


 本戦である学園対抗戦に出るために突破しなければいけない、騎士科の校内選考。候補者同士で戦い、勝ち進んだ者がグラン・ロマーナの代表選手となれるのだ。騎士科は在籍人数も多いし、かなりの激戦になったはずだ。


 どうにか前の方へ進み、背伸びをして掲示板を見やる。枠の中にはふたり分の名前があり、おやと首を傾げる。


「この対抗戦って、一対一じゃなかったかしら。タッグ戦にルール変更したのかな……」


 まあそんなことはともかく。


 下の順位からつと視線を上げていく。校内戦10位からが書かれているから、10組20人が出場できるらしい。これは狭き門だ。


 3位。まだ名前はない。


 2位。これも違う。


 1位――



「……校内戦1位通過、ギルバートとシャーニッド……」



 ですよねえ。


「わあっ、ギルバートさんすごいね!」

「いや貴方のお兄さんもすごいでしょ?」

「ん? お兄様の名前なんてどこに書いてあるの?」

「ここ! 思いっきり『シャーニッド・フォイエル』って書いてあるでしょ!」

「全然見えなかったよぉ」


 無邪気な顔して邪気の塊か!


 掲示板の前からどいて人混みをなんとか抜け出したあと、アイリスは微笑む。


「でも、今年からルール変わったんだね。前まで一対一の個人戦だったよね」

「そうね。でも、ふたりのほうがやりやすいんじゃない?」

「決勝戦でギルバートさんとお兄様が当たって、惨敗したお兄様が落ち込んでいるところが目に浮かんじゃうもの。そんなことを回避できるからいいよね」

「や、そうじゃないでしょ……」


 ギルバートとシャーニッドさんが組むというのは、自然なようでいて実は不自然だったりする。だってギルバートは平民だ。面倒だけど、身分階級というのはどこまででもついて回る。おそらく今回それを跳ね除けたのは、シャーニッドさんの押しの強さなのだろうか。


 なんにせよ、あの息の合ったふたりなら大丈夫だろう。


「本戦の応援行くよね、アイリス? 試験の前だけどさ」

「うん、ギルバートさんの勇姿は是非見たいな」

「どこまででもお兄様は無視なのね、いっそ尊敬するわよ……」


 これでめげないシャーニッドさんもすごいけれど。実家ではいつもこんな調子だったって、なんとも疲れる毎日を送っていたのだろうな。



「その声はっ、愛しのアイリスではないか!」


 神出鬼没、または噂をすればなんとやら。


 こちらに向かって駆けてくるシャーニッドさんの姿を見つけたアイリスは、「えい」とこれまた可愛らしい掛け声とともに持っていた何かを投げつけた。難なく受け止めたシャーニッドさんだったが、その手にあったのは鋏であった。これに青褪めたのは言うまでもない。


「ちょっ、ちょっとアイリス! 危ないから鋏なんて投げないで!」

「え、シャノン知らないの? いま流行ってるよ、近寄ってくる的を目がけて鋏を投げつける遊び」

「それ流行ってるの貴方の頭の中だけだから! 的じゃなくて人間だし!」

「シャノンさん、気にしなくていいですよ。これもアイリスの可愛い愛情表現のひとつなのです。ほら、よく言うじゃないですか。いつもつっけんどんなのに時々見せてくれる甘えが最高に良いと!」


 シャーニッドさんが火に油を注ぎ、アイリスがスペアの鋏――なぜそんなに鋏を持っているのかは不明――を手に追いかけっこを始めた。それを遠目に見つつ、呆れたようにギルバートが歩み寄ってきた。


「……よう」

「こんにちは」

「お互い、苦労するな」

「本当に……」


 あの一件から、私たちは『会えば話をする』くらいの関係にはなっていた。親しい異性の友達、といったところであろうか。


「代表枠、おめでとう。さすがね」

「ああ、まあな……色々あって」


 ギルバートは疲れ果てたような顔をしている。察するに、ここに来るまでにたくさんの女子生徒の祝福を受けてきたようだ。彼にとっては、祝福というか拷問なのかもしれないけど。


「……そっちは。侍女の試験、あっただろう」

「ええ、いま練習中」

「何するんだっけ?」

「給仕の実技試験。これがなかなか難しくて……」


 苦く笑ってみせると、兄を追いかける足を止めたアイリスが声をあげた。


「あ!」

「な、なに? どうしたのアイリス?」

「シャノン、給仕の練習、ギルバートさんに付き合ってもらいなよ!」

「は!?」


 私が驚愕する中、シャーニッドさんも息ひとつ乱さぬ爽やかな笑顔で頷いた。


「それは名案ですね。この間の件でシャノンさんにはお世話になりましたし、どうですギルバート?」

「相手が私だけじゃ、まともな練習にならないもの。ねっ、そうしましょう!」


 どうしてこの兄妹、こういう時だけ息が合うのか!


 困ったようにちらりとギルバートを見ると、彼も複雑な表情で軽く肩をすくめて見せたのだった。



★☆



「ナイフとフォーク、位置が逆」

「ま、またやっちゃった……」


 結局こうなってしまった。


 練習用のテーブルについているギルバートを相手に、給仕の練習。で、見事なまでに私は失敗をやらかした。やはりギルバートは、元は貴族ということもあって礼儀には詳しい。


「初歩的なミスだな。緊張でもしてるのか?」

「……この状況では、貴方が緊張してないほうが驚きなんだけど」


 何せ周りは練習中の女生徒でいっぱいだ。そんな部屋に堂々と入れるギルバートの精神には参った。――緊張するなとか、無理な話だ。だって、ギルバート相手に給仕の練習なんて……。


「ギルバートこそ、良かったの? 剣の練習とか、いろいろあるでしょ……」

「今日の分の稽古は終えてあるからな」

「そ、そう……」


 もう一度食器を取り下げ、最初からやり直し。


 食器を配膳していく私の手つきを、ギルバートは無言で眺めている。……試験官より緊張すること、まだ試験を受けていないけれど私には確信できる。


 その時、不意にギルバートが口を開いた。


「シャノン」

「は、はい?」

「今日これからの天気って分かるか?」

「天気……?」


 素っ頓狂な質問をされ、私の思考が停止する。ギルバートは脇に立つ私に視線を送った。


「型どおりにやればいいってわけでもないだろ。試験はそれでいいのかもしれないけど、侍女に求められるのは迅速さと機転だ。……それに、教官ってのは抜き打ちが好きだからな」


 私のために、あえて捻ってくれたのか。


 動きを止めていた私は姿勢を直し、微笑んだ。


「このあとも天気は快晴のままです。お出かけには丁度いいと思われます」


 ギルバートもその返答に少し笑い、頷いてくれた。



 すべてやり終えて、ギルバートは椅子から立ち上がる。


「良くなったんじゃないか。ただ、ちょっとぎこちないから少し肩の力を抜けばもっといい」

「有難う……練習、付き合ってくれて」

「気にしなくていい。……時間あったら、また一緒に練習するから。遠慮せずに言えよ」




 その言葉に、不覚にもドキッとしてしまった私は――案外単純なのかもしれない。


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