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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第一章・翡翠色の眼/瑠璃色の瞳
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12・後日談

 結局私は、気付いたらギルバートにいわゆる「お姫様抱っこ」されながら眠っていたという妙な状況に陥ってしまった。「なんだ起きたのか」と投げかけられる声を聞きながら、私の頭はパニックになった。


 ベンチに座って眠ったふりをする。至極簡単なことで、私は言われた通り顔を俯けて眠ったふりをしていたはずだ。だがなぜか本当に眠くなってしまって、そのまま記憶は途切れている。――まさか本当に眠ってしまえるほど自分の神経が図太かったなんて、信じられない信じたくない。


 だから慌ててギルバートに地面に下ろしてもらって、何度も何度も「ごめんなさい」を言った。私のせいで作戦が失敗したと疑わなかった。


 けれどギルバートはそんな私を見ておかしそうに笑うと、「もう事件は解決した」と一言。


 めまぐるしく働いていた私の思考は、ぴたりと停止したのだった。






 ……翌朝、唐突に植物学の教授であるシルド教授の退職が発表された。


 私はアイリスによって強制的に休暇届を提出することとなった。昨日あんな目に遭ったんだから、今日はゆっくり休んでねと言い置いて、アイリスは講義に出かけてしまう。そのため、私は暇を持て余すこととなったのだ。


「別に疲れてないし、というか私は寝てただけだしね……」


 ひとり呟き、私は溜息をつく。


 私が眠ってしまったのは、シルド教授が使った眠り薬のせいだったということは、昨日ギルバートから聞いた。自分の神経云々の話じゃなかったと安堵したところもあるが、それ以上に恐怖が勝る。ということはつまり、シルド教授は私を確実に殺すためにその薬を持ち歩いていたということで――。


 ぞっとする考えは、頭を振って追い払った。もう心配することは何もない、切り裂き魔はシルド教授で、教授はギルバートとシャーニッドさんが捕まえたのだ。命を狙われることも、夜中出歩く危険もなくなった。



 気分転換にと、外に出た。寮生活で休暇届を出すなど病気の時くらいしかないので、大体の人は部屋に籠っているはずだ。こんな時間に外をふらふら歩いている生徒なんて皆無で、ぱっとみたらまるで私、講義をさぼっているみたい。後ろめたいことのはずなのだけれど、なんだか気分は晴々としていた。


 中庭を抜けて、並木道を通過して。誰もいない静かな朝の学園を、私は気の向くままに歩いていく。


 暑くもなく、寒くもなくていい天気。これぞ春。風が気持ちいいな――。



「……どこ行くつもりだ?」

「え?」


 急に声をかけられて私はぴたりと足を止めた。振り返ると、そこに思いきり私服姿のギルバートが、呆れたように腕を組んで佇んでいる。それを見て、私は急激に頬が熱を帯びるのを感じた。


「あんなことがあった次の日にひとりで出歩いて、しかも男子寮に向かおうとするなんて、やっぱりあんたは……不用心というか神経が太いというか……」

「ちょっ……えっ!?」


 目の前の建物群は男子寮であった。いつの間にかこんなところまで来てしまったらしい。


「あ、貴方だって、そんな格好でどうしてここに? 今日、騎士科も講義でしょ」


 苦し紛れに尋ねると、ギルバートはこちらに歩いてくる。


「昨日の事件の後始末があるし、シャーニッドに無理矢理休まされた」

「そ、そう……やっぱり兄妹なのね」

「……ここでお前に会えたのは都合が良かった。ざっくりとだが、シルド教授のことを話しておく」


 ギルバートの言葉に、私は頷いた。傍にあった休憩用にベンチに並んで腰かけると、早速ギルバートが口を開く。



 シルド教授には、学園の外に妻と娘がいる。その娘は重い病気にかかっており、いくら国内一のエリート学園グラン・ロマーナに勤めているシルド教授でも、その薬代は馬鹿にならないほど高価なものだったらしい。そのために『副業』と称して始めたのが、今回の事件だ。学園の者を殺し、その臓器を密売人に売り、報酬を得て薬を買う。手っ取り早く儲かる方法だったのだ。植物学の教授ということで、武芸の腕はからきしだろうと思われていただけに、犯人の特定が遅れたのが被害拡大の理由だった。


 私は最初から狙われていた。シルド教授の取引先の相手が、私の臓器を指定していたから。臓器もただ移植すればいいという訳でもなく、色々と条件がある。先方が提示した条件にぴったりと当てはまったのが、私だったということだ。


「朝からする話題じゃなかったな。すまない」


 話し終えてからギルバートはそう謝った。確かに聞いていて気持ちのいい話ではなかったけど、変なところが律儀なんだから。


「大丈夫……ねえ、シルド教授はどうなるの?」

「国の法に従って裁かれる。重罰は免れられないだろうな」

「じゃあ、教授のご息女は……?」


 私の問いにギルバートはしばし沈黙し、やがて首を振った。


「俺にもお前にも、今後教授やその家族がどうなるか、見届けることはできるが干渉はできない。してやれることはないよ」

「そう、よね……ごめんなさい」


 こんなことを気にするなんて甘いのだろう。それでも、シルド教授が罪を犯すことによって命を繋いでいた、教授の娘さんはどうなるのだろう? そう言うことを考えると、どうしても心が痛む。


「……自分が殺されかけたことを棚に上げて、加害者の家族を心配する、か。お前ひょっとして、『娘のために心臓をくれ』と土下座でもされたらほいほいくれてやるくらいお人好しなんじゃないか?」


「そっ、そんなわけないじゃない!」

「そうか、それは安心した」


 冗談なのかそうじゃないのか判別しにくいことを真顔で聞くから、さらに分かりにくい。もしかしたら本気で心配していたのかもしれない。さすがの私だって、死んでくれと頼まれてすぐ死ねるような性格はしていない。というか、お人好し以上に変人ではないか?


「なんにせよ、今回のことはお前の協力に感謝する。ひやひやした場面もあったが、お前がいなければここまで短期間での捕縛はできなかっただろう」


「それは、こちらこそ。大したこと出来なかったけど、お役に立てたなら光栄です」


 ギルバートが立ち上がったので、私もつられて立ち上がる。


 何も出来なかった、と言葉にしてみると、いよいよ何もしてなかったなあという罪悪感が生まれてくる。あれだけ張り切って囮になると申し出たのに、したことといえば、寝ただけ。ギルバートとシャーニッドさんの仕事をやりにくくしてしまっただけではないだろうか。


 何か、お礼したい。



「……あの」


 呼びかけると、ギルバートは振り返る。


「なんだ?」

「甘いもの、好き? 甘いお菓子」

「まあ、嫌いじゃないが……?」

「じゃ、次のお休みに、美味しいお菓子食べに行かない? いいお店を知ってるの」


 ギルバートは瞬きした。身体ごと私に向きなおって、重々しく一言。


「……なんで?」

「なんでって、その、お礼」

「今回の件は『協力』だ。貸しも借りもないだろう」

「その前。貴方がいなかったら、私は間違いなく死んでいたでしょ」


 初めてシルド教授と出くわしたとき。ギルバートが駆けつけてくれて、私はなんとか助かったのだ。その時の恩を、私はまだ返していない。


 ギルバートは困ったように頭を掻き、ちらりと私を見やる。


「……シャーニッドを連れて行って良いなら」

「勿論、シャーニッドさんにだってお礼したいし、私もアイリス連れて行くから」



 要するに____。


 ふたりきりになる勇気は、私にもギルバートにもなかったということだ。


これにて第一章終了とさせていただきます。次から第二章です。

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