11・結末
『罠まで後、五メートル』
シャーニッドの声から緊張しているのが伝わる、実行するは俺なのに、俺より緊張してどうする、と思いながら、構える。
犯人と思われる人間は、眠っているシャノンのもとへ近づいている。だが彼女の周りにはあの拘束魔法陣が展開されている。シャーニッドは、犯人の足がその魔法陣内に入るまでの距離をカウントしてくれている。
『四メートル』
俺が取れる行動は二つある。
一つは切り裂き魔が魔法で拘束されている間にシャノンを安全な場所に逃がすという方法。
勿論、切り裂き魔は逃がしてしまう可能性が高いし、次は相手も同じ手で引っかかってはくれないだろう。
『三メートル』
もう一つはシャノンを放置して切り裂き魔を戦闘不能にすること。
しかし、もし拘束中に戦闘不能に出来なければ、シャノンを護りながら戦うことになり、勝率はかなり下がる、そして、シャノンがとても危険な立場になってしまう。
『二メートル』
シャノンの命が第一である。たとえ切り裂き魔を捕まえられなくても、シャノンが傷つかない方が大事だ。
『一メートル』
だから、だからこそ俺は切り裂き魔を戦闘不能にすることを選ぶ。
シャノンを背負って逃げても……追いつかれる可能性が高い。ならば、まだそちらの方がましなのである。
『0!』
そうシャーニッドがいった瞬間、俺は今身を潜めている木から隣の木に飛び移った。
魔法陣が発動する。犯人は次の一歩を踏み出そうとしたその姿勢のまま、指先ひとつ動かすことができなくなっている。拘束できている10秒の間に、奴に近づく必要があった。
____9
さらに隣の木へ
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そして、講堂の屋根に飛び移り
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全力で疾風の如く駆け抜ける
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そして
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脱兎の如く跳び
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切り裂き魔の前に着地し
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全力で右足で切り裂き魔が持っていたナイフを上の方に蹴り
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そのまま態勢を立て直し
____1
拳を溝に向けて打ち放つ!
____0
…………しかし、その攻撃は手で防がれた。
切り裂き魔を縛っていた拘束魔法が溶けて、光が霧散していく。
「いやぁ〜、危なかった、危なかった」
切り裂き魔が場にそぐわない声を出す。
「あんた……教師か?」
「おお、正解正解! いやぁ、流石だねぇ、ギルバート君、いやはや、あのフェルニー先生が気に入るのもわかるよ、さっきの魔法もフェルニー先生の作品だね?」
「…………」
「おやおや、だんまりかい? つれないねぇ、まぁ、いいけどさ」
そういいながら切り裂き魔はクククッ、と笑を堪えたような音を出し、フードを脱いだ。
「…………やっぱりあんたか、シルド先生」
「おやおや、君は私の受け持つ『植物学』は受講してなかったと記憶しているが?」
……シャノンは起きる気配もない。
「……確かに俺はあんたのことは知らなかった、ついさっきまでは」
「ほぅ、それは」
「そう、あんたが切り裂き魔だということは検討が付いていた……と、言っても、断定は出来なかったけど」
シルドは不思議な顔をして俺に問う。
「ふむ、僕が疑われるような証拠を残したのかな?」
「あぁ…………
まず、共通点として必ず被害にあっている生徒はあんたの授業を受けていた」
「ふふふ、そうだね、でも」
「勿論、それだけじゃない。
あんたが昨日俺と戦った時に」
俺は制服のポケットから、袋に入った『トゲ』を取り出す。
「あんたの服に付着していた、このトゲを抜き取っておいた。
詳しく調べてみれば、こいつは中々珍しい花のトゲで、ここら辺では、一箇所でしか栽培されてなかった。
あんたの研究室でしかね」
「なるほどなるほど、クククッ、アハハハハッ……君の判断力と洞察力、なにより短期間でこの計画を立てるという技量、感服だよ、君には」
「……それなら、大人しく捕まって貰おうか」
「フフフ、ところで、ギルバート君
『いくら時間稼ぎをしても彼女は起きないよ』」
「な!」
シルドがなにか手から地面に投げつけた瞬間、眩しい閃光が走る。
そして____
「クッ」
「ハハハ、ゴメンゴメン、捕まるわけにはいかないんだよ、こっちだって事情があるんだしね」
あろうことか、シルドは眠っているシャノンの首にナイフを突きつけていた。
「彼女を離せ! どうせあんたはもう終わりだ!」
「おやおやおや、本当にそう思うかい?
君のような平民の言葉と、貴族の言葉、どっちが信じてもらえるかな?
それに、このお嬢さんだって私の顔をみたかもしれないけど
死人は口無しだよね」
アハハハハッ、とシルドは壊れたように笑う。狂気で歪んだような表情で____
「いや、あんたの終わりだよ」
「あ?」
その刹那、
『シルドの右腕の肘から下が切断された』
「ぎゃぁぁ!!!」
苦痛でシルドは呻き、シャノンを手放した。
俺は、真っ直ぐシルドに向かって、剣の柄をシルドの溝へ打ち込む、シルドは「グッ」ど、息を吐き出し……倒れた。
そして、俺の左腕には、幸せそうに眠るお姫様。
「…………やれやれ」
「それは僕のセリフだよ」
シルドの腕を後ろからバッサリ斬った本人…………シャーニッドは若干青い顔で近づいてきた。
「起きるには時間が足りなかったけど、援軍が来る時間稼ぎにはなったな」
「……はぁ、まったく、無茶ばかりする。
……僕が間に合っていたからいいものを……僕が遅れて来たらどうするつもりだったんだい?」
「シャーニッドなら来てくれると分かっていた。
と、言いたいけど、俺にはこれがあったからな」
そういいながら俺はトゲが入っていたポケットとから一輪の花を取り出した。
「…………それは、シルドが服に付けていたトゲの花かい?」
「あぁ、こいつな、面白いことに燃やすとガスが出てくるんだ。
そのガスを吸うと、身体が麻痺して二日間は動けないそうだ」
シャーニッドは驚いたように目を見開らいた。
「ギルバート! 相討ち狙いですか!?」
「いや、シャーニッドがその後はどうにかしてくれるだろう?」
「……あなたという人は」
「愚痴は後で聞く、それより、取り敢えず、この眠り姫を寮に送って行くことが先決だ。シャーニッドはそこに転がっているシルドを頼む」
そう言って女子寮に向かおうとした瞬間、シャノンが大きなクシャミをした。