第一章・プロローグ
このような小説を書かせていただくのは初めての機会ですが、頑張ります。
※この小説は天狐 紅と狼花の合作です。ギルバートパートが紅、シャノンパートが狼花が務めさせていただきます。
「ギル様!」
退屈なパーティーを抜け出そうとした時、突然そう呼ばれて驚いた。まさか、面倒なメード長か? と思い振り返ると、小さい頃から身の回りの世話をしてくれている専属メードのサーシャが、息を切らせながら早歩きで向かってきているところだった。
サーシャはギルバートより6つだけ年上の女性だ。元々は商人の家の出で、その商人だった父親が亡くなった際にメード見習いとして、ロスター家が引き取ったと聞いている。
サーシャはロスター家では珍しく、専属のメード以外の役職がないハウスメイドだ。基本的にメード達はキッチンメードやパーラーメードのような役割があるが、その全てをこなすことができ、その分自由に動けるので、まだまだ幼いギルバートのお目付役をしているのだ。
誰にも見つからないつもりで出てきたのだけれど、まあ、サーシャならいいや。と思い、声をかける。
「なんだ、ついてきたのか」
「当たり前ですよ! さあ、会場に戻りましょう。今日のパーティーの主役は、あなたなのですから」
今日のパーティーはギルバートの8歳の誕生日を祝うものだ。今までは身内だけでやっていたのだが、あまりに息子が社交的でない性格だったため、そのことに憂いだギルバートの父が、慣れさせるという意味を込めて仲の良い貴族達を招いてパーティーを盛大にしたのだ。
サーシャは手を差し伸べる。ギルバートはそれを一瞥して、反対側を向く。その表情は子供らしからぬ難しい顔であった。
「だから嫌なんだ。いつもならあの貴族達の相手は父上が全てやっていたけれど、今日はどうやっても俺が対応しないといけない。そんなの冗談じゃないよ」
「俺だなんて、汚い言葉を使わないでくださいな。それでも、次期当主としての役目は努めなければなりません」
「でもまだ俺は社交界入り前だし」
ゴニョゴニョと言い訳を始めるギルバートをみて、サーシャは同じ目線の高さになるようにしゃがみ、真剣な顔でこう言った。
「ギル様。いいですか、社交界入りしてしまったら、あなたはこのロスター家の代表として見られます。そこはもう社交界という戦場になります。『笑顔の裏には隙を作らず』そういったことが大切となるのです」
「でも! うちは騎士の家系だ。武功を挙げれば社交界なんか……」
「100年も前なら、隣国との戦争最中なら、その通りでしょう。しかし、停戦して長くは戦争らしい戦争はなく、武功を挙げるどころか、騎士という称号もお飾りになりつつあります」
確かに、英雄と呼ばれたロスター家は過去の栄光も虚しくただの一貴族となっていた。もちろん、そのことをギルバートは理解しているので、何も言えずに俯く。
しかし、やはり残酷なことだ。こんな小さな子供に貴族としての責任。家を継ぐものとしての義務を背負わせるのは。
だからと言って、甘えさせるわけにはいかない。それでは、ギルバートのためにはならない。サーシャはそう思いながら言葉を続ける。
「ですが、今はまだ社交界に入る前ということなので許されることが多いでしょう。今のうちだけなのです」
「……」
「当主様もギル様のことを思って、このようなパーティーを開いたのですよ。さあ、行きましょう。私も微力ながらお手伝い致します」
「……はぁ。わかったよ」
これもまた年に似合わずガックリと肩を落として。しかし、差し出された手はしっかりと握り会場に向かった。
「お料理はもう食べましたか? 今回は東洋の方の食材が手に入ったとコック長が嬉しそうに言ってましたよ」
「ああ、わかった」
「今回の料理にギル様が苦手な野菜は入ってないようですよ。良かったですね」
「なっ……俺は苦手な食べ物なんて、何もない!」
羞恥で顔を赤くしながら叫び、サーシャはそれを見て少し微笑む。
「そうでしたか。では、コックにはそのように伝えておきましょう」
「ひ、卑怯だぞ。サーシャ!」
「卑怯もなにも。全てはギル様のことを思っての……」
前を歩いていたサーシャが突然黙り込み、立ち止まる。ギルバートはそれを不審に思い声をかけるが、サーシャの顔にはうっすらと汗が浮かび、足は震えていた。
「…………突然立ち止まって、どうした?」
「失礼します」
「なっ」
突然サーシャはギルバートに振り返り、足と腰に手を当て持ち上げる。所謂、お姫様抱っこの状態だ。そのまま、走って来た道を引き返す。
「え、ちょ、サーシャ! 一体どう」
「すいませんギルバート様。しかし、少し静かに」
険しい表情に、長く一緒にいるギルバートでも聞いたことがない氷のような声音。明らかに会場で何かあったのだと、そう幼いながらも感じていた。
長い長い廊下を駆け抜け、突き当りの部屋の中に入る。
そこはギルバートの父の、当主の寝室だ。メードはもちろん、ギルバートですら許可なしでは入れる場所ではない。
サーシャは少し部屋を見渡した後、ベッドにギルバートを下ろし、近くにある黒い本棚の本を並べ替え始めた。
「サーシャ! なんでここに、それに会場になにが」
「できました」
カチリと音がして本棚が横にスライドする。そこには平坦な白い壁……ではなく、ポッカリと穴が空いていた。穴はかなり奥に続いている模様。
黒い本棚は隠し扉になっていたのだ。どうしてサーシャがそのことを知っていたのかギルバートは不思議に思った。
「ギル様、説明している暇はありません。ここを通れば裏の庭の出口付近に着きます。ある程度時間が経った後、そこから逃げてください」
「に、逃げる? どういうことだよ」
「わかりません。ですが、どうやらロスター家は、襲撃されている模様です」
「襲撃⁉︎ そんな、誰から」
「……手練れです。暗殺を生業としている集団かもしれません。各貴族の護衛の方々も、出席されていた貴族達もみな殺されていました」
殺される。普段は聞くことのない、物騒な言葉がギルバートの背筋を凍らせた。
「ち、父と母は!」
サーシャはゆっくりと首を振り
「安否の確認はできませんでした」
突然の事態。直接見たことわけではないが、身近に感じた死という恐怖。両親の安否がわからない。自分がどうなるかもわからない。
ギルバートの精神は放心寸前まで追い込まれていた。
サーシャはそれをみて唇を噛み締め
「ギル様。さあ早く。もしかしたら当主様も生きていらっしゃるかもしれません。そうでないかもしれません。それでも、あなたは生きなければいけません。ここで死んではいけないのです」
「サーシャは、サーシャはどうする?」
「……私は、少しやることがありますゆえ」
サーシャはギルバートを穴に入れ、ロスター家の印が刻まれている短刀と、ランプを手渡す。
「穴の中には食料や寝泊まりできる場所もあります。1日程度時間を置いてから外に出てください。その後は領民に匿ってもらうといいでしょう。後で私が迎えにいます」
「ま、まって。やることってなんだよ!」
ギルバートは泣きそうになりながら、サーシャの服の袖を掴む。とても一人でいることに耐えられそうに無かったのだ。
「私は当主様の安否を確認しなければなりません。メードですから」
そう言って、本棚を元の位置に戻した。ギルバートはサーシャがまるで死にに行くように感じ、必死で中から開けようとしたが、まだまだ小さい子供の力では到底開けられるはずもなく
「……頼むから、一人にしないでくれよ」
一人泣き崩れるしか無かった。 それは理不尽な現実にたいしての怒りと、不安や恐怖からのものであった。
しばらく泣いた後、目を真っ赤にしながらも、サーシャに言われた通り穴を歩き始めた。
穴はレンガでしっかりと整備されていて歩きやすい。一本道なので迷うことなく、中間の恐らくは寝泊まりできる広い空間に出た。
そこには木のテーブルと椅子が二つ。ベッドは大きいのが一つ。木箱の中には数日分の食料が入っていた。
木箱の中の食料に傷んでいるものはなく、果物や野菜は新鮮なものだ。
しっかりと手入れされている。誰かが定期的に来ていたようだ。
「サーシャかな。だから、この抜け道を知っていたのかも」
ギルバートがそう思ったのは半分は当たっていた。この場所は各専属メード達が交代で手入れをしていて、緊急事態の際に使うことになっていた場所なのだ。
メードの中に他の家のスパイがいるかもしれないということで、信用の置ける専属メードしかその場所を知らず、また、入ることのできない当主の寝室を抜け道としていた。
さて、泣き疲れたギルバートはそのままベッドに倒れるように入った。喉もカラカラに渇いていたし、お腹と背中がくっつくという表現の通り、お腹も空いていたが、とても食べれる気力は無かった。
かといって、この状況で眠ることもできない。どうにか休もうとして目をつむっても、最後に見たサーシャの顔がまぶたの裏に焼き付いて離れない。
「どうか。どうか、これが長い夢でありますように」
ギルバートはただそれだけを祈りながら、時間を経つのを待った。
2016年3月8日・プロローグの内容を変更いたしました