プロローグ
俺が「持ち越し」という特技を覚えたのは、いつごろだっただろう。
大流行していたゲーム、Crisis Onlineの中で、高値で取引される武器が欲しいがために、
俺はなんどもクエストを受け、ランダムで手に入るそれを目当てに何度も何度も、挑戦する必要があった。
そのクエストは、各エリアでミッションをしてチケットを集め、クリアするといったシステムだ。
ミッションは、モンスターを狩るだけの簡単なものだったが、毎度毎度モンスターの群れを探すのに時間がかかった。
一度群れを見つけてしまったら、そこからは無限にモンスターが湧いてきて、チケット集めは容易なものだ。
一度に集めてしまえたらいいのだが、クエストクリアの最後には、クエストの報酬と引換にクエスト内で用いたチケット等はすべてNPCに回収されてしまう。
そこでどこかの天才が思いついたのが、「持ち越し」だ。
天才というのは、少し盛りすぎた表現だと思うが、当時の俺はまだ中学生にも及ばないガキで、これを知ったとき本当にすごいと思った。
それは、NPCに報酬をもらい、チケットを回収される間のほんの少しの時間でパソコンの回線を切り、クエストアイテムを持ったまま、もちろん報酬もいただいてクエストをクリアする、というものだった。
それをすれば次にクエストを受けたときには、モンスターの群れを探す手間もなく手元にあるチケットで進むことができる。
そうして俺は、中学校になったときには持ち越しのプロとなっていた。
持ち越しのプロなんてCrisis Onlineの中には数え切れないほどいたが、偶然なのか俺の周りにはそんな人がいなかった。
だから俺は、このことをとても誇っていたと思う。
しかし、俺が高校になった今、Crisis Onlineには持ち越しのプロはもってのほか、見事なまでにプレイヤーがいない。
ほかのゲームがいくつも誕生したことも理由の一つだし、何よりも最大の理由は、運営が金欲しさのために課金で手に入るチート装備を生産しすぎたことだった。
そうして栄えたCrisis Onlineの面影は何一つなくなり、プレイヤーたちもほかのゲームへと散らばっていった。
本題に戻そう。
そういった理由でCrisis Onlineとはもうすでに関係のなくなった俺は、今現在、それによく似たゲームの世界にいる。
うそだと思うだろう。
信じられないかもしれないので、もう一度言おう。
俺は今、ゲーム世界にいる。
わかりにくいので補足をつけたすと。
なんと、この世界には、ログアウトというボタンが見つからない。
そして、ゲームというにはありえないほど、身体がここにある感覚があり、視野も画面関係なくひろがっている。しかしここがゲームの世界だということは確実で、それは俺につきまとってくるHP,MPという字が証明していた。
この状況にいたるまでを説明するとこうだ。
俺は少し前まで、病院のベッドの上にいた。心臓が弱かった俺は、この時期になると発作を起こして、毎度のことながら病院に運び込まれるのだ。
入院するのもいつものことだったから、退屈に思った俺はこっそりと病院のおきてを知らない妹に頼んで、パソコンを持ってきてもらうことに成功した。
そして起き上がれない身体のために、頭にセットして使う『脳命令発信装置』という脳の命令でパソコンを操作できる機械を装着させてもらった。
その時だった。
地震が起きた。
テーブルに適当に置いたパソコンは見事に脳命令発信装置に体当たりし、その衝撃で俺はベットの上から転がり落ちた。そして、そこには頭痛と共に床が待っていた……
はずだったのだが、俺は再び発作を起こし、それから……
どうなったのかはわからない。
ただ俺は気づいたら、この世界につっ立っていた。
はぁ、まさかとは思うが、俺は死んだのだろうか。
それすらもよくわからない。
もししんでいたとすれば、地震の振動で、パソコンにあったゲーム起動のアイコンがおされ、
パソコンとぶつかった衝撃で、脳命令発信装置が暴走し、同時に意識がゲームに持ち越しされた、なんてところだろうか。
しかし、そんなことありえるのか?
とにかく、ここはゲームの世界であるらしいから、元の世界に戻るまでに少し遊んでしまおうか。
そう俺は思った。
気まぐれな冒険が始まろうとしていた。