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第八話:魔法

 三頭の馬が山道を駆け下っていく。脇には潅木(かんぼく)が茂り、ゴツゴツとした白い岩が顔を覗かせていた。下り坂が終わると、(まば)らに背の低い草の生えた、岩が点在する広大な荒地を縫って道が続いている。賊を成敗して峠を()ってからどれくらい()っただろうか、陽は真上に輝いていた。エルネスティーヌの駆る馬を先頭にここまで走ってきたが、まだ、見渡す限りの荒地が続いている。


「この辺りで休憩しましょうか」


 エルネスティーヌの合図で馬をとめた一行は、陽光を避けるべく岩陰で昼食をとった。昼食といっても、それは干し肉と水だけの簡素なものである。朝、峠で(しょく)したような調理されたものは既に無く、これからは、街や村などの食堂などで食す以外はこういった食事になる。干し肉などの食料はエルネスティーヌが管理しており、旅の仲間たちへと分配されたのだった。


「貴重な食料ですから味わって食べてくださいな」


 ソルは渡された一切れの干し肉を頬張ると、水と一緒にガツガツと噛み砕き、一息で飲み込んでしまう。本来は食べることを必要としないソルなのだが、美味しいという味覚を知ってからは、食事に人一倍関心を示すようになった。飲み込んで無くなってしまった一切れの干し肉では当然のごとく満足できず、物欲しそうにエルネスティーヌを見つめている。


「私の分をお食べください」


 そんなソルを見かねたルシールが、自分の干し肉をソルに渡そうとしたが。


「シー、甘やかしてはいけませんの。ソルは何事においても我慢することを覚えるべきなの。分かりましたわね」


 エルネスティーヌの諫言(かんげん)に、ルシールはおろおろと彼女を見、ソルはソルでしょんぼりと肩を落とした。


「しょうがないですわね。これが最後ですわよ」


 見かねたエルネスティーヌに、干し肉を一切れ与えられたソルは、(あふ)れんばかりの笑みを浮かべていた。


「話は変わりますが、ソルに関しては、今後のことも考えると、いざというときに神力を行使してしまわないように、魔法を覚えておく必要がありますわね」


 今度は一息に飲み込むまいと、もぐもぐと干し肉を咀嚼(そしゃく)し続けているソルは、魔法という言葉を聞いて大した興味は持てなかったが、必要があるならと従うことにした。


「必要ならば従おう、だがどうやって覚える?」

「もともと魔力の獲得は、イースティリア世界を(つかさど)る神々の祝福によるもの、ソルの場合はその神々よりも上位の存在ですから、ご自分で獲得してくださいな。魔力については、わたくしのものを参考にするといいですわね。ほら」


 ほら、と出されたエルネスティーヌの手を取ると、ソルは彼女に神気を通わせた。エルネスティーヌの体の中をめぐる魔力を神気で感じ取り、それを自分の体の中に構築してゆく。しかし、この神気を通わせるという行為は、通わせられている相手にとって、えもいわれぬ快感をもたらすらしく、しだいに、エルネスティーヌの顔は上気し、体からは力が抜けていくのが見て取れた。ルシールはこの状況を、ものすごく羨ましそうに見ており、何もされていないにもかかわらず、顔を赤くしていた。


「なるほどな、理解したぞ」

「でっ、では、手を離してくださいませんこと、んっ!」


 やっとの思いで、そう言いきったエルネスティーヌは、振り払うように手を離すと、自分の胸を抱くようにして横を向いた。その顔は上気し、余韻に浸ることを良しとしないように息を整えているエルネスティーヌは、健気で可愛らしくみえる。


「まったく、あっ、あなたの神気は反則ですわね。危なく、我を忘れる所でしたわ。シーが(とりこ)になるのも分かる気がしますわね」

「そ、そうか? して欲しいならいつでもいいぞ」

「そういうことを言っているのではありませんの。まぁ、いいですわ。それより、理解したのなら試しに魔法を使っていただけますか」

「確かに魔力については理解したが、どうやって発動するのだ?」

「そうでしたわね。わたくしとしたことが、肝心なことを言い忘れていました――」


 エルネスティーヌの説明によると、魔法は言葉に魔力を乗せることによって発動する。一の句で属性を指定し、二の句で具体的にどうしたいか命じればよく、また、一度発動したことのある魔法を命名しておけば、二の句で魔法名を告げるだけで発動するそうだ。命名の方法は、二の句を告げた後に「何々と命名す」などと言えばいいらしい。


「ということなので、一度お手本を見せます」


 そう言うとエルネスティーヌは立ち上がって数m先にある小岩を指差して、こう言った。


「われ炎を欲す。業火をもって焼き尽くせ」


 エルネスティーヌの指の作に現れた炎の球体が、指差した小岩に飛翔してしばらく燃え盛った。


「と、まぁ、こういう感じですの。やってみて下さいまし。ただし、くれぐれもやり過ぎないように。あなたの場合、やりすぎてしまうと何が起こるか想像すらできませんから」

「文言は適当でいいんだな。それから、威力は極力小さくすることを心がけよう」


 そう言って、ソルはエルネスティーヌが的にした小岩向けて、自身初となる魔法を放った。


「火だ、火がいい。物凄く小さな火よ、あの岩を焦がしてみろ」


 とても魔法の詠唱とは言い難い、されどソルにとっては真面目に考えた詠唱の結果は。とても残念なものだった。言葉の通り小さな、それこそ蝋燭(ろうそく)のともし火程度の炎が、小岩の上で瞬いたかと思うと、一瞬で消え去った。しかし、魔法が発動したことは確かであったので、元々魔法などに頼るつもりも無いソルとしてはこれで満足していた。が、エルネスティーヌはそうではなかったようで、少し立腹気味というか、その顔は呆れていた。期待顔で見ていたルシールも、カーリも肩を落として明らかにがっかりしている。

 

「なんとまぁ、いい加減な詠唱ですこと。もっとこう、なんと言いますか、まともな詠唱はできませんの」

「あれでも真面目に考えたつもりなのだが……」


 いったい何が気に食わないのかと、ソルは少し考えて自分なりの結論を出し、再度詠唱を試みる。


「俺が命じるのは時空。虚空をもって切り離し、圧縮の末に消え去れ」


 詠唱と共に現れたのは漆黒の球体。その大きさは優に五〇mを超え、それはゆっくりと地上に向けて降下していった。球体は地上にぶつかるも何もおきずに半分ほど交わった所で、急激に縮小し、消滅した。後には直径五〇mの巨大な半球状の窪地が残されたのだった。

 ソルはエルネスティーヌと出あった時のことを思い出していた。彼女はソルが神力で作った漆黒の球体を見て時空魔法ではと興奮していた。だから、魔法でそれを再現してみたのだ。少しだけ規模を大きくして。


「よし、いい感じだ。これでどうだ?」


 ソルのことを知らない者が、今彼の放った魔法を見れば、顎を外す勢いで驚くことは間違いないであろう。しかし、エルネスティーヌも、ルシールやカーリも、もはやソルが何をやらかしても驚くことは無かった。


「先ほどとは威力が極端に違いますが、まぁいいでしょう。しかしですね、限度というものがありますの」


 騒ぎになるから元に戻せというエルネスティーヌの催促により、ソルは神力を使って消滅した台地を、以前の姿に戻した。

 それからは、お説教をところどころに挟みながら、主に威力や魔力の階位についてソルは説明されたのだった。魔力の階位は低い方の第一階位エイスに始まり、ディオ、トゥレイス、テッタレス、ペンテ、エクス、エプタ、オクトー、エンネアと第九階位まで呼称が存在する。ほとんどの人間は階位無しの生活魔法が使えるレベルで、一般人一人を殺傷できる戦闘魔法が使える第一階位エイス級以上を名乗れるのは、十人に一人程度しかおらず、階位が上がるに連れてその割合は減っていくそうである。貴族階級にある人は最低でも第四階位テッタレス級以上で、一万人に一人いるかいないかということであった。

 仲間内ではエルネスティーヌが第六階位のエクス級であり、ルシールが第三階位のトゥレイス級だそうで、階位もちは名前の中に階位を入れることを法律で許されており、ほとんどの人がそうしているとのことである。


 今回の旅では目立つことを極力避けるため、エルネスティーヌは故意に魔力を抑え、トゥレイス級を名乗るそうである。彼女が賊を処分する際に、魔力全開で事にあたった事をカーリが不思議がっていたが「あれはしかたがありませんでしたの」と苦しい弁明をしていたのであった。ルシールが魔力を全開にした時がトゥレイス級であるので、ソルはそれを神気で感じ取って魔力を調整するようにいわれていた。これを聞いたルシールは期待に満ち満ちた表情で、顔を赤らめ、早速今からやりましょうと言っていたが、出発が遅れるからとエルネスティーヌに止められ、今夜にでもゆっくりと楽しみ(・ ・ ・)なさいなと、ルシールが何を期待しているのか分かっているような、意味ありげな言葉で(いさ)めたのだった。

 エルネスティーヌの長い講義が終わり、そろそろ出発するかというときに、ソルは一つの疑問を提示した。


「ところで、どこに、何をしに行くつもりだ?」

「わたくしとしたことが、言っておりませんでしたわね。教えて差し上げますわ」


 エルネスティーヌは、仲間を呼び寄せると、杖で地面に簡単な地図を書き説明を始めるのだった。


「ここが王都エタニアで、今は峠を越えたこのあたり、あと一日ほど走るとモニコポス村に着きますわ。そこで一泊して、ここサハレム街に数日滞在し、都市シチートリアを目指しますの。シチートリアに、とある有力貴族がおりまして、黒い噂が絶えませんの。ですから、それを調べてみようかということですわ」


 日程の説明が終わり、一行は旅を再開した。どこまでも続く荒野の中を伸びる一本の道を、三頭の馬が駆け抜けていく。

 陽は傾き、砂塵まじりの風が頬をたたく。景色はまだ、見渡す限りの荒地が続き、木の一本も見えない。そんな荒地で今夜は一泊することになった。道から逸れて、大きな岩を目指す。その岩の下に乾燥した潅木を集めて火を起こし、鍋をかける。夕食はその鍋に干し肉と水を入れ、軽く煮込んだだけの簡単なものだった。

 星が瞬き、ひんやりとした夜風が頬をさす。そんな時間に、ルシールはソルの手を引き、大岩の裏へと歩いたのだった。


「ソル様、私の魔力を全てささげます。存分に調べつくし、お感じになって下さいませ――」

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