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第七話:鬱憤

 出発の準備を整えたソルたち一行は、まだ陽が昇らないうちに三頭の馬に跨り城を出た。

 エルネスティーヌとルシールはそれぞれ単独で馬に乗り、ソルの馬にはカーリも乗っている。闇夜が徐々に薄らいでいく中、ソルたちが駆る三頭の馬は、王城から貴族街、平民街へと駆け抜けて行った。朝日が昇る頃には、湖から流れ出る川沿いの道を、刈取りが終わった麦畑を左に見ながら疾走し、山間(やまあい)へ向かう道に方向を変えると、林道を抜け、坂道を駆け上がって、エルネスティーヌとソルが出逢った峠の頂で馬を止めたのだった。


「この辺りで一旦馬を休ませて、朝食を頂きましょう」


 エルネスティーヌはそう言って馬を下りると手綱(たづな)を離した。ソルとルシールもそれに(なら)う。放たれた馬たちは近くの草場まで移動して草を()むようだ。

 峠道から少し脇に歩き、大きな岩の下でリュックをおろし、用意していた朝食を広げた。空は青く、そよぐ風が心地よい。


「城の料理人が作った美味しい朝食が頂けるのも、当分お預けにということになりますわね」


 少しさびしそうに、エルネスティーヌは手に持ったサンドウィッチを見つめながら呟いた。ソルはしんみりしている彼女を見て、心配そうな顔をしているが、その理由は別なところにある。『美味しい朝食を頂けるのも、当分お預け』という言葉に反応しているだけなのであって、彼女のことを心配しているわけではない。


「ソルお兄ちゃんもエルも元気をだすのです。カーリは楽しくないのは嫌なのです」

「それもそうだな、楽しく食わんとせっかくの美味(うま)いものが台無しになる」


 エルネスティーヌもソルも、カーリの言葉に笑顔を作った。

 気分一新和気あいあいとした雰囲気のなかでサンドイッチを頬張り、その味を堪能していたソルの耳に、ギシギシと木がきしみ、ガタガタと何かがぶつかり合う音、複数の(ひづめ)の音、金属がぶつかり合う音が同時に入った。ルシールが立ち上がり、音が聞こえてくる方向を見据えている。エルネスティーヌとカーリも何事かと振り向いた。聞こえてくる音がだんだんと大きくなり、そしてその正体が明らかになる。


「ソル様、馬車が襲われています」


 ほろ付き四頭立ての馬車が三台、その後方には馬車を守る護衛だろうか、黒いローブを着た魔術師らしき者が馬上に二名、同じく馬に乗り、剣や槍を持って攻撃を凌いでいる者が六名、鎧は装備しておらず服装はバラバラだ。襲っている方は三〇名近いだろうか、小汚い服装で(なた)や斧を振り回している。そのうち馬車は取り囲まれ、攻防は一方的になりつつあった。


「いかが致しますか?」


 判断を(あお)いだルシールが振り向くと、ソルは我れ関せずとサンドウィッチに噛り付いていた。馬車までの距離は三〇mほど離れているが、いつ巻き添えを喰ってもおかしくはない。


「俺は今、朝食を楽しんでいる。邪魔をするなとでも言ってやれ」


 サンドウィッチを口いっぱいに頬張り、もしゃもしゃと咀嚼(そしゃく)しているソルを見て、エルネスティーヌはやれやれと呆れるのだった。


「そうも言っては居られないのではなくて? ほら、感じの悪い方がおいでになりましたよ」


 馬車を襲っている一団のうち二人が、乗馬のまま近づいてきた。


「へへッ、いい女がいるじゃないか、男とガキは殺せ!」


 ニヤニヤといやらしく笑いながら馬から降りたスキンヘッドの男が、手下らしき男に命令した。今ソルは、まだ一切れ残っていたサンドウィッチが、(ひづめ)に巻き上げられた土埃(つちぼこり)を被ってしまったことで、かなり機嫌を(そこ)ねている。


「おい、そこのハゲ、俺は今機嫌が悪い。死にたくなかったら失せろ」

「ギャハハハ、こいつ怒ってますぜ。俺にやらせてください」


 スキンヘッドの横にいた若い男が、鉈のような得物をちらつかせながら前に出た。


「ソル様、お下がりください。これほど汚らしい下賤(げせん)の者、ソル様に近づくだけでも罪、万死に値します」

「好きにするがいい」


 怒り心頭で剣に手を掛け、前に出たルシールを見て、ソルは毒気を抜かれたようにそう言ったのだった。ソルの許しを得たルシールは、少しのためらいも見せることなく、一瞬にしてスキンヘッドの男もろとも、鉈を持った男を(こま)切れにしてしまった。もともとルシールは近衛隊の副隊長を務めるほどの実力者である。その剣技に対抗できる者などそうそういるものではないだろう。鉈の男は()めていたのだろうが、たとえ真剣に襲いかかってきたとしても、結果はかわらなっかたであろう。


「我が命ずるは業火、焼滅せよ」


 ルシールは炎熱系の魔法で、肉塊となった男二人の血が噴出し、飛び散る前に焼き尽くしてしまった。剣技ばかりが目立つ彼女ではあったが、魔法の実力も並ではないようである。ルシールの放った青白い炎は、よほどの高温であったのだろう、肉塊は跡形も無く瞬時に蒸発し、後にはどろりと溶け白熱した鉄だけが残った。


 焼き尽くされた二人の男を目の当たりにしたエルネスティーヌは、とくに驚いた様子も見せず、馬車の方を見ながら思案顔をしている。


「あらまぁ、なんと貧弱なことでしょう。盗賊は捕まれば斬首が定め、あの者たち、ここで死んでもらいたいところですけど、わたくしの魔法では襲われている者まで巻き込んでしまいますわ」

「ソルお兄ちゃんはどうしたいのですか?」


 突発的に起こったイベントにカーリは参加したいのだろうか、ソルに問いかけるその目は期待に満ち溢れたものであった。


「俺はあいつらに興味が無い、お前達に任せる。と言いたい所だがそうも言ってられんか」

「では、私が切り込みますので援護お願いします」

「分かりましたわ」

「カーリもいくのです。ぶっころすのです」

「俺は適当に殺るとするか」


 盗賊と思われる者たちは既に馬から下りて、馬車の護衛と切り結んでいる。魔術師の支援で何とか持ちこたえてはいるが、助太刀しなければ全滅は時間の問題だ。エルネスティーヌもそう判断したのだろう、透きとおるような、それでいてよく通る声で賊の注意を引きつけるべく口上を述べる。


「そこな不埒(ふらち)者ども、わたくしの前で悪事を働くことは許されませんの。成敗して差し上げますわ」


 眼前で攻防を繰り広げる者たちが、その口上に驚いたのだろう、一斉に注目する中、カーリとルシールが飛び出した。動きが一瞬止まった隙を見て、ルシールは剣で首を飛ばし、カーリは素手で顔を殴り、爆散させていった。

 二人が一瞬で賊どもの入り乱れる中を駆け抜けた数瞬後には、首から上を失った男たちが血を吹き出しながら崩れ落ちたのだった。


「いったいなんなんだ、お前たちは」


 一人離れたところで見物していた、恐らく賊のリーダーであろう男に、人知れず歩み寄っていたソルに対して、男は恐怖で顔をゆがませ、うわ言のようにつぶやいた。


「盗賊は死ぬ定めにあるらしい。運がなかったと思って諦めろ」


 さらに歩み寄ったソルは、腰を抜かして後ずさる男の頭部を鷲掴(わしづか)みにすると、さっきまで朝食を食っていた所にある大岩に向かって投げつける。四〇mほど水平に飛んで大岩にぶつかった男は、熟したトマトを壁にぶつけたかのように、岩の()みとなった。


 馬車を襲っていた男たちは、こうしてあっけなくソルたちによって全滅した。最後の一人を片付けたソルが仲間の元へ戻ると、賊と戦っていた護衛がカーリに治療を(ほどこ)されていた。


「これでだいじょうぶなのです。カーリのちゆまほうは、かんぺきなのです」


 治療を終え、カーリは腰に手を当てふんぞり返って自信満々だ。本来、女神であるカーリは神力を使って治療するのであるが、神格持ちであることを隠す必要があるため、神気を封印して魔法を使用している。神気を封印しているのはソルも同じであるが、まだ、魔法は習得していない。


「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか」


 馬車の持ち主であろう、白髪交じりの初老の男が代表して礼を言ってきた。

 口上を述べただけで実質何もしていないエルネスティーヌであったが、礼を軽く受け流して、治療の終わった護衛たちに向かって注文をつける。


「ゴミを見かけたら掃除、汚物は消毒、害虫は駆除しなければなりませんの。駆除は終わりましたからあとは消毒して掃除しないといけませんわね。あなたたち、動けるのでしたらアレを一か所に集めてくださいな」


 カーリやルシール、ソルの圧倒的強さにだろうか、エルネスティーヌのあんまりな発言に対してだろうか、あっけにとられて唖然としていた護衛たちであったが、腰に手を当て催促するようなエルネスティーヌの視線に気づくと、彼女の指示通りに死体を集めるのだった。


「あなたたち、そこから離れてくださいな」


 エルネスティーヌは護衛たちに死体から離れるように言いつけると、杖をかざして詠唱の体勢をとった。


「全ての災厄からわれらを守りたまえ、万象の壁。わが(いざな)うは極光、収束し凝縮せよ、寄り重って焦点を結び消散せよ、終焉(しゅうえん)の光」


 それは全ての鬱憤(うっぷん)を晴らすかのような詠唱だった。援護すら必要なく口上を述べただけに(とど)まった鬱憤を晴らしたかったのだろう、わざわざ、自分たちを守るための防御魔法を張ったうえで、幾重にも合わせた光の魔法を放ったのだ。的になった死体の山は、高密度に収束された光の熱で瞬く間に蒸発し、光と共に霧散していった。あまりにも強烈過ぎる光に、その場にいた誰もが目を覆い、やがて視力が戻ってきたときには、すでに死体の山はなく、焼け()げ、パリパリになった土の表面から、陽炎(かげろう)が立ち上っていた。

 ソル以外の誰もが思ったであろう、やりすぎだと。単に燃やしてしまえば済むだろうに、恐らく、自身の魔力を最大限に振り絞ったのだろう、詠唱を終えたエルネスティーヌはハァハァと肩で息をしている。


「こ、これで綺麗になりましたわ。こんな所で余計なことをしている時間はありませんの。さっさと行きますわよ」


 エルネスティーヌは指笛を吹き、草を食んでいた馬たちを呼び寄せると、ソルたちを催促して旅を再開させるべく馬を走らせたのであった。


 助けてもらった礼を言っただけで、名前すら聞くことも叶わず、まったく相手にされずにその場に取り残された馬車の持ち主とその護衛たちは、呆然(ぼうぜん)とソルたち旅の一行を見送ったのだった。


「なあエル、何か言いたそうにしてたが、あれで良かったのか?」

「かまいませんわ。盗賊に対する備えすらまともにできず、あれほど貧弱な傭兵しか雇わないような、無用心で見る目の無い男に用などありませんの」

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