第三十四話:疑問
ターナムが部屋を出て数分たっただろうか、二人の若いメイドがお茶と菓子を持って部屋に入ってきた。
そして、ソルたち一人ずつの前に菓子の乗った小皿とティーカップを置くと、透き通った赤茶色のお茶を注いでいく。
茶を運んできたメイドは右腕に包帯を巻いていて痛々しい。
「メリッサ産の紅茶になります。砂糖とミルクをご所望の場合はお言いつけ下さい」
出された菓子を見て瞳を輝かせるソルをよそ目に、エルネスティーヌがメイドに問いかけた。
「ターナム伯爵はお忙しようですが、我々のような流れ者の相手をする時間は無いのではないですの? あなたも怪我をしておいでのようですし、お茶を頂いたらすぐにでもここを出ようかと思うのですが」
しかし、問われたメイドは、柔らかい笑みを湛えてエルネスティーヌの申し出を押しとどめた。
「貴方様たちは、わたくしたちの命の恩人でございます。そんなお方に無礼を働くわけにも参りません。お館さまにも最高のお持て成しをするように仰せつかっておりますので、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
「そこまで考えておいでなら、ご厚意に甘えさせていただきますわ」
エルネスティーヌはメイドの受け答えに感心しているようだった。しかしソルは、エルネスティーヌとメイドの会話中も、出された菓子を摘まんでは茶をすすり、その味に満足したようにボリボリと咀嚼していた。次第に額の井形が鮮明に浮き出てきたエルネスティーヌと、それを気にとめるでもなく菓子を満喫するソル。ルシールとロヴィーサはそんなソルを見て少し恥ずかしそうにしているが、メイドが柔らかい笑みを絶やすことは無かった。
そんな和やかな時間はすぐに終わりを告げ、ターナムが部屋に戻ってきた。おそらく事態の収拾を図るように部下たちに指示を出し、急いで戻ってきたのであろう、ターナムは息を切らしている。
「ターナム伯爵、そんなにお急ぎにならずともわたくしたちは逃げたりしませんから」
「いえいえ、私こそお待たせしてしまって。それに急がないと貴方様方がお帰りになられる気がしましてな」
ちゃっかりとエルネスティーヌとメイドの話を耳にとめていたソルは、このターナムという男、見かけによらず鋭いな。と、感心した。メイドはそんなターナムを見ても笑顔を崩すことは無い。ターナムは出された紅茶を口にして息を整えると、未だにモグモグと菓子を食べているソルに話しかけた。
「ソル殿も菓子をお気に召したようで何よりです」
「うむ、この菓子は非常に美味い。満足している」
「それにしても助かりました。われわれも踏ん張っておりましたが、ソル殿の助けがもう少し遅れれば我々の命は無かったことでしょう。改めてお礼申し上げる。ありがとう」
しきりに礼を言っているターナムに、エルネスティーヌが割り込むように問う。
「ところでターナム伯、聞きたいのですけれど。ああ、わたくしはエルと申しますの」
「ええ、ええ、何でもお聞きください。エル御嬢さん」
「それでは遠慮なく…… と申し上げたいところですが、人払い願えませんでしょうか。重要なお話がございますの」
突然人払いをするように頼まれたターナムは少し訝しむような表情を見せたが、少し考えた後、メイドたちを下がらせた。それを確認したエルネスティーヌがソルに目配せする。
「ソル、防音結界を。それからわたくしの変装を解いて下さいまし」
エルネスティーヌは、どうやらソルやルシールのことは秘密にしておきたいようだった。その考えを汲み取ったソルは「分かった」と一言だけ言い放つと結界を張り、エルネスティーヌの変装を解いた。エルネスティーヌの明るいオレンジの髪が豪奢な金髪へと変わり、瞳も青みがかった黒からエメラルドグリーンへと変化する。
何事かと二人の様子を見ていたターナムは顎を外さんばかりに驚いている。そして、何かに気付いたように椅子から飛び降りると肩肘をついて頭を垂れるのだった。
「エルネスティーヌ様、気付かなかったとはいえ今までの無礼、平にご容赦を!」
ターナムは変装を解いたエルネスティーヌが王女であることに、すぐさま気づいたようであった。エルネスティーヌの正体を知らされていなかったロヴィーサも、目を見開いて口に手を当て驚いている。
「ターナム伯、気にせずともいいですから顔を上げてくださいまし。わたくしは変装して旅をしておりますの。二日前にシチートリアを出てここサヤンデに来てみれば、大変なことになっておりまして驚いています。大量の魔獣に襲撃されたようですが説明願えませんか」
エルネスティーヌの問いにターナムは片膝をついたまま顔を上げて答えようとしたが、椅子に座るようにたしなめられて、恐縮しきりに話しはじめた。
「恐れ多くも申し上げます。魔獣の襲撃が始まったのは今朝がたの早い時間。ほぼ日の出と同時刻にございます。始めは足の速い野犬の群れが多数街に侵入してきまして、急遽傭兵を集めて対処しておりましたが、野犬を追い返したと思えたのもつかの間、傭兵たちが街に外から走りくる大量の魔獣を見つけましてこれに応戦。その知らせを受けた私は住民を南へと避難させ、怪我人をこの屋敷に運び込んで侵入した魔獣を足止めしておりました」
「粗方分かりましたわ。では住民の死傷者はそれほど出てはおらぬのですわね?」
「今現在把握している状況を申し上げますれば、犠牲になり、命を落とした住民は数十名。傭兵につきましては、ほぼ全滅しておりまして、その数は二百名を超えまする」
エルネスティーヌはその報告を聞いて初めのうちは残念そうに顔をしかめていた。が、住民の大多数が助かったと分かり少しは安堵したようであった。
「犠牲になった住民と傭兵はさぞ無念であったでしょう。その家族には厚い施しをおねがいしますわ。わたくしからも父王陛下に報告しておきます。その他に掴めている情報はありますの?」
「申し上げます。襲撃してきた魔獣は傭兵たちの命と引き換えに、その殆どを打ち取ったようでございますが足の速い走竜が数匹、街を駆け抜け南下していったとの報告を受けております」
「そうですか…… 走竜が数匹、港街アネトラレイルに向かったのですね」
「はい、ですがアネトラレイルにも護衛で来ている傭兵が多数おりますゆえ、犠牲なしとはいかずとも数匹の走竜だけでしたら打ち倒してくれるでしょう」
「少し安心しましたわ。ターナム伯、貴方もわたくしたちとこれ以上無駄話をしている時間は御座いませんでしょう? わたくしたちはすぐにアネトラレイルに向かいますから。貴方は早く街の復興に尽力してくださいまし」
そう言ってターナムの報告を聞いたエルネスティーヌは、有無を言わさず伯爵を部屋から追い出し、もういいですわとソルに変装をかけなおしてもらうのだった。
「わたくしはアネトラレイルの様子が気になりますの。どのみち、サヤンデに居ても復興の邪魔になるだけですから、早いとこ出発しましょう」
ソルは、楽しみしていたサヤンデの料理に後ろ髪をひかれる思いであったが、復興するまでは当分美味い料理には有り付けないだろうと考え直し、それならば早く出発しようとターナムの屋敷を後にしたのであった。時間的には中途半端ではあるが、今出発すれば明日の夜にはアネトラレイルに着くそうである。四人は大通りへと出ると、馬を早足にした。サヤンデの街中はあちこちから住民や役人の声が飛び交い、すでに復興に向けて動き出していることが分かる。
結局のところ、地竜を葬った報酬も受け取ることなく、二時間弱の滞在でサヤンデの街を後にした旅の一行は、陽が傾くまで馬を走らせ、野営地を見つけると、馬を放して火を起こし明日以降のことを話し合うのであった。干し肉を火であぶりながら軽い夕食をとるころには、既に陽が落ちて星が瞬いている。その星を見ていたエルネスティーヌの表情は、何かを悔やむようなものであった。
「冴えない顔だが、まだなにか気にかかることがあるのか?」
その問いかけに、エルネスティーヌは少しの間をおいて話しはじめた。
「アルサイキヨークスの森から魔獣が消えたことが分かっておりましたのに、サヤンデの街を襲撃することが目的だったと、気付けなかったことが悔やまれますの。シチートリアなどに戻らず、サヤンデに直行していれば、わたくしたち三人だけでは食い止められなかったにしても、ソルの力を借りれば……」
「そうだな、確かにそうしていれば今より住民や傭兵の犠牲は減っていただろう。しかし、それは仮定の話でもう済んだことだ。今はそんな事より、これからのことを考えるべきではないのか?」
「確かにそうですわね。わたくしとしたことが情けないですわ」
珍しいソルの正論に、エルネスティーヌが素直に納得していると、ソルの横に寄り添うように座っていたルシールが、何か言いたそうにもじもじしているロヴィーサに気付いたようだ。
「ロヴィーサ、何か言いたいことが有るのですか?」
突然ルシールに声を掛けられたロヴィーサは「何もありません」とかしこまってしまったが「はっきりしなさい」とエルネスティーヌに催促されて、ようやく疑問に思っていたことを話しはじめる。
「あの…… エルネスティーヌ殿下は、魔獣がアルサイキヨークスの森から消えた理由が、サヤンデの街への襲撃のためだったように仰いましたが、どうして街を襲撃する必要があったのでしょうか……」
エルがエルネスティーヌ王女であることを知ったロヴィーサは、彼女に対して疑問を呈しながらも畏まってしまっていた。
「ロヴィーサ、旅が終わるまでは、わたくしのことはエルと呼んでくださいまし。殿下も王女も付けてはなりません」
少しキツ目に自分の事をエルと呼びなさいと言われたロヴィーサは、驚きながらも不思議そうにしていたが、王女に命令されたとあってはその通りにする他なかったようだ。
「わ、分かりました」
とだけ言って申し訳なさそうにしていた。
「分かればよろしいですの。ですが、ロヴィーサがいう事も尤もですわね。確かに、わざわざ危険を冒してまで、街を襲撃する理由が魔獣にあるとは思えませんわ。ソル、貴方に分かりまして?」
「いや、俺にも分からん。が、何がしかの理由は有ったのだろうさ」
その後も話し合いは続けられたが、結局誰も魔獣が街を襲った理由には行きつかなかった。




