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第三十二話:魔物

 ルイージに勝利したエルネスティーヌは、その余韻に浸るかのように満足げな笑みを浮かべ、ソルのもとへと歩き始めた。ゴルドバとその手下たちはもろ手を挙げて大歓声を彼女に送っている。そんな状況を微笑ましい思いで眺めていたソルの耳に、おぞましい、しかし小さな声が唐突に響いた。


『見つけた』


 ソル以外の誰も、その声には気付いていないようだ。しかし、聞こえてきた声にソルは覚えがあった。そして、その意味をソルは直感的に感じ取った。


『エルッ! 伏せろ!』


 絶対的な神気を乗せた念話でソルが叫ぶ。そして、その声には何物をも強制的に従わせる力があった。エルネスティーヌは瞬時に身を屈め、前方に体を投げ出す。その直後、彼女の頭上を恐ろしいまでの速度で何かが通り過ぎた。それはそのままソルの方へと向かい、そしてソルに払い退けられる。エルネスティーヌの向こう、既に息絶えたはずのルイージが顔だけをこちらに向け、その目は白目を剥いていた。そしてその体からは何か(もや)のようなものが漂っていた。


『ソル様、あれは……』


 ルシールがルイージを見て目を見開いている。


『あれは瘴気だ。あの時逃がした巨竜、あれが操っている』


 顔だけを上げたルイージの体が痙攣したその直後、四肢を動かしてトカゲのように体を浮かせると、目にも止まらぬ速度でソルへと飛び掛かってきた。その距離実に二十メートル。伏せているエルネスティーヌには目もくれることなく、ソルめがけて一直線に飛来したルイージを、ソルは微動だにすることなく一瞬で無へと帰した。周りから見ていれば、それはルイージが忽然と、倒れていた場所から消えたとしか認識できなかったであろう。それほどの速度であった。


『見えたか?』

『かろうじて見えました』

『そうか、お前でかろうじてならばエルやロヴィーサには見えなかっただろうな』


 地面に飛び込むように伏せたために、服が土埃にまみれたエルネスティーヌは、その埃を払いながら立ち上がる。そして、ルイージが今まで倒れていた所に視線を投げかける。そして、ソルとルシールが念話でやり取りをしていたことを感じ取っていたのだろう。自身も念話で話しかけてきた。ゴルドバは何が起こったのか分からないようで、いきなり伏せたエルネスティーヌと、突然消えたルイージの方を目を丸くして凝視している。


『今わたくしの上を通り過ぎたおぞましい感覚は……』

『ああ、魔人化したルイージだ』

『あの攻撃はわたくしを狙ったものなのでしょうか』

『いや、お前を壁にして虚を突いただけだろう。狙いは俺にあったし、何かを探るような念を感じた』


 ソルはルイージから漏れる瘴気が含んでいた自分を探るような念、その感じから巨竜が自分の力量を計るためだけに彼を魔人化したと判断した。そして『見つけた』というおぞましい声は、巨竜がソルへの復讐を宣告したものであろうと考えたのだった。そこまで察知していながら、ソルは復讐に対する対策を講じようとは考えない。それは、イースティリアを治める神々の長ルキアノスの意向に沿おうと考えているからである。仮に、ルキアノスの目をかいくぐって襲ってくるならば、その時は今回のように蹴散らせばいい。そう思うのだった。

 エルネスティーヌは立ち上がると、伏せた時に付いた土ぼこりをパタパタと払いのけ、ソルのもとへと歩み寄った。そして、状況を把握しきれていないゴルドバが目をパチパチしながら口を開く。


「エル姉さんが伏せたと思ったらルイージの野郎が消えた。奴はどこに行ったんだ? 姉さんはなんで伏せたんだ?」

「奴は魔人だった。そして俺を狙っていた。エルを盾に俺に飛び掛かってきたから、彼女はそれを察知して避け、俺は奴を消飛ばした。それだけだ」

「ははははは…… 魔人…… それを消飛ばした…… 全く見えなかった。あんたら何者だ? いや、詮索は止そう。ともあれ、助かったよ。ありがとう」


 力なく笑ったゴルドバは、何か自分に納得させるように首を振り、礼を言った。そして、おもむろに切り出してきた。


「何にせよアールマージはこれで壊滅だ。そこで報酬なんだが、奴らがため込んでいた金品で払おうと思うんだがそれでいか? 足りないという事は無いと思うんだが」

「別に構いませんわ。元々報酬に興味はありませんでしたし。ですが、仮に額が多かったからと言って後から物言いは受け付けませんよ」

「ははは、そんなことは言わない。元々奴らを壊滅出来るなんて思っていなかったからな」


 そう言ったゴルドバは、部下たちにアールマージたちの死体を焼き払う指示を出し、ソルたちに先立って報酬となる金品の捜索を始めた。そして、それはあっけなく見つかり、一か所に集められる。建屋の中から運び出され、ソルたちの前に積み上げられたのは、かがり火に照らし出された多額の貨幣と宝飾品、それに武具であった。


「貨幣と宝飾品を貰っていきます。武具は貴方たちに差し上げますわ」


 ゴルドバは、武具を放棄したエルネスティーヌに、信じられないといった表情で聞き直した。


「おいおい、これだけの武器を要らねぇって、いくらになると思ってんだ」

「要らないものは要りませんの。換金も面倒ですし貴方たちに差し上げます」

「さすがはエル姉さんだ。豪気だねぇ。そういうことなら遠慮なく貰っておこう」


 嬉しそうに部下を呼んだゴルドバは、積み上げられた武具を持ち帰るように言いつけると、これからの事を聞いてきた。


「ところで、これからのことだが、エル姉さんたちは旅を続けるのか? できれば明日一日俺たちの村で休んで行かないか。お礼の宴をひらきたい」


 宴というゴルドバの言葉を耳にしたソルが有無を言わさず嬉しそうに口を開いた。


「良いことを言うじゃないか。そういうことなら遠慮なく寄らせてもらおう」


 嬉しそうなソルの顔を見て、諦めたかのようにエルネスティーヌが呟く。


「はぁ、仕方ありませんわね」


 死体の焼却処理が終わり、そろそろ帰ろうかという時に、金品を時空魔法で亜空間に収納したソルを見てゴルドバは驚いていた。が、何事もなかったかのように三人の女衆を引き連れて歩き出したソルの後にゴルドバも続いたのだった。


 デポールの集落へと戻ったソルたちは、アールマージを打ち滅ぼした英雄として迎え入れられた。そして、ゴルドバに割り当てられた部屋で一夜を明かし、翌日の昼過ぎから歓迎と感謝の宴が執り行われる。宴は大いに盛り上がりを見せ、エルネスティーヌ等三人の女達の圧倒的な戦いぶりが、ずいぶんと誇張されてではあるが、集落の女子供達に語られていた。その話を、村人達は熱心に聴き、そして熱狂した。宴は深夜まで続き、その翌朝の日の出と共に一行は集落を後にしたのである。


 深い森を抜け、草原に出たのは昼過ぎ。


 さんさんと照りつける心地よい陽光と、背の高い草をなびかせる心地よい風に、気分よく伸びをしたソルであったが、うつむき加減で考え事をしているそぶりを見せるロヴィーサに気付いた。


「ロヴィーサ、何かあったのか?」


 不意に声を掛けられたロヴィーサは、ハッと我に返ったようにソルを見上げる。


「ソル様、少しおかしいと思いませんか?」

「どうした」

「森の中で魔物や獣の気配が全くありませんでした。行は小物が出てきたり、遠くに大物の気配を感じましたが、帰りは……」


 そう言われればそうだったな。と、思い返すように思考を巡らせてみたものの、魔物が森から逃げ出すような、魔物以外の気配について思い当たることは無かった。


「理由は分からんが確かにお前の言うとおりだ」


 エルネスティーヌやルシールも考えてはいるようだったが、得心のいく結論は導き出せないようであった。これ以上考えても仕方がないと気持ちを切り替え、辺りの草を倒して慣らし、スペースを作って車座に座ると、ゴルドバたちに持たされた昼食を摂った。そして、ゆったりとした食後の余韻を満喫した一行は、放していた馬を呼び寄せると、一旦シチートリアの宿へと戻り、今後の旅程を話し合うことにした。


 夕食を済ませ、一室に集まった四人はそれぞれ好きな位置に身を置き、食後のひと時を過ごしている。ベッドに座ったソルの隣にはルシールが寄り添い、エルネスティーヌは小窓から外の様子を俯瞰するように眺めている。そして、木製の丸いテーブルにはロヴィーサがついていた。


「エル、明日以降の予定を聞きたい」


 ふいに言葉を掛けられたエルネスティーヌは、眺めていた夜の街からゆっくりと視線をソルへと向ける。


「明日はサヤンデの街に向かおうと思いますの。サヤンデの街はここシチートリアと港街アネトラレイルの中ほどにあって、シーシア王国の南端にあたりますのよ」

「そういえば、その港街では旨い海産物が食えるとか言っていたな。早く食ってみたいもんだが、そのサヤンデとかいう街には名物はないのか?」

「そうですわね、サヤンデの街はアネトラレイルからの海産物とアルサイキヨークス近辺で仕留められた獣肉類などが集まる食の交易地点、食べ物だけで言えばアネトラレイルよりサヤンデのほうがその種類、質において充実しているかと。ただ、新鮮な海産物に限ればアネトラレイルに分が上がりますわね」


 エルネスティーヌの説明を聞いたソルの瞳はキラキラと輝いていた。しかし、それとは対照的に、話し終えたエルネスティーヌの表情には憂いが見て取れた。


「どうした? 冴えない顔をしているが」

「いえね、魔物の気配が森から消えたことについて考えておりましたの」


 ソルは片眉を吊り上げ、何をいまさら? といった顔を作り、エルネスティーヌの真意を問う。


「確かに、魔物を森から逃げ出させるような気配は感じなかったし、魔物が森から消えたことに関しては俺たちの理解が及ぶに至っていない。だが、それを今考えても埒が明かないという結論に達したではないか」

「ソルの言う通りなのですが、理由もなく森から魔物が消えたという事は無いと考えるべきですわ。逆に言うと、何かの理由があったからこそ魔物が森から消えたと考えるのが筋……」

「魔物が森から消えなければならなかった理由、か……」


 ソルのその言葉を最後に会話が途切れた。皆が森から魔物が消えた理由を、消えなければならなかった理由を考え込んでいることは傍目にも明らかである。しかし、結局誰もその理由を推論するには至らなかった。


 翌日、次の旅の目的が観光に近いという事もあって、急いでも仕方がないという事になり、ゆっくりと朝食をとってから一行は一路サヤンデの街へと向けて馬を走らせるのだった。


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