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第三十一話:壊滅

 砦の門にソルが到着した時には、その向こうは既に戦場であるかのよにゴルドバの兵とアールマージの兵が入り乱れ、剣を打ち合わせていた。深夜に奇襲されたアールマージの兵は、奇襲が効いたのか連携がまるでとれておらず、数的優位を感じさせることなくゴルドバの兵に切り捨てられている。それでも、数的にはまだ敵の方が多く、制圧までにはまだ時間がかかるだろうと思えた。

 奥の方に目をやると、中央でエルネスティーヌが一際体格のいい男と対峙しており、その左ではルシールが既に二人ほど切り捨てて今は三人目と切り結んでいる。右側では一人が切り捨てられ、エルネスティーヌの相手程ではないが、体格のいい隻眼の男とロヴィーサが対峙していた。

 ソルは門の中央で腕を組み彼女ら三人の様子を楽しそうに見物している。


「腕を上げたようだな。え、ロヴィーサの嬢ちゃんよ」

「まさかローウェル、貴様がいたとはな。盗賊なんかに身を落としたとは、落ちぶれたわねッ!」


 ロヴィーサにローウェルと呼ばれた隻眼男が繰り出した上段からの剣戟を、ロヴィーサが下から受け止めている。


「ほう、これにも対処できるか、大したもんだ。だが所詮はDランク、Aランクの俺の敵ではない!」


 一旦後ろに跳び退ったローウェルにロヴィーサがニヤリと口の端を吊り上げた。


「その程度の打ち込みでAランクとは聞いて呆れる。生まれ変わった私の力、その目に焼き付けなさいッ!」


 ローウェルの実力が大したことは無いと実感できたのであろうか、それとも自分の実力が遥かに向上したことを実感できたのだろうか、自信に満ちた表情でローウェルに切りかかっていくロヴィーサに、弱々しかった昨日までの面影は微塵も残ってはいなかった。


 一方、その左横では……


「貴方がルイージですの? 少々拍子抜けしましたわ」


 体格の良い大男の横なぎの剣を受け流したエルネスティーヌが、そのまま体を回して蹴りを放つと、一旦後ろへ飛び上がり、舞うように着地する。


「あら、よく今のを避けられましたわね。次はもう少しスピードを上げましょうか」

「おいおい、今のでまだ全力じゃないのか? だが、その程度でSランクの俺様に勝てると思っているなら、とんだお笑い草だ」


 エルネスティーヌの回し蹴りをスウェーで躱したルイージが、飛びのいたエルネスティーヌを余裕の表情で挑発している。しかし、挑発されたエルネスティーヌは臆することも怒りを表すこともなく、満面の笑みを浮かべていた。


「Sランク傭兵の実力とやら、出し惜しみなどせずに全力で来なさいな。そうしないと次で終わりますわよ」


 その瞬間、エルネスティーヌの体がぶれた。と思った後には上段から飛び掛かるように振り下ろされたエルネスティーヌの剣を、下からかち上げるように受け、目を見開くルイージの姿が確認できた。


 ソルはさらに左に視線を移す。


「ふん、何と手ごたえのない。貴方方それでも傭兵のCランクですか。もう少し真面目にやりなさい」


 既に四人の取り巻きを切り捨てているルシールが、前方で剣と槍を構える三人の取り巻きを挑発している。その中央で槍を構える取り巻きが驚きと焦りに満ちた表情で口を開いた。


「な、何様か知らねぇが、俺たちを嘗めるな。こう見えても俺たち三人はBランクだ。お前が切り捨てたCランクの雑魚とは同じだと思うなよ」


 強がって見せている三人の傭兵であるが、ルシールの強さを目前に、明らかに動揺が見て取れた。この戦いは見る価値が無いな。とルシールには気の毒だが、ソルは残るロヴィーサとエルネスティーヌの戦いに注目する。


 先ほどまでは余裕があり、見下すような視線をロヴィーサに投げかけていたローウェルの表情が、少し目を離していた間に変わっていた。その表情は焦りに満ち、ロヴィーサの怒涛のような剣戟を捌くことで一杯一杯になっていることが見て取れる。対して、ロヴィーサの表情は、意のままに剣を振るう事が楽しくて仕方がないように活き活きとしていた。


「それ、それっ! どうしたのですか、反撃しても良いのですよ」

「クッ、何故だ! 何故お前がこれほどの動きを。――ッ」


「ロヴィーサも神気の制御に慣れてきたようですね」


 ルシールに突然横から声を掛けられたソルは、視線をロヴィーサの戦いに固定したまま答えた。


「なんだ、もう終わらせたのか。その感じでは少々物足りなかったようだな」

「あの程度の雑魚なら神気に頼らなくても余裕でしたわ。ルイージはエルネスティーヌ様にとられましたし、ロヴィーサの相手は彼女と何やら因縁がありそうでしたから……」

「そうか、こっちもそろそろ決着がつきそうだな」

「ええ」


 時折切り掛かってくる雑魚をルシールが露払いをするがごとく切り捨てる。そんな状態でも二人の視線は勝負に決着がつきそうなロヴィーサの方へと向けられていた。


「さっきまでの自信はどうしたの? もう終わりなのかしら」

「……」


 ロヴィーサは右手の剣をだらりと下げ、楽しげにローウェルの方へと歩を進める。対してローウェルは、剣を両手でロヴィーサに向けるように持ち、中腰で後退っている。その顔は恐怖で引きつり、彼女をDクラスと見下していた面影もなかった。


「うをぉぉぉぉぉ!」


 あまりの実力差に緊張の糸が切れたのだろうか、それとも玉砕覚悟の突撃なのだろうか、ローウェルが雄叫びを上げて切り掛かる。しかしその動きにはもはや精彩が無かった。ロヴィーサは軽々とローウェルの剣を躱すと、すれ違いざまに剣を横ないだ。直後、ローウェルは脇腹から血しぶきをあげ、ゆっくりと崩れ落ちたのだった。


 ローウェルを倒したロヴィーサは、ソルを見つけると嬉しそうな表情で駆け寄ってきた。


「いい動きだったぞ。ずいぶん神気の扱いに慣れてきたようだな」

「ありがとうございます、ソル様」


 少し嬉しそうにそう答えたロヴィーサは、ソルの視線がまだ戦いが続くエルネスティーヌに向けられると、それを追うように、エルネスティーヌに視線を向け、その戦いぶりに目を見開いた。


「エル様凄い……」


 ロヴィーサにそう言わしめたエルネスティーヌとルイージの戦いは、傍からは互角のように見えた。凄まじい剣速で打ち合う二人は、互いに一歩も引けを取っていないようだ。両者ともに譲らす、その顔はどちらも楽しそうにすら思える。


「大言壮語を吐くやつだとは思ったが、言うだけのことはある。なるほど、腕は確かなようだ」

「ふんっ、貴方こそさすがはSランクといったところですか。こんなに楽しい戦いは久しぶりですわ」


 二人の戦いは激しさを増していく。流れるように華麗に剣を振るうエルネスティーヌに対して、ルイージは力強い剣戟を繰り出している。お互いに受け、払い、躱し躱され、その戦いは柔と剛。いや、どちらかといえば柔と豪。それでいて攻防がどちらかに偏ることは無く、かみ合っていた。


「す、凄ぇ……」


 二人の戦いに見入っていたソルたち三人の横から、突然ゴルドバの驚愕が呟かれる。剣戟を合わせる二人の動きは、ゴルドバがエルネスティーヌと相対したときの速度を遥かに凌駕していた。ついさっきまで怒号のように鳴り響いていた剣戟や叫び声が聞こえなくなって、今はエルネスティーヌとルイージが剣を合わせあう音だけが響いている。


「雑魚どもは片付いたようですね」

「ああ、あんた達のおかげだ」


 視線を二人の戦いに向けたまま放たれたルシールの問いにゴルドバは感謝を示した。そして戦いの方はといえば、その激しさは一向に衰えてはいない。いや、むしろ激しさを増していた。エルネスティーヌの足元からは、タタッと地面をける小気味良い音がなり、ルイージの足元からはズシッ、ドスッと重い音が聞こえ、合わせあう剣からは白い火花が飛び散り、甲高い金属音がビートを刻むかのように鳴り響いている。


「エルはまた、随分と楽しんでいるな」

「ええ、羨ましいです。でも私にはソル様がいますから」


 ソルとルシールの会話は、ロヴィーサの耳にもゴルドバの耳にも聞こえてはいないようだった。二人の視線は、凄まじいまでの戦いを繰り広げているエルネスティーヌとルイージの一挙手一投足を見逃すまいとするように、目まぐるしく移り変わる戦いの行方に合わせてその眼球だけが動いていた。


 二人の戦いは尚も激しさを増していく。ソルはエルネスティーヌの体を流れる神気の動きを感じ取り、その動きが次第に洗練されていく(さま)を嬉しそうに見ていた。そしてそれはルシールも同じであるようだった。


「エルのやつ、戦いながら神気の使い方を学んでいるな」

「確かに…… それにしてもあの男、未だに底を見せませんわね」


 戦いの中でより強く成長するエルネスティーヌ。そして、未だに底を見せないルイージの実力。さすがはSランクの傭兵なのだろう、只人(ただびと)でこれほどの戦闘能力を持つ男がいるとはソルも考えてはいなかった。やはり人の世界は面白い。それがソルの正直な感想であった。


「なんなんだあいつらは…… もう俺には動きが見えねぇ」


 ふと呟くように発せられたゴルドバの言葉。その言葉が示すように二人の動きはその速度を増していった。しかし、いつまでも続くとさえ錯覚させるような二人の戦いにも、その優劣が現れ始める。楽しげに剣戟を合わせていたルイージの表情が、次第に焦りの色を孕み始めた。一方のエルネスティーヌといえば、己の動きに陶酔するかのごとく、その表情は満ち足りているようだった。


 限界が近づいたかのように焦りを見せるルイージと、未だに成長を続けるエルネスティーヌ。それでもしばらくは、二人の繰り成す攻防が互角に見えた。しかし、次第にエルネスティーヌの攻めの割合が増え始める。そしてついにルイージは防戦一方になって行った。歯を食いしばり、厳しい表情で攻撃をさばき続けていたルイージの剣が、とうとう吹き飛ばされる。そして次の瞬間には、エルネスティーヌの剣先がルイージの胸を貫き、その背中から飛び出していた。


 ピタリと動きを止め、ルイージを剣で下から支えるようにしていたエルネスティーヌであったが、満足したかのようにその体から剣を引き抜き、ルイージに背を向け、ソルたちの方へと歩き出す。そして支えを失ったルイージは、そのまま前方へズシリと倒れ込んだ。


 静寂が支配し、止まっていたかのようだった時が動きだす。そしてそれと同時に割れるような大歓声が、闇夜の空へと轟いたのだった。

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