第三十話:襲撃
ゴルドバの依頼内容は、アルサイキイヨークス地域を実効支配している盗賊団についての事だった。その盗賊団はアールマージといい、その影響力はアルサイキイヨークス全土にとどまらず、隣接する両国にまで及んでいるととのことである。そういえばエルネスティーヌも同じような事を言っていたなと思い出しながら、ソルはゴルドバの話を聞いている。そして、ゴルドバの願いはアールマージを打ち滅ぼすところまではいかなくてもこの村デポールにアールマージの影響力が及ばなくなるように仕掛けるときの助っ人になってほしいとのことであった。
ソルは、そういうことならば力を貸そうと言いかけたのだが、それを遮ってエルネスティーヌが持論を展開し始めた。
「まったく、そういう美味しいことは最初に言いなさい。そもそも、わたくしたちは夜盗を片付けるためにこの地に足を運んだのですから。これで思う存分力がふるえますわ。第一ですね、そもそも夜盗どもはまじめに暮らしている人々にですね――」
拳を握りしめて力説するエルネスティーヌに、ロヴィーサは何事かと驚き、ルシールはやれやれといった感じで下を向き首を振った。ゴルドバとその側近だろう後ろに控えている者たちは、かなり引き気味で、引きつった表情をしている。
「――ということですの。ところで、敵の戦力は把握されておりますの?」
拳を掲げて持論を展開していたエルネスティーヌが、突然ゴルドバに問いかけた。ゴルドバは虚を突かれたように一瞬とまどったが、すぐに姿勢を正して話しはじめた。
「エル姉さん、俺たちの敵アールマージの頭領はルイージってんだが、こいつ直轄の部下が一〇人、その下に雑兵が二〇〇ほどいる。が、雑兵は物の数ではない。強ぇのはルイージと部下一〇人だ」
「そうですか、それなら貴方たちは雑兵の相手でもしていなさい。わたくしがそのルイージとかいう賊の頭領を叩きのめしますわ」
「おいおい、ルイージを嘗めちゃいけネェ。あいつは元ランクSの傭兵だ。その取り巻きもランクCからAの元傭兵だぞ」
ゴルドバの指摘にエルネスティーヌとソルはそれがどうした? といった表情をしているが、傭兵であるロヴィーサが青ざめた表情で驚きを顕わにした。
「ランクSですって!?」
「ランクSとは何だ? それほど強いのか?」
ロヴィーサによると、傭兵のランクはFから始まり、通常はAまでなのであるが、名誉称号的意味合いでランクAの中でも飛びぬけて強い者がランクSを与えられるそうである。ロヴィーサのランクはDであり、彼女から見てランクSは手出しのしようがない強者であるという。さらに、その側近もランクCからAということは、戦力的に見て近衛騎士団に匹敵するということであった。
その話を聞いたエルネスティーヌは「面白いですわ」と強がって見せたが、その表情は少し強張ったものであった。
「エル、それにロヴィーサ。貴女たちはソル様の加護を得ているのです。たかが元傭兵のランクSごとき物の数ではありません」
自信に満ちた表情で二人を諌めたルシールは、ソルにもたれるうようにしなだれかかると、その顔を見上げて同意を求めた。
「傭兵のランクSがどれほどのものかは知らんが、お前たちにもしものことがあっても俺が何とかしてやる。だから気兼ねなくそのアールマージとかいう盗賊団を蹂躙してこい」
ルシールに言われて驚いたように顔を見合わせたロヴィーサもエルネスティーヌも、ソルの言葉を聞いて安心したのだろうか、その表情はやってやろうじゃないのと、闘志を孕んだものへと変わっていった。そして、その様子を見ていたゴルドバは、話の内容に付いていけていないようであった。
「あんたたちが強ぇのは分かる。しかし、それでもルイージは別格だ。エル姉さん、あんたがルイージとやるってんなら俺は止めはしねぇが……」
ゴルドバの忠告に、エルネスティーヌはソルにしなだれかかているルシールに問いかける。
「シー、今の貴女でしたらアルに勝てますか?」
「たい…… アルですか、そうですね、楽勝とまではいかないにしても圧倒することは可能でしょう」
思わず何かを言いかけてエルネスティーヌの問いに答えたルシールに、ソルは念話で話しかけた。
『アルとは誰だ』
『シーシア王国の近衛隊長です』
『そいつは強いのか?』
『ええ、ソル様の加護を頂く前の私でしたら、手も足も出ませんでした』
『そうか……』
『でも、今なら負ける気がしませんし、エルも、ロヴィーサでも恐らく負けはしないでしょう。ですが、アルとルイージが同格だとすれば魔術を使う余裕は無いと考えた方がいいでしょうね』
互いに見つめ合うようにして念話を交わすソルとルシールに、エルネスティーヌはやれやれと首を振った。そして、思い直したように拳を握りしめると、その意気込みを宣言するかのように言い放った。
「ルイージの討伐はわたくしに任せていただきますわ。ロヴィーサとシーは取り巻き共をお願いします。ソルは…… 高みの見物でもしていて下さいな」
「……分かりました。エル様」
少し考えて了承したロヴィーサは、ランクDの自分が上位ランクの相手をすることに自信が無いのだろうか、覇気が感じられない。ルシールはそんな彼女を見て、優しく諭すように言い聞かせる。
「ロヴィーサ、貴女はソル様の加護を得ているのです。たかが傭兵のランクAごとき貴女の敵ではありませんよ」
その言葉に、ソルも同意を示すように微笑みながら頷いた。そして、ロヴィーサは顔を赤らめながらも力強く頷き返す。
「あ、ああー、お取り込み中悪いんだが、あんたたちがルイージとその取り巻きの相手をしてくれるってことでいいんだな」
申し訳なさそうに切り出してきたゴルドバに、エルネスティーヌが即答する。
「はじめからそう申しておりますの。わたくしたちが切り込んだら貴方たちは好きになように暴れなさいな」
「ああ、その通りにするつもりだ。だが、本当にいいのか?」
「貴方もしつこいですわね。わたくしが良いといったらいいのです」
「ふっ、分かったよ」
つんと胸を張って腰に両手をあてたエルネスティーヌに、ゴルドバは笑いながら了解の意を示した。
「それでですね、襲撃はいつ掛けますの?」
「姉さんたちさえ良ければ明日の夜にでも乗り込む予定だ」
「そうですか、で、場所はどこですの?」
ゴルドバによるとアールマージの本拠はこの森を南に歩いて半日、森の中の小山を回り込んだ先に砦を築いて、そこを根城にしているらしい。明日の早朝に出発して砦の近くで一旦休み、敵が寝静まった深夜に襲撃を掛ける予定であるとの事であった。
「今日はもう遅い。寝床はここを使ってくれて構わねぇからしっかり休んでくれ。明日は出発前に起こししに来る」
そう言うとゴルドバは部屋から出て行ったのだった。
明けて早朝、ゴルドバに起こされたソルたちは簡単な朝食を用意してもらうと、それを掻き込んでアールマージの根城へと森へ入った。ゴルドバが用意した兵隊は屈強な男たちが五〇名ほどである。数的にはルイージの抱える兵隊二〇〇名に及ばないが、戦力的には互角であると豪語していた。ルイージとそのその取り巻きを考えなければという条件が付いたが。
森に入ってすぐ、ゴルドバは五名の斥候を先行させる。黒づくめの衣装に身を纏った斥候たちは、ゴルドバの命に頷くと、無言で音もなく森の中へと消えていった。
「ずいぶんと訓練された兵のようですわね」
「エル姉さんにそう言ってもらえるとは心強ぇ。あいつらは俺が手塩にかけて育てた部隊だ。人数は少ねぇが、デポール一の精鋭部隊だ」
先頭を歩くゴルドバは前を向いたままそう言って歩を森の奥へと進めた。
デポールを出て森の中を歩くこと半日、陽は既に真上に上がっているはずであるが、森の奥深くに入り込んでいるせいか、木々の枝葉に遮られ、太陽を見ることができない。ゴルドバの話からすると、もうそろそろ目的地に到着するころである。そんなことをソルが考えていると、突如上から黒装束の男が一人飛び降りてきた。
「ゴルドバ様、左前方に砦を確認しました」
ゴルドバは黒装束の男に砦の監視を言いつけると、振り返ってこの辺りで様子を見ながら夜になるのを待つと言ってきた。黒装束の斥候が指示した方向は、左手に枝葉に遮られて頂を見ることは出来ないが、斜面になっており、ゴルドバが言っていた小山の斜面であろうという事は分かる。その斜面から飛び出るよう突き出した大岩の陰に、ゴルドバは兵たちを待機させ、ソルたち一行は少し離れた所にある巨木の根の間で襲撃までの時間を潰すことにした。ゴルドバは兵たちと共に岩陰に隠れている。
「半日ここで大人しくしているのか…… 退屈だな」
「ソル様、昼食を用意してあります」
ルシールのその一言で詰まらなそうにしていたソルの機嫌がなおった。さすがにここで調理することははばかられると予想したのか、差し出された昼食は水と干し肉のみであったが、それでもソルは嬉しそうにそれを受け取ると、時間をかけてゆっくりと干し肉を咀嚼している。
昼食を摂り終えたソルたちは、やることが無いので座り込んで目をつぶり、仮眠をとることにした。さすがにルシールもこの時ばかりはソルに甘えようとはせず、一人で座って時を過ごした。そして、辺りが暗闇に包まれ、さらに時を経て深夜になったころガサゴソという小さな音と共にゴルドバが根の上から顔を出した。
「エル姉さん、そろそろ時間だ。準備はいいか」
「待ちくたびれておりましたの。いつでもいいですわよ」
全く光が無い真っ暗闇の中でのやり取りであったが、エルネスティーヌはソルたちの顔が見えているかのように全員を見て、それに各人が頷いたのを確認したかのようにゴルドバに了解の意を示したのであった。
「では、作戦通り、まずは俺たちが砦の門をこじ開ける。そしたらエル姉さんたちは中に突入してくれ。雑魚は俺たちで何とかするからルイージとその取り巻きを頼む」
ゴルドバはそう言うと兵を引き連れて音を立てないように闇の中へと消えていった。そして、ソルたちもその後に続く。しばらく歩くと森が開け、そこには三mほどの石垣とその中央に木でできた門が現れた。門の前にはかがり火が焚かれ、二人の監視役があくびををしている。
「かかれ!」
ゴルドバの合図と共に黒装束の舞台を先頭に兵たちが門へと殺到する。それに気付いた監視役は、驚愕を浮かべて槍を構え迎え撃とうとするが、反撃もできずに黒装束の男たちに切り捨てられた。蹴破るように開け放たれた門へと兵たちが突入し、ゴルドバもそれに続く。そして、門の所でソルたちに手招きの合図を送ってきた。
「いきますわよ」
エルネスティーヌがゴルドバの合図と共に走り出し、ルシールとロヴィーサも彼女に続く。そしてソルはその後を追うようにゆっくりとした歩調で歩き出したのであった。




