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第二十九話:圧倒

「剣を納めろ」


 そう背後から声をかけた男は、身の丈二メートルを超えそうな大男であり、しかも、嫌味にならないほどの程よい筋肉質な体格で、その整った顔つきは、引き締まった体格と見事に調和していた。そして、剣を構えていた男たちは、ゴルドバを見ると青ざめた表情で剣を納めたのだった。


「丸腰の女に剣を向けるとは情けネェ奴らだ。しかもなんだぁ、二人も伸されやがって」


 エルネスティーヌは胸をそらし腕を組んで大男を見ると、ふてぶてしい笑みを作った。そして、大男の方に歩み寄るとその顔を見上げ、挑発ともとれる行動に出る。ソルは、面白くなってきたな、と、彼女の行動を静観することにした。


「あら、何者か知りませんけど、わたくしの楽しみを邪魔しようと仰る」

「威勢のいい姉ちゃんだ。そこの二人はお前がやったのか?」

「わたくしはこの集落の長に話があると、案内してもらおうと思いましたの。ところが、案内していただけるどころか、嘗めた態度で襲いかかられましてね。ですから、身の程を教えて差し上げただけですの。まぁ、もともと暇しておりましたから、楽しい余興ができて面白くなってきたところでしたのに」

「俺がここの長をやっているゴルドバだ。しかし、大した自信に腕前のようだが、自分の力を見誤ると痛い目を見ることになる」

「ふぅーん、貴方が…… 腕には自信がおありのようですわね」

「おいおい、俺とやろうってのか? 嘗められたもんだ」


 ゴルドバの表情が呆れ顔から獲物を狙う猛獣のようなものへと変わった。そして、ゴルドバから放たれる殺気が急激に高まって行くと、それを感じ取ったようで、エルネスティーヌは組んでいた腕を下ろし後方へ飛び退り、距離をとった。


「ほぉ、いい動きをする。こいつらじゃ手も足も出なかったことだろうな」

「なかなか楽しめそうですわね。ソル、手出しは無用ですわよ」


 ゴルドバは咄嗟に後方へ下がったエルネスティーヌの動きを見て、感心しているようだった。そしてエルネスティーヌは視線をゴルドバから外すことなくそう言うと、一足飛びに間合いを詰めた。そして、ゴルドバの顔面へと右回し蹴りを放つ。が、それはあっさりと左腕で防がれてしまった。しかも、飛び上がっていたエルネスティーヌの腹部にはゴルドバの拳が突き刺さっている。


「――コフッ!」


 くの字に体を折った状態で吹き飛ばされたエルネスティーヌは、空中で姿勢を整えると、しゃがんだ状態で後方に滑りながら、ズザザザッと土煙を巻き上げて停止し、左手で腹を押さえてゴルドバを睨みつけた。そして、目を細め口の端を吊り上げて何事もなかったように立ち上がる。


「あなたの仰る通りですわね。少々嘗めすぎていたようですわ」

「おいおい、今ので効いてないのか。手ごたえはあったはずだが」


 ソルはエルネスティーヌが拳を受ける瞬間、彼女が腹部に神気を集中させていたことに気がついていた。そして神気のコントロールはまだまだ甘いが、ゴルドバの拳圧を十分に吸収できていた。ゴルドバは何事もなく立ち上がったエルネスティーヌを見て、驚いているようだったが、その顔はやけに嬉しそうでもある。


「次は本気で来い」

「そうさせていただきますわッ!」


 今まで自然体で突っ立っていたゴルドバは、そう言ってファイティングポーズをとる。それを見て、エルネスティーヌは地に足をつけ、つまり、飛び掛からずに走り寄って一瞬で間合いを詰めると、拳に蹴りを織り交ぜた攻撃を仕掛けた。その攻撃は、流れるように美しく、隙がない。が、しかし、ゴルドバはエルネスティーヌの攻撃を受け、払い、躱し、カウンター気味の反撃まで放っている。その攻防はほとんど互角に見えた。


 互いの拳と拳が交錯し、しかし、クリーンヒットは一発もない。なおも譲ることなく殺気のこもった拳を突きだし、一撃必殺の蹴りを叩き込もうとする両者。しかし、その攻撃は寸でのところで躱し、躱され、その演舞にも似た激しく、しかし美しい戦いは、次第に速度を増し、激しさを増していった。ソルたちを取り囲んでいた男たちは、激しさを増し、しかし華麗とも見える二人の戦いに、下顎を外さんばかりに口をあけ、目を見開いて驚愕している。そして、騒ぎを聞きつけた村中の男たちがわらわらと見物に集まってきた。


 そして大勢の観衆が見守る中、そのいつまでも続くように思えた戦いは、次第にではあるが、攻防が明確に別れていった。まるで疲れを知らないように上がり続けるエルネスティーヌの拳速。これは、戦いの中で彼女が徐々に神力の扱いに慣れてきている証拠であった。事実、ソルはエルネスティーヌの体を流れる神気の応答速度が徐々に上がっていることを確認している。そんな彼女の攻撃についてくるゴルドバの身体能力も大したものだが、身体強化も使えない生身のままでは限界が来たようだ。ついに今までは躱せていた拳打がゴルドバの顎に命中する。そして、その衝撃は凄まじかったようで、ゴルドバは糸が切れたようにその場に崩れ落ちたのだった。


「クッ! ついに喰らっちまったか。だがしかし、この程度で俺を倒せると思うな」


 そう言って首を二三度振り、ゴルドバは立ち上がろうとした。が、着いていた両手を地から離した途端、立ち上がろうとする彼の意識とは裏腹に、後ろに崩れ落ち、ゴルドバは尻餅を突いた。それでも、何度も何度も立ち上がろうとするゴルドバであったが、全く足に力が入らないようで、それは叶わず、両手両膝を地に着いた四つん這いの状態で顔を上げると、エルネスティーヌを睨みつけたのだった。戦いの一部始終を見ていた観衆の中からは「信じられネェ」とか「あのゴルドバさんが……」とか「強ぇ」とかいろいろと驚きの声が上がっている。そして、ゴルドバは観念したようにエルネスティーヌから視線を外すと、その口を開いた。


「俺の負けか。これほど効くパンチをもらったのは初めてだ」

「貴方の方こそ、鋭い攻撃でしたわ。まだ十分とは言えませんが楽しめたのは確かです」


 負けを認め、まだ足に力が入らないのだろう、立つことをあきらめたように、ゴルドバはその場に胡坐をかいた。そして、思い出したように来訪の目的を聞いてきた。


「そういえば、俺に聞きたいことがあると言っていたな」

「ようやく話を聞く気になりましたか。まぁいいですわ、いえね、わたくしたちここからは西になりますが、荒地で一夜を明かそうとした時に夜盗に襲われましたの。もちろん返り討ちにしましたが、討ち漏らした数名の後をつけたところ、ここに逃げ込んだのを確認しましてね。どうせだから、拠点にいる夜盗もろとも討ち滅ぼそうと考えましてね、来てみたのはいいのですが…… 驚いたことに集落があるではありませんか。しかも、年寄りや女子供もいるとなっては、さすがに討ち滅ぼすわけにはいかなくなりましてね。さてどうしようかと困っておりましたのよ」


 エルネスティーヌに来訪の目的を聞いたゴルドバは、未だにソルたちを取り囲む位置で、信じられないものを見たかのように、驚き戸惑っている男たちを睨みつける。そして、怒気のこもった声で言い放った。


「この女たちを襲ったのはテメェらか?」


 男たちは、自分ではないと言わんばかりに、恐怖にひきつった顔でブンブンと首を横に振った。そう、一人を除いて。そして、首を振らなかった男は、その場から一目散に森の中へと走り去った。


「おい、テメェら、今逃げたやつを追え。抵抗するようなら殺しても構わん」


 ゴルドバにそう命じられた男たちは、何故だかわからないが、助かったとばかりに表情を明るくして逃げた男を追いかけていった。


「全く、しょうがネェ奴らだ。済まなかったな。あいつ、今逃げやがった奴だが、新入りでな。確か十人くらいのグループだったが、数日前にこの村に来た。まぁ、ここはどの国にも所属してネェから村というのは少しばかり違うかもしれネェが、俺たちはここで作物を育て、森で狩りをして生計を立てている。最近じゃぁ余った食料を売りに出たりもしてるんだぜ」

「では、この村は夜盗の拠点ではありませんのね?」

「ああ、確かにこの近辺といってもかなり広いが、ここらには夜盗がごろごろ居やがる。だが、俺たちは、この村に住む者は、元夜盗だった者もいるが、今は足を洗って全うに働いている。恐らくはだが、この村のルールを理解していない新入りが、功を焦ってかどうか知らんがお前たちを襲ったんだろう。なに、新入りの顔は分かっている。煮るなり焼くなり好きにしろ」


 ゴルドバの意思を聞いたエルネスティーヌは、伺うような目でソルたちを見た。しかし、ソルは視線に「好きにしろ」という神気を込め、ルシールもロヴィーサも頷いていた。そして、エルネスティーヌは分かったと頷き話しはじめた。


「もう、気が済みましたわ。彼らの処分は貴方にお任せします」

「そうか、ならば俺が焼きを入れておこう…… ところで、姉さん。すまねぇが名前を聞かせてくれ。それから、姉さんがこの中では一番強ぇのか?」

「姉さんとは何ですか、わたくしには貴方のような弟はおりませんの。それから、わたくしの名はエル・トゥレイス。名前からお分かりでしょうが、わたくしの本業は魔術師ですの。ですから、剣技や体術だけなら私の実力はこの中で一番下ですわ。魔術も含めた総合力ならそこのソルについで二番目を自負しておりますが」

「なッ! エル姉さん、あんたが一番弱ぇだと。そんなことが信じられるか!」


 驚き、逆上しかけているゴルドバに、ルシールが見下すように冷たく言い放つ。


「まったく、弱い奴ほどよく吠えるといいますが、私たちやソル様の実力も見抜けないとは。はっきり言いますが、この中で最もお強いのはソル様です。私たちとは次元が違います。そして、剣技、体術に関してはエルが言うとおり。私が二番目でそこにいるロヴィーサが三番目です。魔術に関しては私たち全員が使えますが、次元の違うソル様を除けばエルが一番です」


 ルシールの刺し殺すような眼光と無碍もない言葉を浴びて、ゴルドバは言葉を無くしていた。しかし、思うところがあったのか、意を決したようにエルネスティーヌの前に跪くと、頭を垂れた。


「エル姉さん、あんたらに頼みてぇことがある。この村に残って俺たちに力を貸してくれねぇか。もちろん、只でとは言わねぇ。多くは無いが金なら用意する」


 粗暴な感じを受けていたゴルドバの突然の変わり身、というか懇願に、エルネスティーヌは目を丸くしていた。が、どうしましょうかといった感じでソルに視線を移すと、ソルがこの村に来てはじめて口を開いたのだった。


「内容によるが、面白そうなら話に乗ってやる。話せ」


 おずおずとソルを見上げたゴルドバは、このまま外で話を続けるのは申し訳ないからと、ソルたちを自分の家に案内した。そして、酒と食べ物を用意すると、それを見て突然目を輝かせ、がっつき始めたソルを横目に、呆れるよりも安心したように依頼内容を話しはじめたのだった。


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