表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

第二十七話:瞬殺

 炎に照らしだされた男は五人、それ以外にも数名の気配をソルは感じ取った。同じ布に包まっているルシールは既に神気を練り始めている。エルネスティーヌとロヴィーサも同じく神気を練っているのがソルには分かった。しかし、一日(いちじつ)の長があったようで、エルネスティーヌとロヴィーサに先んじて布から這い出たのはルシールであった。


「ひょう! いい女じゃねえか、しかもアレの最中だったか? 邪魔して悪いが続きは俺が引き受けるぜ」


 剣を片手に中央に立つ男が布から出たルシールのはだけた恰好を見て下品なセリフを吐いた。そして未だ布に包まり座っているソルを見て挑発してきた。が、ソルは手を出さないと既に決めている。何と言われようが動じることは無い。


「おうおう、兄ちゃん。ビビっちまったか? 怖ぇならそこで大人しく姉ちゃんが喘ぐ所でも見てるんだッ――!」


 怒りの、目の座った表情でゆらゆらと立ち上がったルシールがふっと消えたと思った次の瞬間、短めの片手剣で手のひらを打ちながらソルを挑発していた男の首が宙に舞った。神気を練り上げたルシールが手刀で切り飛ばしたのだが、その速度があまりにも早かったため、男は何も反応できないままに首を飛ばされたようにソルには見えた。


「ソル様を侮辱した罪、私の楽しみを邪魔した罪、万死に値します。残りの貴女方も同罪です、覚悟なさい」


 その言葉と同時に首を飛ばされた男がどさりと崩れ落ち、手刀についた血を振り払うルシールの姿が炎に照らされて揺らめいている。そして、エルネスティーヌとロヴィーサが神気を練り終えたようで、包まっていた布から這い出て立ち上がった。目の前で仲間を丸腰の女一人に瞬殺された賊たちは、動きを止め一様に目を見開いている。


「先を越されてしまいましたわ。これからはわたくしが主役ですの。シーもロヴィーサもそこで見ていてくださいな」

「いえいえ、ここは傭兵である私の出番です。エル様もシー様も手出し無用です」

「貴女たちこそ大人しく見学なさっても構いませんのよ。ソル様に授かったこの力、一番使い込んでいるのは私なのですから」


 エルネスティーヌもロヴィーサも、そしてルシールも殺る気満々であり、互いに譲る気はないようである。そして、襲ってきた男たちはといえば、仲間が瞬殺されたことに最初は驚いていたのだが、そんな事はまるで無かったかのように、今ではニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていいる。それは、エルネスティーヌとロヴィーサが包まっていた布を剥ぎ取り、顔を出したためだろう。その顔を見るやどよめきにも似た声を発し、引きつり驚いていたその顔は獲物が増えたと言わんばかりの歓喜に満ちた表情へと変わったのであった。


「ハハハッ、三人ともいい女じゃねぇか! いいかぁ、野郎以外は殺すなよ」

「そんなことは分かってら、生きたまま持ち帰りゃゴルドバ様にご褒美貰えそうじゃねぇか」


 そう言った男たちはエルネスティーヌたち三人が武器を持っていない事に気を抜いたのか、それとも彼女たちを()めてかかっているのか、手にしていた剣を地に突き刺すと、我先にと欲望むき出しの顔で襲いかかってきた。今しがた仲間がルシールに素手で惨殺されたことをもう忘れてしまったのだろうか、それとも己の欲望に正直に従っているだけなのであろうか、ソルはこの男たちの浅はかさに呆れたのだった。そして、男たちの一人が言った「ゴルドバ様」という言葉から、恐らくこの辺りの盗賊をまとめる男がいるのだろうと考え、彼女たちに神気による念を飛ばした。「最低一人は生きたまま逃がせ」と。


 そして、ルシールたちに襲いかかってきた四人の男たちはいとも容易(たやす)くその命を落とすことになる。ある者は手刀で首を落とされ、ある者は蹴り飛ばされて岩の染みになり、ある者は首をねじり折られ、ある者は拳で顔を爆散させられていた。結局エルネスティーヌが二人、ロヴィーサが一人、ルシールが二人を亡き者にし、その後は闇に潜む男達が逃げ出したこともあり、それを追うことは無かった。


「何でございましょう、手ごたえが無さ過ぎですの。これでは腕試しにもなりませんわ」


「エル様、傭兵として戦いの中に身を置いてきた私ですが、以前より格段に、いえ、圧倒的に強くなっていると実感できましたわ。賊たちの動きが遅すぎるように感じたのも、ほとんど力を出さずに勝負が決まったのも、全て私たちが強くなったからに他なりません」

「そう、ロヴィーサの言うとおりですわよ。ソル様から授かった力、それは加護の無い者が抗えるものではありません」


 血に濡れた両の手のひらをまじまじと見つめているロヴィーサは、ソルに与えられた加護の力を今も実感しているようだった。ルシールはそんな彼女を恋敵であることを忘れたように、優しく、そして嬉しそうに見ている。きっと、ソルの加護の力を賛辞したことが嬉しくてたまらないのだ。


「確かにそうですわね。ロヴィーサの言うとおりなのでしょう。神気を体に巡らせている今、湧き上がるように感じるこの力、羽のように軽いこの体、どれもこれも今までに感じたことのない新しい力なのですね」


 エルネスティーヌはロヴィーサに言われたことを自分なりに咀嚼して理解したのだろう。少し間をを置いてそう言ったのだった。


「ところでソル様、逃がした賊どもはあれでよかったのですか?」


 そう言ってルシールはソルの所に歩み寄り、共に布に包まってしまった。ソルはそんなルシールの頭をよいよしと言葉には出さないが撫でている。そんな二人を見てエルネスティーヌはやれやれと自分の布に再び包まり、ロヴィーサは少し悔しそうに自分の布に入った。


「今、賊どもを追跡している。奴らの戻るところを突き止めればお前たちも存分に腕をふるえるだろうからな」


 ソルは少し離れたところにいるエルネスティーヌとロヴィーサにも聞こえるようにそう話して周囲に結界を張ると、ルシールを可愛がりはじめる。再びルシールの嬌声を聞く羽目になったエルネスティーヌとロヴィーサは、完全に布の中に入り込んでしまった。


 翌朝、もぞもぞと布から這い出してきたロヴィーサが消えかかった焚火に、その辺に落ちている小枝などを加えて火勢を取り戻すと、転がっている賊の死体を少し離れたところに集めて戻ってきた。そして荷物の中から鍋を取り出すと、朝食の準備を始めている。彼女はどうやら自分の立ち位置を既に理解し、それを受け入れているようである。


 ぐつぐつとスープを作る鍋から美味そうな匂いが湯気と共に立ち込めていた。その匂いで目をこすりながら起きだしてきたエルネスティーヌとルシールは、まだ眠いのだろうか二人とも大きなあくびをして互いに顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出した。つられてロヴィーサも笑っている。ソルはそんな女たちをよそに、荷物からカップを取り出すと自分でよそって食べ始めた。


「本当にソルは食べ物に目がないのですわね。そんなにがっつかなくてもいいでしょうに」


 いつもの呆れ顔でエルネスティーヌはソルをたしなめるが、その顔は何か微笑ましいものを見ているようであった。エルネスティーヌは荷物からパン出して全員に配り、皆で朝食を楽しんだ。そして、気がついたようにルシールがソルに聞いてきた。


「そう言えばソル様、昨夜逃がした賊どもはどうなりました?」


 ソルは残ったパンを口に放り込むと、スープを流し込み、もぐもぐと咀嚼しながら答える。


「居所なら掴めたぞ。ここからかなり南に行ったところだ。奴ら馬で移動しているようだ」

「南ですか…… となると凶暴な獣と出くわす可能性が高いですね」


 少し考えてそう答えたロヴィーサによると、緩衝地帯アルサイキヨークスの南方には密林があり、そこには凶悪な獣が生息しているという事であった。傭兵としてギルドに加入しているロヴィーサにはハンターの知り合いも多いらしく、緩衝地帯アルサイキヨークスの草原地帯や南方の密林が腕に自信があるハンターたちにとっての絶好の狩場だとも言っていた。


「奴ら賊どもを殲滅でもするつもりなのか?」

「ここ数年ですが、それまでは緩衝地帯を抜けようとする旅人や商人たちだけを襲っていた賊たちが、シーシア王国に入り込んで出稼ぎをするようになりましたの。出稼ぎと言っても盗みや強盗、人さらいとかですけどね。ですけど、殲滅まではする必要はないと思いますわ、女子供もいるでしょうから」

「そういうことか、ならば賊どもをまとめている者たちを標的にするわけだな」


 朝食を済ませたソルたちは、進路を南に取り馬を走らせた。しばらくごろごろとした岩が転がる荒地を進むと、次第に緑が目立ち始める。それと同時に群れた獣やそれを追うハンターだろうか数人の男たちを見かけたが、一行はそれに構わず南下を続けた。そして太陽が頭上に差し掛かる頃には、辺りの景色は見渡す限りの草原へと変わった。一旦馬を止めて休憩がてらの昼食をとり、再び馬を走らせる。次第に草原に生える草の丈が長くなり、獣道にも拘らず馬が走りにくそうにしていると感じ始めたころ、正面に濃緑の森林が見えてきた。夕方にはまだ間があるが、密林に入って夜になると面倒なので、ここで一夜を明かすことになった。


 森へと通じる獣道から逸れて背の高い草に馬を隠し、円形に草を刈り取って火を起こした。刈り取った草を馬たちの前に積み上げると、馬たちはそれを()み始める。とても全ては食えないだろうが、馬たちにとっては久しぶりの新鮮かつ十分な食料であろう。陽が沈み、夕食を終えたソルは女たちに断ることなく結界を張った。


「結界など張る必要がありまして?」


 すかさず突っ込んできたエルネスティーヌに、ソルはさも当然と言わんばかりに自己主張する。


「今夜は誰にも邪魔されたくない。だから結界を張った」


 呆れ顔のエルネスティーヌを尻目にルシールは頬を赤らめる。そしてロヴィーサはさっさと布を持って、結界の中ではあるが藪の中へと姿をくらました。結局エルネスティーヌもそれに(なら)い、ソルはルシールと共に布に包まって熱い一夜を過ごしたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ