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第二十三話:過失

 シチートリアの統治者であった魔人ヨアクーダを消滅させたソルは、金山の経営者であるセシリアの家に転移し、護衛をさせていたルシールを回収して宿屋へと戻った。その際、ソルはセシリアの祖母であるセラフィーナに「この世での生を(まっと)うしたら神界に行け、そして最も美しかったころの姿で俺を待っていろ」と言い残したのだった。


 宿の部屋へと戻り、エルネスティーヌに今後の予定を聞くと「予定などありませんの」と、そっけない返事が返ってきた。なんでも、ヨアクーダの一件がこれほど早く解決するとは考えていなかったようで、宿代も取り敢えずということで一〇日分ほど支払ってあるそうだ。シチートリアに到着して一日も経たないうちにヨアクーダを処分してしまったため、少なくとも残り九日分の予定が丸々キャンセルされたようなものであった。


 宿泊の予約をキャンセルして旅を再開してもいいのであるが、せっかくシーシア王国第二の規模を誇る都市シチートリアへ来ているのだから、これからのことはゆっくり考えることにして、観光でもしますか、ということになった。そして、今日はもう日も暮れているので、夕食をとって一泊することになったのだが、当然ダーヴィドの部屋などとってはいない。ソルはルシールとベッドを共にすることが決まっているので、ダーヴィドがこの宿に泊まるのであれば、新しく部屋を借りるか、エルネスティーヌと相部屋になるのであるが、エルネスティーヌはそのどちらも嫌がっていた。


「相部屋など言語道断、貴方のために使うお金などありませんの」

「まぁ、なんて小憎らしい小娘ですこと、貴女と相部屋など(わたくし)のほうから願い下げしますわ。それに、お金なんて恵んでもらう必要はありません」

 

 互いの額をこすり合わせるようにいがみ合うダーヴィドとエルネスティーヌに、ソルは「その辺にしておけ」と釘を刺した。いつもは、エルネスティーヌがソルに対して行動の自制を(うなが)しているのであるが、ダーヴィドの言動に対してはソルが主導権を握っているのである。


「ソル様ぁ、私のことは気にしなくてもいいですよ、ペットでも見つけて貢がせますから」


 ダーヴィドはそう言って部屋を出て行ったのであった。そして翌日、ソルはエルネスティーヌとは別行動を取り、ルシールと共にシチートリアの街並みを散策している。エルネスティーヌは朝、別れる際に「お金は貴女が管理しなさい」と言って、ルシールにお金を渡していた。


 特に目的もなく気ままに歩いていたソルであったが、ほとんど無意識に食品街へと足を延ばしていた。ソルの異常に利く嗅覚が、食べ物の匂いを嗅ぎつけ、無意識のうちに匂いがする方角へと歩を進めていたのである。様々な食料品を売る店や、食堂にレストラン、屋台などに目を奪われては、歩み寄り、まだ味わったことのない食べ物を見つけては、ルシールに頼んで買ってもらう。そして、それを食しながらまた別の店へと歩を進める。


 初めのうちはルシールもソルに付き合って、同じものを食べていたのだが、正午を過ぎたあたりで「もうお腹一杯です」と限界を迎えたようだった。


「そうか、俺はまだ食い足りない。この街は食い物の宝庫だ、もう少し付き合ってもらっていいか?」

「ええ、ソル様のお好きになさってください。私はもう食べられませんが、こんなに楽しそうにしているソル様を見られて幸せです」


 などといちゃつきながら、買い食いを続けるソルなのであった。ソルはその後も延々と買い食いを続け、気がつけば、いつの間にか夕刻になっており、宿へと戻ることになった。


「ソル様、もうお金がほとんど残っていません。このままではエルに何と言われるか……」


「シー、お前が気にする必要はないぞ。エルが怒りっぽいのには慣れている。俺が怒られれば済む話さ」


 エルネスティーヌにお小言を言われ続けているソルは、買い食いのし過ぎで怒られることなど全く気にしてはいなかった。まだ残りのお金があるなどと嘘をついてその場を凌ぐよりも、素直に怒られてまたお金を貰おうと、ソルは考えていた。


 宿で先に戻っていたエルネスティーヌと合流したソルは、予想通りこっ酷く彼女のお小言を貰うことになったが、一応反省する素振(そぶ)りを見せて「次はもう少し買い食いを控えるから」と言って、お金をせびっていた。エルネスティーヌは、偽ることなく自分の欲求を口にするソルに、諦めたかのような表情を作り「仕方ありませんわね」と、再度ルシールにお金を分け与えたのであった。


 ソルは翌日も、さらにその翌日もルシールと共に買い食いを続けた。そして、ついに食品街の(おも)だった店を制覇したのであった。そして、陽が傾き始めたころ街の中央付近にある緑豊かな公園の池のほとりで、ソルはルシールとの会話を楽しんでいた。


「これでこの街の主だった食い物はほぼ全て食ったことになるな。実に有意義な時間だった。シー、付き合ってくれてありがとう」

「ソル様は本当に食べ物に目がないですのね」

「食い物は心を豊かにする。俺は女と食い物には(こだわ)るんだ」

「まぁ、ソル様ったら、食べながらでも女を物色するのは続けていらっしゃいましたものね。でも良いんです。ソル様がどれだけ他の女を愛でられようとも、私と一緒にいてさえしてくれれば」

「そういえば、セラフィーナとは仲良くなれたのか?」

「ええ、セラフィーナ様はさすがにお歳を召されているだけあって、私では思いもつかないような素晴らしい考えをお持ちの方でした。それに、私がこの世で生きている間は存分にソル様に愛してもらいなさい、ほかの女に負けないようにと仰っていました。神界に行ったときはいいライバルになりましょうとも言われましたが」

「そうか、そんなことを言っていたかセラフィーナは。シー、俺は気に入った女には等しく愛情を注ぐつもりだ。だからお前も俺の思いに応えてくれ」

「はい、ソル様の思いのままに」


 そして、そんな会話をしているソルに話しかけてくるものがいた。


「ソル様ぁ、熱ーいお話をしているところ申し訳ありませんがー、エルネスティーヌとかいう小娘が探してましたよ」


 そこには、ソルが泊まる部屋を出ていく前とは明らかに違う、煌びやかな赤いドレスを着たダーヴィドが、いかにも金持ちのお坊ちゃまと表現するにふさわしい出で立ちの男三人を従えて立っていた。


「なんだヴィドか、その男どもはどうした?」

「こいつらは私の可愛いペットですのよ」


 ペット呼ばわりされた男三人は、トロンとした目でダーヴィドを見ており、ソルやルシールのことなどまるで目には入っていないようであった。


「ほらね、こうすると喜ぶの」


 ダーヴィドはそう言って一人の男の一物(いちもつ)を、ズボンの上から握りつぶすように鷲掴みにして見せた。


「あぁぁぁぁぁ、主様。幸せにございます。そっ、そのまま握り潰してくださいませッ――」


 男は恍惚の表情を浮かべてそう叫ぶと、絶頂を迎えるように痙攣して白目を剥いた。残り二人の男は、その光景をものすごく羨ましそうな表情で見ている。なぜか、ルシールも同じような表情でダーヴィドに弄ばれる男を見ていたかと思うと、おねだりするような表情でソルを見つめたのだった。


「ヴィド、お前がこの世の男どもに何をしようと構わんが、シーに変なものを見せるのはよせ」

「うふふ、その女もしてもらいたそうですよ、ソル様。まぁ、私もですけどねッ」


 ダーヴィドはそう言ってウィンクすると、絶頂を迎えた男を引きずり、ソルの前からどこかへ去って行ったのだった。


「シー、一旦宿に戻るぞ、エルが待ているかもしれん」


 ソルとルシールが宿に着いたのは、辺りが暗くなった頃であった。そして、宿のロビーにあるソファに座っていたエルネスティーヌがソルを見つけると、スタスタと歩み寄ってくる。


「ソル、それにシー、困ったことになりましたの。ここでは何ですから貴方たちの部屋へ行きますわよ」


 部屋に戻ったソルは、念のために遮音結界を張った。そしてそれを告げると、エルネスティーヌが事の内容を話しはじめる。


「山向こうの荒野でヨアクーダを処分しましたが、そのときヨアクーダの放つ瘴気を浴びて死んだと思っていたサーバッドが魔人化して生きている可能性がありますの――」


 エルネスティーヌによると、ヨアクーダを処分したことを王宮より派遣されている、シチートリアの密偵に報告した際、先日オニコポス村のギルド支部が魔人に襲われたとの事であった。その魔人はギルド支部に保管してあった瘴気石を奪うと、どこかへと消え去ったらしい。生き残ったギルド支部の職員の話によれば、魔人の人相がサーバッドそっくりだったという事である。


「なるほど、そういうことか。あの時サーバッドを消滅させなかったのは俺たちの過失でもあるわけだな」

「まあ、過失とまではいかないでしょうが、わたくしたちが原因を作ったことには間違いありませんわね。わざわざヨアクーダをサーバッドのところまで転移させたのですから」

「ソル様、人が魔人化するのは、長期間にわたって瘴気を浴び続けたときではなかったのですか?」

「そういえば、エルはそのように言っていたな。どうなんだ? エル」

「ええ、シーの言うとおりなのですが、魔人化に関してはまだよく分かっていない事も多いですから…… それに、ヨアクーダが魔力と瘴気という相反する力を使いこなしていたことも、今のわたくしには説明できませんの」

「ここでこれ以上考えても埒が明かないな、よし、俺が奴の居場所を特定してやる」


 そう言ってソルはサーバッドを探し始めた。前回と同じように意識を遥か上空へと飛ばしてサーバッドを探していく、そして、やはりというか前回と同じように難なく居場所を特定することに成功した。


「見つけたぞ、ここから南東へ行った森の中だ。オニコポス村からはずいぶんと離れているな」

「ええ、ここシチートリアを通り越していますわね。ちょうど良いですわ、まだ宿の予約は残っていますが、次の目的地へ向かうついでにサーバッドを処分しましょう」


 こうして、サーバッドと思われる魔人を処分する計画が決まったのであった。

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