閑話四:服従
ソルの力を以ってイマトラ王国軍五万を討ち果たした翌日、トゥルク王国王城の会議部屋では、イマトラ王国国王ダーヴィドが、今後どういう出方をしてくるのか、それにどう対処するのかについて議論がなされていた。イマトラ王国の両隣に在った国は、ダーヴィドに単身王城に乗り込まれ、国王を殺されて、ほとんどの国民は無事であるが、国としては滅ぼされている。しかし、ダーヴィドにどういう心境の変化があったかは分からないが、ここトゥルク王国には単身乗り込もうとせず、自国の軍を使って攻め滅ぼそうとしていた。
ところが、突如としてトゥルク王国に降臨したソルによって、イマトラ王国軍五万の軍勢はことごとく打ち倒されてしまった。自国軍を失ったダーヴィドがどういう手を打ってくるのか? 併合した隣国の軍勢五万を以って再度せめてくるのか、それとも、単身ここまで攻め込んでくるのか。
「なるほど、ダーヴィドがどう出るかによって、こちらの対応も変わるわけだな。アレクシス、間諜からの情報は入っているか?」
「いえ、今の所連絡はありません」
「そうか、仮にだがダーヴィドが単身この城に乗り込んできた場合、お前たちだけで対処できるか?」
「仮にと申されましたが、自国軍が壊滅した今、イマトラの隣国の例を考えても、ダーヴィドは恐らく単身この城に攻め込み、私を殺してトゥルク王国の滅亡を謀るでしょう。恥ずかしい限りですが、そうなれば私の実力では抗うことはできますまい」
「そうならば話は簡単だな。アレクシス、お前は俺のそばを片時も離れるな。言い方は悪いがお前をダーヴィドを釣る餌にするとしよう」
それから何事が起こるでもでもなく数日が過ぎ、イマトラ王国に忍ばせている間諜からの連絡は未だになく、ダーヴィドの動向が掴めないでいた。
「暇だ、暇だ暇だ暇だ。アレクシス、間諜からの連絡はまだ来ないのか?」
「はい、ソル様が葬られた五万の出撃を知らせる連絡を最後に、定期的な連絡も途絶えておりますので、恐らく、見つかって処分されたと考えるべきかと」
それはダーヴィドの襲撃も間諜からの連絡もないまま、王城の最上階でアレクシスと共に、暇な時間を過ごしていたソルの忍耐が限界に達しようとしている、まさにその時だった。
「そ、ソル様! この魔力は」
王城の下部から漂ってくる魔力にアレクシスが驚き反応した、当然ながらソルもそれを感知している。それは、王城の最上階にいても、明らかにその強大さが実感できるほどの異様な圧力を持った魔力だった。その魔力に、アレクシスは驚いているものの、苦しげな表情は見せていない。が、城の下部にいる者たちは、恐らく身動き一つできないでいることだろう。ソルは自分か初めてこの城に来た時に放った神気の圧力と、漂ってくる魔力の圧力を比べてそう判断した。
「ああ、来たようだな。向こうから近づいてきてくれるのならここで待つとしよう」
待ちくたびれて暇を持て余していたソルは、ダーヴィドが発していると思われる魔力に、思わず口の端を吊り上げる。アレクシスはごくりと生唾を飲み、視線は部屋の扉にくぎ付けになった。徐々に近づき大きくなっていく魔力に、ソルは「早く来い」と口には出さないが、父親が買ってくるお土産を待つ子供のように瞳を輝かせる。そしてその瞬間は唐突に訪れた。アレクシスの部屋の扉が蹴破られたように開け放たれる。
「おや、神気が漂っているから魔神マティアスがいるかと思えば人違いのようだ。いや、人違いではないか、この場合神違いとでも言えばいいのか? まぁ、そんなことはどうでもいい。お前が私の兵たちを消し飛ばしてくれたことに変わりはないよなぁ。ゴミ屑のような存在ではあったが、それでも私に忠誠を誓っていたことに変わりはないから敵討ちに来てやったぞ」
現れたのは、発したセリフに不釣合いな美青年であった。薄い紫色のサラサラとした髪に、整った目鼻立ち、髪と同色の瞳は、どちらかといえば柔らかい印象を受ける。服装も鎧姿などではなく、黒いスラックスに白いシャツを着ているだけであった。
しかし、垂れ流している魔力はえげつないほどの濃度であり、現に紫髪の男が部屋に入った瞬間から、アレクシスは脂汗を流して苦しそうにしている。部屋に充満するその魔力が桁違いであることはソルも感じ取っていた。
「お前がダーヴィドか、なるほど親父が俺に丁度いい相手というだけのことはある」
「ふん、私も有名になったものだな、神に名を知られるとは。お前は何者だ? 親父と言ったか、つまりあれか、お前は絶対神か何かか?」
「そこまで分かるか。その通り、俺はイリオスタント世界の創造主ニート・ヨアキム・アマリア・ラ・フィナールが息子、ソル・ニート・フィリア・ラ・フィナールだ」
「絶対神に名のらせて名のり返さんというのも面白いかもしれんが、一応名のっておくか。ダーヴィド・ナーリスヴァーラ・イマトラ、それが私の名だ。そしてお前に戦いを挑む者の名だ」
さすがのダーヴィドも、絶対神であるソルを前にして「挑む」という謙虚な表現を使ってくるあたり、自身の力量を格下と考えているともとれる。そかし、ソルを見据えるその瞳からは恐れなど微塵も感じさせず、何か不敵な、挑発的な色が感じ取れた。ソルはそんなダーヴィドに神気を解放することで答える。そしてダーヴィドも負けじと垂れ流していた魔力の量と圧力を上げてきた。このやり取りにアレクシスが声には出さないが悲鳴を上げるように苦しみ、床に両手両膝をつき、四つん這いの姿勢で耐えている。
「いいだろう、お前の挑戦を受けてやる。せいぜい俺を楽しませろよ」
「よく言う、はじめから私を排除するつもりだったのだろう? だがそんなことはどうでもいい、強くなり過ぎてしまった私はこの世界で生きることに意義を失った。魔神マティアスを誘い出すつもりだったが、絶対神様がお出ましになるとは光栄なことだ。神の力とやらを存分に味あわせてもらおうか」
そう言って、ダーヴィドはさらに魔力の圧力を上げると、王城の最上部を吹き飛ばし天高く空へと飛び上がった。アレクシスの部屋にはもうもうと埃が舞い上がる。その中でソルは上空にいるダーヴィドを見上げていた。そして太陽を背にしたダーヴィドの魔力が一点に集中していくのを感じ取ると、ソルは埃舞うアレクシスの部屋をダーヴィドへと向かって飛翔する。その瞬間、ダーヴィドから王城と大きさがさほど変わらない巨大な光の球がソルに向けて放たれた。ソルはその光の球を右手で打ち払うと、王城の上空で太陽に背を向け見下ろしているダーヴィドと対峙する。
ソルが打ち払った光球は彼方の山を吹き飛ばし、一面に極大の輝きをばら撒くと、その轟音が一拍遅れて聞こえてきた。大気が震え、地上では木々が葉を散らしている。そして、そこからさらに一拍遅れて爆風が駆け抜けていった。
「この程度の攻撃では傷一つ付けられんか、さすがは神、期待通りの存在ではある。が、これはどうかな」
ダーヴィドから感じる魔力の圧力が、先ほどとは比べ物にならないくらい急激に跳ね上がる。そして間髪おかずに、大きさは変わらないが、明らかに輝きを増した直視できないほどの光球がソルを襲った。ソルはその威力を即座に感じ取り、先ほど打ち払った光球が山を一つ吹き飛ばしたことを考えると、今まさに襲いかからんとする光球が地上に当たれば、地形が変化するどころのことでは済まされないと判断した。
「ならば消し潰すまでだ」
ソルは両手を伸ばし、襲い来る光球を素手で受け止める。受け止められ停止した巨大な光球からは太陽フレアのごとく光が迸り、その光景はまさに、太陽とそれを支える巨人を遠くから見ているかのごとく思わせるものだった。
ソルに受け止められ、空中で一旦停止した光球であったが、その押しつぶそうとする圧力は凄まじいものがあった。ソルは光球に押される形で、じりじりと地上へ向けて高度を下げている。しかし、ソルはそんな状況でも焦ってはいなかった。いや、むしろこの状況を楽しんでいた。巨大な光球に押され、高度を下げながらも、ソルは大量の神気を解放すると、そのまま神気で光球を包み込んでしまう。そして絶対的な神力を以って、光球を圧縮し、消しつぶしてしまった。
「俺の手が少し焦げたな、今のはいい攻撃だったぞ、ダヴィード。もっと俺を楽しませろ」
「おいおい、今のを受けてその程度か。それとも傷をつけたことを誇っていいのか?」
ダーヴィドは、手のひらを見て少し焦げたと言い放つソルの様子を見て、呆れたようにそう言ったのだった。
「誇るがいいさ、俺に少しでも傷をつけられたんだ。もう限界なのか? そんなことは無いのだろう?」
ソルは、期待に満ちた瞳で呆れるダーヴィドを見上げる。しかし、ダーヴィドはソルの挑発に乗ってこなかった。
「私ばかり攻撃していては不公平だろう? 神の力とやらを感じさせておくれよ」
ソルはふざけたように挑発を返してきたダーヴィドを見てニヤリと笑みを作ると、その挑発に乗ってみることにした。
「そこまで言うのなら受け切って見せろ」
ダーヴィドが放った一撃目、それと同規模同威力の光球をソルは作り出す。そしてそれを上空のダーヴィドへ向けて放った。しかし、ダーヴィドは迫りくる光球に動じている様子はない。ソルがやったのと同じようにダーヴィドは光球を後方へと払い退けてしまったのだ。ソルはその様子を見て喜色を浮かべる。そしてすぐさま、今度はダーヴィドが放った二撃目と同じ光球を作り出すと、それを放った。
「受け止めろ、そして消し潰してみせろ」
ソルは自分がやったことをダーヴィドに再現して見せろと要求する。しかし、ダーヴィドはその要求には答えなかった。ダーヴィドは光球の中へと飛び込むと、そのまま突き破るように光球から飛び出してきた。そして、ソルへと肉薄する。
「同じことをやってもつまらんよなぁ」
光球を突き破り、凄まじい速度で上空からソルに殴り掛かってきたダーヴィドの右拳に、ソルは同じく右こぶしを合わせた。互いの拳どうしがぶつかり合い、凄まじいまでの衝撃音を伴う衝撃波が辺りを襲う。それを喰らった木々は分断され、地面には鋭利に引き裂かれたような大きな溝ができていた。ソルとダーヴィドはそのまま空中で移動しながらも互いの拳を交わし続けている。初撃ほどの威力は無いが拳がぶつかり合うたびに衝撃波が生まれ、それが地上の木々や大地を削って行った。幸いなことに王城からは離れて森の上空で戦いが行われているために、王城に衝撃波による被害は出ていない。
ソルとダーヴィドの拳による戦いはその後も激しさを増しながらしばらく続いたが、互いに一発の有効打を与えることなく、互いに距離をとることで終息を迎えた。表には出さないが、ソルはこのときかなり体力を消耗していた。対するダーヴィドも肩で息をしており、こちらも相当に体力を消耗しているようである。
「腕力は互角のようだな、ならば本来の力で決着をつけるか、ダーヴィド」
「それもいいだろう、私はお前と戦うことができてもうこの世に未練はない。全力の一撃を見舞ってくれよう」
そういって互いに十分な距離を開けると、ソルは極限までに圧縮した神気を光の球へと変える。対するダーヴィドも、今までにないほどの強烈な濃度を持った魔力を光の球へと変換してきた。そしてそれは互いに向けて放たれ、二つの光球が中央でぶつかり合う。ソルは放った光球へ渾身の神力を送り込み、対するダーヴィドも自分が放った光球に魔力を送り込んでいるようだった。バチバチと音を立てて激しくせめぎ合う二つの光球からは、強烈な閃光が漏れ、辺りは強烈な光に包まれていった。
常人ならば目を開けることも叶わないだろう光が止んで、風景が戻ってきたときには既に決着がついていたのだった。ソルもダーヴィドも互いに空中に浮いてはいるが、五体満足なソルに対して、ダーヴィドの胸から下が消えうせていたのだ。
「なかなかいい勝負だった。ダーヴィドよ、神に在らざる身にてこの俺にここまで力を消耗させたことを誇りに思え」
その言葉を聞いたダーヴィドから、一瞬魔力が漏れ出したかと思うと、瞬く間に消失した体が再生されたのだった。しかし、ソルには分かっていた。もうダーヴィドにほとんど魔力は残っていない。それでもダーヴィドは消耗した様子を見せることなくソルの前まで来ると、空中ではあるが床に片膝をつき、首を垂れる姿勢をとり、すっと息を整えた。
「絶対神の力、この身を以って十分に堪能致しました。そして、感服致しました。ソル・ニート・フィリア・ラ・フィナール様、私めの処遇、どうぞどうぞお好きになさいますようお願い申し上げる」
「ならばお前の命、俺の物としよう。ダーヴィドよ、今よりダーヴィド・ナーリスヴァーラ・ル・ソルと名乗ることを許す」
そう言ってソルはダーヴィドに加護と共に癒しを与え、彼を自分の所有物としたのであった。ダーヴィドはソルの靴へと口づけを落とし、ソルの所有物となることを宣言した。
「我、ダーヴィド・ナーリスヴァーラ・ル・ソルは今この時より、ソル・ニート・フィリア・ラ・フィナール様の所有物としてこの身を捧げることをここに誓おう」
こうして罰ゲームを勝利という形で終わらせたソルは、アレクシスのもとに戻ることなく、ダーヴィドを引き連れて神界へと帰ったのであった。この時ソルは気に入った玩具を手に入れた幼い子供のような顔をしていた。




