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閑話三:虐殺

 トゥルク王国の王城裏手にある広い練武場で、ソルとアレクシスが距離を開け対峙している。アレクシスの側近たちは少し離れたところで横並びに、対峙する二人を見ていた。


「ソル様、本当に宜しいのですね?」

「ああ、構わん。お前の全力を見せてくれ」


 ソルがアレクシスに神気を通わせて観察していると、彼の魔力が次第に膨らんでいくのを感じ取った。アレクシスの体に充満した魔力の濃度が急激に増していき、やがて限界を迎えたのだろうか、外へと溢れ出してきた。そして、アレクシスはソルへと向けて両手を伸ばす。体の中に充満した魔力と外へと溢れ出した魔力が、差し出す両手の先へと集まり、その密度を極限まで高めてゆく。


「灼熱の業火と成りて全ての物を焼きつくせ、獄炎弾!」


 アレクシスの両手の先に集められた超高密度の魔力の塊が、青白く燃え盛る人一人を優に飲み込む大きさの、極高温の火の玉となり、間を置くことなくソルへと向けて放たれた。しかし、ソルは構えをとることもなく無防備に炎に包まれる。外から見れば青白い炎がソルを包み込むと、それはソルを燃やし尽くさんと逆巻く渦を成していった。このときソルは炎の渦の中心で神気を解放し、纏わりつく炎の威力を慎重に計測していた。


 一方、渾身(こんしん)の魔力を込めた魔法を放ったアレクシスは、両手を膝につきながらも炎を見据え、ゼェゼェと荒い息をしている。時間にして数十秒であろうか、ソルを包み込んでいた炎が忽然(こつぜん)と掻き消えると、真っ赤に溶けかかった地に悠然(ゆうぜん)と立つソルの姿が現れた。魔法を放ったアレクシスも離れて見ていた側近たちも、何事もなかったかのように立つソルの姿を見て、目を見開きごくりと生唾を飲んだ。


「ふむ、中々の高温だったがこれで雑兵百人分の威力か。五万人というとこの五百倍程度と考えればいいわけだな」


 実際は五万人が同時に同属性の同じ魔法を、ソルに集中的に放つことなど考えにくいため、威力が単純に五百倍になるという事はあり得ないだろう。敵軍の総攻撃力を良くてその半分程度かとソルは見積もったのである。


「ははは、自信を無くします。いくらソル様が絶対神であるとはいえ、私が渾身の魔力を込めた魔法を受けて、無傷どころか身じろぎひとつなされないとは……」


 アレクシスはそう言って力なく笑った。しかし、常識を逸脱したソルの防御力を実感したのであろう、次の瞬間には希望に満ちた視線をソルへと向けたのであった。


「そう落ち込むな。お前が多少強いとはいえ、普通の魔族ごときがこの俺に傷をつけることなど不可能。この世界に住む者で俺に傷をつけられるとすれば、親父に丁度いい相手と言わしめたダーヴィドくらいだろう」

「ダーヴィドが現れるまでは、イリオスタント世界に敵はいないとまで言われていた私ですが、大きな自惚(うぬぼ)れだったようです。ダーヴィドに攻め込まれ、トゥルク王国の滅亡もやむなしと考えておりましたが、ソル様の実力を見るにつけ、希望が湧いてまいりました」


 イリオスタント世界に住まう魔族の攻撃力を、大雑把にではあるが把握したソルは、五万程度の軍勢ならば対処可能であると判断を下した。ソルはアレクシスらと城の会議部屋に戻ると、数日後に迫ったイマトラ王国軍との戦闘準備をするように指示を出す。そして、気になっていたダーヴィドの実力について聞いたのだった。側近らのほとんどが戦闘準備のために会議部屋から出て行き、残っているのはアレクシスとオルランドだけである。


「ダーヴィドの戦闘能力について聞きたいのだが、どこまで把握しているんだ?」

「申し上げます。正直なところ、奴の実力に関しましては桁が違うとしか表現のしようがございません。間諜の者に探らせた範囲では、溢れ出る魔力だけでも我々とは桁が違うということくらいしか把握しておりません。噂では魔神マティアス様に匹敵する実力があるとかないとか聞き及んでおりますが……」


 オルランドの報告を受けたソルは、ダーヴィドの実力がマティアスに匹敵するという噂に興味を抱いた。マティアスはもともとイリオスタント世界に誕生した魔族であり、ニートに神格を与えられたとソルはマティアス本人から聞き及んでいる。戦闘能力だけでいえば、絶対神としてはまだ幼いソルとマティアスの力が同等であることは、ソル自身が理解していることであった。もし、噂通りにダーヴィドの戦闘能力がマティアスと同等ならば、このゲームは苦戦すること必至である。ソルとしては父親を見返すためにも、絶対に負けられないと考えてはいるが、同時に、もしダーヴィドの力が噂通りであれば、彼を所有したいという欲求が生まれていた。


 翌日、ソルは二万のトゥルク王国軍を引き連れたアレクシスと共に、戦場となるイマトラ王国との国境がある平原へ向けて進軍を開始した。そして二日間の行軍を経て星が瞬く深夜、戦場となる平原へと到着したのだった。絶対神とはいえ、まだ幼く好奇心旺盛なソルは、行軍のあいだ暇を持て余し、乗っている馬を駆って何度も脇道に逸れてみたり、先行しては戻ってみたりと、落ち着きのない行動をとっていた。


「ソル様、布陣が完了しました」

「イマトラ王国軍はいつ来るのだ?」

「明日の昼過ぎか明後日の早朝になると思われます」

「ならば、兵たちに休息をとらせることだ」


 アレクシスに対しソルはそんなことを言ってはいるが、ソルは連れてきた兵たちに戦わせる気などない。乱戦になってしまうと敵兵だけを倒すのが面倒だからである。


 夜が明けて朝陽が顔を出した朝もや漂う平原は静寂に満ち、そこだけを見れば、これから戦いが行われるとは想像し難い。しかし、陽が昇り正午を過ぎたころ、平原の彼方に敵軍の黒く長い壁が出現したのだった。敵の戦力は明らかにトゥルク王国軍を圧倒している。


「ソル様、敵軍が現れました。情報通り五万はいると思われますが、どうなさいますか?」

「ああ、見えている。兵たちにはお前と側近を守る密集形態をとらせろ、決して突出させるなよ。そして最大級の防壁を張れ」


 そう言って、ソルは進軍してくる敵軍へと向けて単身歩き出した。アレクシスに密集形態を指示されたトゥルク王国軍が、敵軍へと歩を進めるソルの後方に密集していく。ソルと密集するトゥルク王国軍との距離が次第に開き、敵であるイマトラ王国軍との距離が狭まっていった。そして、トゥルク王国軍とイマトラ王国軍との中間にソルが位置した時にそれは起こった。


 ソルは敵軍のすべてを視界に収めたところで足を止め、天高く両手をかざす。その先には光り輝く太陽。その太陽から放たれる光が、かざされたソルの両手の先へと瞬く間に収束する。一瞬ではあるが、平原は目も眩む白い光と高温に包まれ、その光はソルを中心とした巨大な円となり、やがてその全てがソルの頭上へと密集した。その瞬間、爆発的な大気の熱膨張により、ソルを中心として圧倒的な爆風が巻き起こる。辺りは全ての光を奪われ、暗黒の世界となっており、何も見えない。しかし、そんなことには構わず、ソルは敵軍めがけて薙ぎ払うように集めた光を解き放った。同時に辺りは陽の光を取り戻し、巨大な扇状の閃光が平原を走る。その閃光が通り過ぎた後には静寂の時間が流れたのだった。


 シンと静まり返ったソルの眼前には、扇状に削り取られた褐色の大地から陽炎が上がり、五万を数えた敵軍の姿は完全に消失してしまった。ソルはそれを確認すると、焼ける大地にくるりと背を向けてトゥルク王国軍陣地へと歩を進める。トゥルク王国軍の兵士たちは、防壁を張ったおかげか大きなダメージは受けていないようである。その証拠に、戻ってきたソルに対して地鳴りのような大歓声を上げたのだった。そして、アレクシスが大歓声を上げる兵たちを掻き分けるようにして、ソルの前に駆け寄ってきた。


「兵士は無事のようだな。ダーヴィドもその側近も現れなかったのは予定外だが」

「ええ、ソル様が言われたとおりに防壁の魔法を張っていたおかげで、あの爆風から身を守ることができました」

「それは良かった」


 実際には爆風で防壁が打ち破られ、少なくない怪我人が出ているとの事であったが、戦で負傷することに比べれば、遥かにましなことだとは、兵たちの無事を確認したオルランドの言である。アレクシスは、ソルがオルランドの報告を受けている間、腕を組んで何かを考えているようであった。そして、オルランドの報告が終わるとその疑問を問うてきた。


「ところで、ソル様はいったい何を成されたのでありますか? 辺りが急激に明るくなったと思いきや、突然暗黒に包まれ、それと同時に強烈な爆風が来たかと思えば、次の瞬間には視界が戻り、目も眩むような閃光が見えましたが」

「なに、簡単なことさ。この地上に降り注ぐ陽の光に指向性を持たせて、それを一点に集め、敵軍に向けて解き放った。それだけのことだ」


 まるで英雄賞でも聞くような期待に満ちた表情で、ソルの話を聞いていたアレクシスであったが、その話の内容を完全には理解できなかったらしい。


「簡単なことだと言われましてもよく理解できませんでしたが、陽の光を集めてそれを敵に放ったということですか。魔力を感じませんでしたから光の魔法とは別物だということですね」

「まぁ、そんなところだ」

「しかし、ただの一撃で五万の敵を打ち倒してしまわれるとは、信じ難いことでありますが、さすがは絶対神様。感服いたしました」


 ソルの力で五万のイマトラ王国軍に勝利したトゥルク王国軍は、一旦王城へと戻ることになった。アレクシスの話では、ダーヴィドの魔力を感じることは無かったということなので、ダーヴィドがどう出てくるのか様子をうかがいつつ、今後の方針をまとめたいらしい。


 イマトラ王国軍に対する初めての勝利に沸き立つトゥルク王国軍の兵士たちを引き連れて、ソルはアレクシスと共に王城へと急いだ。勝利したことによる高揚感のためだろうか、行きは丸二日かかった行軍も、帰りは一日半で済み、翌日の深夜には王城へと帰り着いのだった。


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