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第二十二話:魔人

 気絶したグレゴワールを担いでセシリアの家を出たソルは、街の中央付近にあるというシチートリア騎士隊の本部へと、エルネスティーヌの案内で駆け込んだ。一々説明するための時間を取られることを惜しんだエルネスティーヌは、騎士隊の本部に到着すると、ソルに変装を解かせてシーシア国王女として騎士隊長を呼び出し、グレゴワールが犯した罪状の概略を説明したのだった。「後は尋問するなり好きにしなさい」と騎士隊長に命じたエルネスティーヌは、ソルに再度変装を掛けなおして貰い、それを見て驚いている騎士隊長を置き去りにして、ソルと共に宿屋へと急いだ。


 宿屋へと戻ったソルは、部屋で暇そうに床に寝そべって頬杖をつき、ヨアクーダの映る球状スクリーンを眺めているダーヴィドに問いかけたのだった。エルネスティーヌは問いかけたソルの横でハァハァと息を切らしている。


「事は済んだ。ヴィド、ヨアクーダに動きはあったか?」

「なぁーんにも変化はありませんです。ああやってずーっと本を読んでいますわ」


 ダーヴィドが寝そべる横にある小さなテーブルに、置いてあった水筒を手に取ったエルネスティーヌは、喉をごくごくと鳴らして水を飲むと息を整えた。


「ふぅ、もうヨアクーダを監視する必要はありませんの。重い罪状も判明したことですし、何より魔人を放っておくことなどできませんわ」

「では、奴を始末してしまうのか?」

「ええ、そうしたいところですけど、このまま屋敷に乗り込んで瘴気をばら撒かれたりしたら始末に終えませんわ」

「ならば、奴と共にどこか人のいない荒野にでも転移すればいい」

「そんな事ができますの…… というのは野暮な質問でしたわね。貴方は何でもあり、絶対神の力、見せてもらいましょうか」


 そう言ったエルネスティーヌであったが、ふと、何かを忘れていることに気がつき、しばらくうんうんと唸っていた。そして、ぱぁっと何か(ひらめ)いたような表情をしたかと思えば(おもむろ)にソルの方に振り向いた。


「思い出しましたわ。危うく忘れたままにしてしまう所でした。鉱山に向かう途中で助けた冒険者がいましたわね。グレゴワールの話によるとヨアクーダの部下らしいのですが」

「ああ、たしかサーバッドとかいったか。だが、それがどうした?」

「いえね、彼も斬首は免れぬ身、一々捕縛して騎士隊に突き出すのも面倒ですの。貴方が転移を使えるのでしたら、彼を捕捉してヨアクーダと共に打ち滅ぼしてしまいましょう。貴方のことです、彼を捕捉することくらい容易(たやす)いのでしょう?」


 ソルは「ああ、そんなことは容易いことだ」と言おうと思ったが、エルネスティーヌに機先を制されてしまった。どうやら、ソルの思考パターンは、エルネスティーヌに把握されつつあるようだ。セリフをとられて所在無さげにしているソルを見て、ダーヴィドはクスッと笑みを浮かべた。


「ソル様ぁ、貴方の思考パターンは単純ですからね、行動を共にしていれば考えを読まれるのも当然ですわ」

「まぁ、なんだ、俺の考えが分かっているならそれはそれでいい。とにかくサーバッドを補足すればいいんだな」


 自分の思考パターンを読まれたところで一瞬焦りはしたが、大したことではないと思い直したソルは、以前サーバッドを助けた時のことを思いだして、その時の記憶からサーバッドの現在位置を探り始めた。自意識を一旦シチートリアの遥か上空まで移動させ、そこから地上にいる人間だけを識別していく。常人では考えられないような視力と、建物などの物質を透過できる光を使って凄まじい速度で識別を続けた。そして、すぐに目的の人物、サーバッドを見つけ出すことに成功する。わざわざこんな回りくどい方法を使ったのは、ソルの存在を、神気を感じ取れる人間に悟らせないためである。本来ならば、シーシア国内に神気を張り巡らせれば一瞬で目的を果たすことができるのである。


「見つけたぞ、奴は今ここから遥か東、山脈を越えたところにある荒野を一人で東に向かって歩いている」

「さすがと言いますか、呆れたと言いますか、本当に反則ですわ、あなたの力は。しかしまた、都合がいい場所にいますわね」


 サーバッドの居場所が判明したところで、ヨアクーダを処分するための手順をエルネスティーヌが説明した。まず、転移でヨアクーダの部屋へと移動し、そのままヨアクーダ共にサーバッドの目前に転移する。そして二人をまとめて葬り去る。説明するまでもないような簡単な手順であるが、もし間違ってヨアクーダに瘴気をばら撒かれてはマズいからと、エルネスティーヌは言っていた。


 転移自体はダーヴィドも使えるが、ヨアクーダの瘴気にエルネスティーヌがやられるのもマズいということになり、ダーヴィドがエルネスティーヌを結界で守りつつ、ソルが転移から二人の処分までを行うことになった。


 ダーヴィドは、わざわざソルが手を下すまでもなく、自分がすべてを行う方が合理的だと言っていたが、エルネスティーヌが王女の立場として、シチートリアを統治するヨアクーダの最後を見届けたいと願ったため、それをソルが()んだのであった。ダーヴィドがソル以外の者のために働くのを嫌がっていることを、ソルは感じ取っていたが、ソルはそれを許さなかったのだ。ソルはエルネスティーヌの変装を解き、ヨアクーダのいる部屋へと転移することを告げる。


「では行くぞ、ヴィド、命令だ。エルのことを何があっても守れ」

「仕方ありませんわね、ソル様のご命とあらば……」


 そして、場面は一瞬で切り替わる。濃紺の下地に赤と金の刺しゅうを施した趣味の悪いガウンを纏い、全裸の奴隷と思しき少女に組んだ足を置いて椅子に腰かけ、読書に(ふけ)るヨアクーダの目前にソルたちは出現した。当然神力を使って転移したため、ヨアクーダの張る結界を突き破ったことになる。ヨアクーダは、それを感じ取ったのか、それとも感じ取る前にソルたちが出現したことに驚いたのか、持っていた本をバサリと落として椅子の肘掛けに両手をつき、その素顔が露わになった。オールバックに撫でつけられた黒髪は整髪料でコテコテに固められ、脂ぎっているわけでもなく、しわの無い整った顔つきとの対比がバランスしていない。


「何者だ、どうやって結界を破った」

「侯爵ヨアクーダ・ペンテ・イカーンガ、シーシア王国王女エルネスティーヌ・エクス・メル・シーシアの名において、金鉱山経営権略取未遂、殺人ほう助、奴隷所持の罪で貴方を処分します。言い訳は聞きませんから覚悟しなさい」


 エルネスティーヌの宣言に、一瞬怒りの表情を見せたヨアクーダであったが、ニタリと笑うと特濃の瘴気を体から噴出させた。その瘴気は薄い紫色の霧のように見えることからも、その濃度の高さがうかがえた。が、ソルはそれを確認した瞬間、ヨアクーダとエルネスティーヌ、それに結界を張って彼女を守るダーヴィドと共に、荒野を一人歩くサーバッドの眼前に転移した。


 転移した瞬間、ヨアクーダから噴出した瘴気が振り撒かれる。サーバッドは、眼前にいきなり現れたソルたちに驚く以前に、ヨアクーダによって振り撒かれた特濃の瘴気を浴びて、もがき苦しむように喉をかきむしり、白目をむいて倒れ伏した。


「お前が魔人であることは分かっている。そして、俺には瘴気など効かない」


 立ち上がる以前に突然荒野に移転させられたヨアクーダは、立ち上がろうと体重をかけていた椅子の肘掛けが無くなったために、無様にしりもちをついた。そして、その体からは今も薄紫の瘴気の霧が垂れ流されている。


「瘴気が効かないだと、お前は上級の加護持ちだというのか。しかし、魔人の支配層である私の力をもってすれば、お前ごときゴミ屑同前」


 そう言いながら立ち上がったヨアクーダの体内瘴気濃度と魔力が、共に高まって聞くのをソルは感じ取った。瘴気濃度に関しては以前水の神殿奥の森で打ち滅ぼした瘴気の塊よりも高く、魔力に関しても、全力のエルネスティーヌより高い。


「ふふふふふっ、驚け! 私の本来の魔法士階級はエプタ級(第七階位)、それに支配層の魔人としての能力を合わせれば、その力は神にも匹敵する。私に働いた無礼、死をもって償うがいい」


 ふてぶてしく腕を組んでヨアクーダの口上を聞いていたソルは、それほど言うのならば神にも匹敵すると豪語するヨアクーダの攻撃を受けてみたくなった。


「大した自信だな、それほど言うならその力試してみるがいい。が、出し惜しみはするなよ」

「お前こそ大した自信だ、心配するな、私の全力を以って消し炭に変えてやる」


 このときソルは神気の放出を意図的にかなり抑えていた。それは、自信に満ちたヨアクーダに、少しでも自分が有利な立場にあると誤認させて、全力を出させるためであった。ここでもし、ソルが普通に神気を解放してしまえば、ヨアクーダ程度の実力では、たちまちその動きを封じられ、本来の力を出すことが不可能になってしまうと考えたからである。そして、有利な立場にあると誤認したヨアクーダが、力の出し惜しみをしないように、ソルはさらなる挑発を試みたのであった。


「お前のその、趣味の悪い髪型と顔だけは覚えておいてやる。死にたくないなら今のうちに泣いてわびろ」

「ふん、挑発のつもりだろうが、口だけは達者な奴だ、おおかた私を怒らせて時間稼ぎか隙を見せるのを待っているのだろう? だが私はそんな挑発に乗って油断したりはしない。問答は終わりだ、覚悟せよ」


 ソルは怒らせて全力を出させるつもりだったのだが、ヨアクーダは何を勘違いしたのか別の意味で挑発を受け取り、全力を出してくれるらしい。ソルとしては全力さえ出してくれればそれでいいので、まぁ、勘違いしているようだがそれもいいかと、これ以上挑発しようとは考えなかった。


 先ほどまでで、かなり高まっていたヨアクーダの魔力と瘴気の濃度が、再び上昇を始めたのを感じ取ったソルは、どんな攻撃が来るのかとワクワクした気持ちを抱いていた。そして、ヨアクーダの魔力と瘴気の上昇が止まった。


「我は命ずる。煉獄(れんごく)の炎よ、不浄なる力と混ざりてその本性を顕現せよ、逆巻く渦と成りて焼き尽くせ、獄炎焼!」


 両手を広げて天を仰ぎ見たヨアクーダの左手から濃い紫色の瘴気が、右手からは燃え盛る紅蓮の炎が出現し、頭上で混ざり合いながら渦を巻いていく。そしてその渦は次第に大きくなりながら、回転を増していった。それはまさに、巨大な炎の竜巻であり、灼熱の赤と、不浄の紫が不均一に混ざり合う不気味なものであった。


 天まで届くほど巨大に成長した炎の竜巻がソルを包み込む。轟々と音を立てて燃え盛り、猛り狂う炎の中で、ソルはその威力を吟味していた。が、神力を抑え過ぎていたのか、肌がチリチリと焼ける刺激を覚えた。別に油断していたわけではないが、ヨアクーダが放った炎の竜巻の威力が、ソルの予測を超えていただけである。それでもソルは、その肌が焼ける感覚を楽しんだ。中々の威力ではないかと。


 ソルを覆い尽くしていた炎の竜巻は、やがてその規模を縮小していき、そして霧散するように消え去り、その後には黒こげになったソルが腕を組んだままの状態で立ち尽くしていた。その様子を見ていたダーヴィドが、けたたましい笑い声をあげる。


「ギャハハハッ、そ、ソル様。その恰好、ハハッ、油断しすぎですわよ」


 黒こげになったソルが、目に涙をためて臆面もなく笑い転げるダーヴィドの方に振り向くと、ピキピキと黒焦げの表面にひびが入り、まるで茹で卵の殻をむいたように全裸になったソルが姿を現した。


「ヴィド、あまり下品な笑い方をするな。俺はこれでも楽しんでいるんだ」


 腕を組んだまま大真面目な表情でそう言ったソルであったが、全裸になったことを恥じるでもなく、悠然としているその姿は、どこかシュールな感じを抱かせるものがあった。きっと、エルネスティーヌはこの光景を見てデジャヴを感じているであろう。


「正直、神にも匹敵する力とは到底呼べないが、お前の力が俺の予測を超えたことは確かだ。誇るがいい、ヨアクーダ・ペンテ・イカーンガ」


 相変わらず全裸の状態で腕を組んだまま、ヨアクーダにそう言い放ったソルを見て、ダーヴィドは笑い続けており、エルネスティーヌはやれやれと呆れていた。しかし、攻撃を放ったヨアクーダは眼を見開いて固まっている。


「な、何者だ、お前は。私の全力攻撃をまともに受けてなぜ平然としていられる」

「俺の予測を超えたことに免じて教えてやろう。俺の名はソル・ニート・フィリア・ラ・フィナール、この世を統べる神々の上に立つ存在」


 ヨアクーダはソルの名を聞いた途端、脱力したかのように両膝を地について項垂(うなだ)れた。そして、その表情は絶望感に覆い尽くされていたのだった。


「お前の力は十分に堪能した。俺の手にかかって滅ぼされることを誇りに思え」


 ソルはそう言って項垂れるヨアクーダに向かって火の玉を放った。傍から見ればあまり威力があるようには見えない、ヨアクーダが放った攻撃とは比ぶべきもない弱々しく見える小さな人一人ほどの火の玉であったが、その火の玉がヨアクーダを覆い尽くすと、ヨアクーダの体は火の玉に同化するように溶けていった。ソルが放った火の玉は見た目は弱そうであるが、神気の塊であり、抗える物質などこの世には存在しないものである。


「終わったぞ」


 ダーヴィドとエルネスティーヌのもとに歩み寄ったソルに、エルネスティーヌはぷいと横を向いて羽織っていたローブを脱ぎ渡した。


「少しも成長しておられませんのね貴方は、これでお隠しなさいませ」


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