第二十一話:嫉妬
ソルは、呆気にとられた感じで事の成り行きを見守っていた少女のもとに歩み寄ると、抱きかかえていた老婆を下ろし、託したのだった。
「俺の名はソル・ニート・フィリア・ラ・フィナール、この世を作りし創造主の息子。その女はもう大丈夫だ。お前たちの名は?」
「私の名はセシリア、こちらは祖母のセラフィーナと申します。それに、あなた方とは以前金山の坑道でお会いしましたよね。また助けていただいて本当にありがとうございます」
そう言ってセシリアとセラフィーナは深々と頭を下げた。
「そうか、どこかで見た顔だと思っていたが、まぁ、そんなことはどうでもいい。良い名だ。覚えておこう」
「あ、あの、ソル様。創造主の息子と仰いましたが、貴方様はイースティリア世界を統べる神々の上に立つお方なのでしょうか」
「厳密にはそうではないが、似たようなものだ」
セシリアはそれを聞いて大層驚いたように、ぽかんと開けた口に手を当て目を一瞬見開くと、その場で正座の形をとり、両手と頭を地に伏した。そして、うっとりとソルを見つめていたセラフィーナも同じように伏したのだった。
「顔を上げろ、俺は堅苦しいことは嫌いだ」
そう言われて、困った顔をして二人を見下ろしているソルを見上げたセシリアとセラフィーナは、ソルの表情が和らいだのを見てほっとしていたようだった。のだが、呆れ顔でその様子を見ていたエルネスティーヌは、棘のある言葉でソルをたしなめた。
「あれほど、簡単に素性を明かすなと釘を刺しましたものを、ソル、貴方は何を考えておいでですか」
「なに、気にするな。セラフィーナはシーに次ぐ将来の嫁候補だ。神界に行けるように加護も与えたから俺の正体を知っておいた方がいいだろう。セラフィーナ、お前の寿命はまだあと十数年ある。この世での生を全うしたのち神界へと行け。行き方は分かるはずだ」
ソルはそう言って、嫉妬と不安が混ざり合ったような複雑な表情で男を取り押さえているルシールのもとへ歩み寄ると、彼女の頭を撫でたのだった。
「シー、そんな顔をするな。お前のことを愛おしく思う気持ちに変わりは無い」
「はいはい、貴方の言いたいことは分かりましたわ。でも、今はそんな事よりもこの男から色々と聞きださねばなりませんの。グレゴワール、まさかギルドの支部長である貴方がこんなことをするとは想像もできませんでしたわ。どういうことか説明して頂きますわよ」
エルネスティーヌはルシールに取り押さえられている男に視線を移すと、睨みつけるように言い放った。そしてルシールは、下を向く男の頭髪を掴み、強制的にエルネスティーヌの方へとグレゴワールの顔を向けたのだった。
「わ、わしは何という事をしてしまったのだ……」
グレゴワールはそう言うと、何かに憑かれたようにあわあわと口を動かすも、何も話さなくなってしまった。その目は虚ろに宙を彷徨い、焦点が定まってはいなかった。
「ダメですわね、気がふれてしまったようですわ」
「どれ、強制的に喋らせてやろう」
ソルはグレゴワールを催眠状態にすると、彼の持つ記憶を、問いかけに応じてその口から喋らせる。
「最初の質問だ。お前はなぜセシリアを襲った」
ソルの質問に、グレゴワールは抑揚のない一本調子の低い声で語り始めた。
「ヨアクーダ様に命じられました」
「なぜセシリアを殺す必要がありましたの?」
「金山の経営権を手に入れるため」
その後は、エルネスティーヌがグレゴワールの持つ記憶を要領よく聞き出していった。はじめのうちはソルも質問をしていたのだが、質問自体があまり要領を得ないものとなっていたために、かえって場を混乱させることが多く、エルネスティーヌが質問の主導権をとる形になる。そして、グレゴワールの口から事件の真相が明らかにされていった。
話はずいぶんと過去へとさかのぼる。元々、グレゴワールと金山の経営者であったセシリアの祖父アルヴィは同じチームの冒険者仲間だった。今から五〇年ほど前、今はセシリアの経営する金鉱脈を発見したのはグレゴワールとアルヴィであった。そして、その取り分をどう分けるかという話になった時に、グレゴワールは金鉱脈発見による褒賞をとり、アルヴィはその経営権をとった。
なぜ、鉱脈を発見した者にギルドから褒賞が出るかといえば、冒険者が鉱脈を発見した場合はギルドに報告する義務があり、掘された金の数パーセントはギルドの取り分となるからである。短期間で見れば褒賞の方が多額を得られるのだが、長期的に見れば経営権の方が得になるのは誰にでも分かることである。しかし、グレゴワールは目の前の金をとった。
その後は、アルヴィは冒険者を廃業して鉱山を経営することに専念し、グレゴワールは冒険者を続けて、最終的には金山の影響で潤うオニコポス村ギルド支部の支部長にまで上り詰めた。
ここまではありがちな話であるが、その過程でグレゴワールは後悔の念を抱き、そして、とある理由からアルヴィに嫉妬心を募らせることになった。後悔の念とは、言うまでもなくギルド支部長としての収入と金山経営によってもたらされる収入の差によるところなのであるが、嫉妬心を抱いた原因は、密かに思いを寄せていたセラフィーナが、アルヴィと結婚してしまったことによるものだった。
後悔の念と嫉妬心は年を追うごとに強いものへとなっていく。そしてそのことが金山の経営権を狙うヨアクーダに付け込まれる原因になった。どうやって調べたのか分からないが、あるときヨアクーダの知り合いと名乗る冒険者サーバッドに、美味しい話があると持ちかけられた。最初は相手にしていなかったのだが、あまりにしつこい誘いにうんざりしていたグレゴワールは、一度だけヨアクーダの屋敷へと出向いて断りを入れようと考えた。そして、ヨアクーダに会った。
そこで、ヨアクーダに弱みを握られていることを知った。誰しも人に言えない後ろめたいことは抱えているものである。そこに付け込まれて、いつの間にか言いくるめられていた。直接手を下したわけではないが、セシリアの両親を罠にはめ、事故に見せかけて殺害する片棒を担がされて後に引けなくなった。
セシリアの両親を亡き者にしたヨアクーダは、サーバッドを使ってセシリアに金山の経営権を安く売るように迫っていた。しかし、セシリアはそれを受け入れなかった。そして、それに業を煮やしたヨアクーダはグレゴワールに瘴気石を渡して、セシリアが視察するタイミングに合わせて金山に魔物をおびき寄せ、セシリアを魔物に襲わせて殺害する計画を立て、グレゴワールに実行させた。
しかしなぜ、グレゴワールがソルたちに金山調査の護衛をまかせたのかといえば、調査隊を率いる息子のことが心配であったからでる。もともと調査隊はセシリアが魔物に殺されたという事の確認と、瘴気石の回収、それに、おびき寄せた魔物の処分をさせる予定でいた。しかし、金山を魔物に襲わせることには成功したが、最初に送った調査隊は魔物にやられ、セシリアの生死が分からない状況に陥って、第二次調査隊を送り込むことになった。
もともと、グレゴワールの息子であるクリスチアンにはセシリア殺害計画のことを教えてはいない。しかし、たまたま冒険からギルドへと戻っていたクリスチアンが調査隊に加わると言い出したため、息子を心配したグレゴワールが、たまたまギルドで見かけたソルたちに護衛を頼んだのであった。
そして、その後はセシリア殺害に失敗したことがヨアクーダの知るところとなり、屋敷に呼び出されたグレゴワールはセシリアを殺害するように命じられたのであった。
グレゴワールの話を黙って聞いていたセシリアは、怒りにその表情を歪め、両親のことを思いだしたのであろうか、涙を流していた。その横でセラフィーナは、セシリアを慰めるように抱きしめていたが、その表情は全ての感情が抜け落ちたようにまっさらなものであった。
「ことの概要は掴めましたわね。セシリアさん、本来ならばグレゴワールは騎士隊に引き渡して法の裁きを受けさせるところですが、この場で両親の仇を打ってもわたくしたちは見なかったことにしますが」
エルネスティーヌにそう提案されたセシリアであったが、セラフィーナを見て「好きにしなさい」と言われると、拳を握りしめて自分を納得させるように言葉を紡いだ。
「その男は騎士隊に引き渡して法の裁きを受けさせてください。私は人殺しをしたくはありませんし、両親もそれを望まないでしょう」
「貴女がそう言うのでしたらグレゴワールは騎士隊に引き渡すことにしましょう。犯した罪の重さを考えれば、斬首になることは明らかです」
エルネスティーヌは、凛とした表情でグレゴワールを騎士隊に引き渡してくれ、と告げてきたセシリアを見て頷くと、「分かりました」と言ってグレゴワールに催眠術を仕掛けていたソルに、「もういいですわ」と術の停止を促した。すると、催眠術を解かれたグレゴワールは、崩れ落ちるように気を失ったのであった。
「エル、これからどうする?」
「そうですわね、ヨアクーダのことが気がかりです。一旦宿に戻りたいところですが、セシリアさんとセラフィーナさんのことも放ってはおけませんね……」
「ならば、シー、ここに残って二人の護衛を引き受けてくれるか?」
そう言われたルシールは、一時的にでもソルと別れるのが嫌だったのか、それともライバルになる可能性があるセラフィーナと共にいるのが嫌だったのかは分からないが、とにかく嫌そうな顔をしていた。しかし、困り顔でそるに見つめられると、断ることなどできるはずも無く、黙って首を縦に振ったのだった。
「シー、事が済めばすぐに戻ってくる。それまでセラフィーナと仲良くしておけ、将来はお互い家族になるかも知れんのだからな。セラフィーナもシーのことをよろしく頼む」
ルシールとセラフィーナが互いに顔を見合わせ、ぎこちないながらも笑顔を作ったことを確認したソルは、気絶しているグレゴワールを担ぎ上げると、エルネスティーヌと共にダーヴィドの待つ宿へと急いだのであった。




