第十六話:画策
ルシールの知人である劇場の経営者ヘイゼルを助けるために、劇場の経営権を狙っているスコーア・クートゥルの悪事を暴き、法の裁きを受けさせることになった。宿屋で一夜を明かしたしたソルたちは、朝食の後、再度ソルとルシールが泊まる部屋に集合し、具体的な作戦を練ることになった。
「楽しみにしていた芝居を見るためにも、今日明日でスコーア・クートゥルの悪事を暴き、法の裁きを受けさせますの。大まかな計画は考えてありますから、今から細部を詰めて行動を起こしまますわよ」
エルネスティーヌが気合を入れてそう宣言した。彼女の立てた計画の概要はこうだ。スコーアを法的に裁くためには悪事を働いていた証拠が必要になる。さらに、減った客足を呼び戻すためには公衆の面前で嫌がらせをしている男たちを叩きのめし、公安騎士に連行させ、もう嫌がらせは無くなったと民衆に知らしめる必要がある。スコーアはある程度の金と権力を持っているので、証拠をもみ消されないようにこの街を代表する貴族を巻き込み、確実に仕留めなければならない。
「計画の概要は分かった。だがどうやってその男どもを公衆の面前で叩きのめすのだ。いま劇場はやっていないのだろう?」
ソルが疑問を抱くのは当然であろう。ヘイゼルに芝居を再開させるためには、もう嫌がらせは無いと安心させる必要があるのだから。しかし、この問題はカーリの画策によって既に解消されているらしい。
「どうやったのだ?」
ヘイゼルに芝居を再開させる方法を知りたがるソルに対して、カーリは勿体ぶったようにしている。しかし、ソルの困ったような顔を見ると、真相を打ち明けたのだった。
「えっとね、フリスにてつだってもらったのです」
カーリは昨夜ヘイゼルが床に就く直前、水の女神であるフリスティナからヘイゼルへ芝居を再開するように神託を出してもらったという。ヘイゼルは水の女神の祝福を受けており、フリスティナに対する信仰心には絶対的なものがあるというのだ。そんなことをしてフリスティナが親父の不興を買うことは無いのかと心配になったソルであったが、カーリは「それくらいのことでニートちゃんはおこらないのです」と自信たっぷりに言いきった。そうならば心配することは無いだろうと、ソルは次の段階、つまりどうやって嫌がらせに来る男たちを入館前に見分け、彼らを騎士隊に突き出すのか、その方法をエルネスティーヌに聞いたのだった。
「その者たちの人相は既にカーリが突き止めておりますの。カーリがイメージを送ってくれますから劇場の前で見張っていれば分かりますわ」
答えを聞いてなるほどと納得したソルは、スコーアが行っているという悪事の証拠を暴くことについて、どう貴族を巻き込み、どう対処するのかとエルネスティーヌに尋ねた。が、彼女は「それはすぐに分かりますわ。楽しみにさって下さいまし」と言って教えてくれなかった。
「開演時間は夕方から、それまでにすべての準備を整えますわよ。みなさん付いて来てくださいな」
そう言ってエルネスティーヌは全員を引き連れて目的の場所へと向かった。宿を出て大通りを南に下って行く。しばらく歩くと街の中央、サハレムの街を東西及び南北に分断する大通りが交わるところ。そこは大きな石畳の広場になっており、中央に円形の泉と噴水、その周りには数件の屋台が店を出している。その広場を取り囲むように教会やギルドの建物、それにヘイゼルの経営する劇場などが軒を連ねていた。ソルたちはツカツカと速足で歩くエルネスティーヌの後を追いかけるようにしてついて行く。広場を右に曲がり、西へと進路をとる。そして半時ほど歩くと左折して大通りから離れ、進路を再び南へととった。この辺りはどうやら住宅街のようで、しかも道沿いに見える家々は広い庭と豪華なつくりをしている。
「分かったぞ、巻き込むという貴族のところへ行くのだな?」
「ええ、その通りですわ」
ソルは道路沿いに建つ豪華な家々を見て、以前見た王都エタニアの貴族街を思い出した。そして、エルネスティーヌの計画と照らし合わせることで、答えを導き出したのだった。推測が当たって少し嬉しそうにしているソルであったが、この程度の推察は誰にでもできることであろう。
しばらく歩いて、エルネスティーヌは一際大きな邸宅の門の前で立ち止まった。そしてソルに耳打ちする。
「今から強権を発動します。合図したらわたくしとシーの変装を解いてくださいな」
エルネスティーヌはそう言うとツカツカと門前に立っている門番のところへと歩いて行き、懐から何か紙を取り出して門番に見せて用件を話している。その紙を見た門番は、慌てて建物の中へと走って行った。
「何を見せたのだ。それに変装を解くとはどういうことだ? 正体を隠しての旅ではなかったのか」
ソルの質問に、エルネスティーヌは手に持っている紙を渡してきた。その紙は封筒のようで、裏には赤茶色の封蝋がしてあり、印が押されていた。
「それはわたくしの身分を示す印ですの。いくら下級貴族とはいえ、貴族の門番ならばこの印を見れば、これが誰からの書状であるかはすぐに察しがつきますわ。それからですね、街や都市を代表する貴族には、わたくしが旅をしていることは知らせてありますの。基本的に貴族とは接触しないのですが、今回のような事件がらみの場合は仕方ありませんわ」
エルネスティーヌがソルの疑問に答え終った時、建物から黒い執事服を着た白髪頭の老人が慌てて出てきた。そしてエルネスティーヌに歩み寄ると、深々と一礼した。
「エルネスティーヌ王女様からの書状をお持ちとか、拝見させていただきとうございます」
念のための確認といったところだろうか、白髪の執事はエルネスティーヌに書状を見せるように言ってきた。エルネスティーヌはそれを聞いて執事に封筒を渡したのだった。
「この書状に書いてあることについて、クレマン男爵殿にお話がありますの。案内していただけませんか」
「確かに、エルネスティーヌ王女様の印。どうぞこちらへ、ささ、お連れの方もどうぞ」
執事を先頭にして門を潜り、その先の大きな玄関の扉を開けると、大理石の広いフロアがあり、壁には誰だかわからないが、偉そうなガイゼル髭の男が絵ががれた絵画が飾ってあった。奥にはぐるりと円を描く用に上っている階段があり、ソルたちはその階段を上がった先にある最奥の部屋まで案内された。
部屋に入ると三〇代前半であろうか白いシャツに白のスカーフと黒のベスト、スラックス姿のウェーブした豪奢な金髪の男が執務机から立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。エルネスティーヌは軽く目礼して持っていた封筒をその男に渡す。男は封筒を受け取ると一旦封蝋を確認して、封を破り中身を確認する。そして封筒の中から一枚の折りたたまれた紙が取り出された。その紙を開いて文面を見た男は目を丸くして驚いていたが、エルネスティーヌの顔をまじまじと見た後に、部屋にいた執事とメイドに部屋から出るように言いつけたのだった。執事とメイドが部屋を出てドアが閉められると、男はその紙をエルネスティーヌに差し出し怪訝な表情で質問した。
「これは一体どういうことなのでしょうか」
その紙にはただ一言「人払いをせよ」とだけ書かれていたのだった。エルネスティーヌは訳が分からないといった感じの視線を送ってくる男を見ると、にやり笑みを浮かべ、ソルに合図を出す。そして彼女とルシールに掛かっていた変装が解けた。髪の長さは変わらないが、サラサラの薄いオレンジ色だったエルネスティーヌ髪の毛が淡い軽くウェーブの入った金髪に、青い瞳はエメラルドグリーンのきらきらと輝くものへと変貌を遂げ、こげ茶色の軽いウェーブが掛かったルシールの髪の毛は、さらさらとした透き通るような銀髪に変わったのだった。
「あ、貴方様は、もしやエルネスティーヌ王女殿下であらせられますか?」
目を見開き驚愕の表情を浮かべるその男に、エルネスティーヌが黙って頷き、ルシールが答えを返す。
「このお方は確かにエルネスティーヌ王女殿下にあらせられます。そして私は元近衛隊副隊長のルシールと申します」
ソルとカーリの正体はさすがに明かせないことになっている。もし聞かれたらそのときはエルネスティーヌに考えがあるそうである。だからルシールはこの二人についての紹介は避けたのだった。男は目の前にいる女性がエルネスティーヌだと理解したのだろう、方膝を付き頭を垂れた。髪を短くしているとはいえ、貴族を名乗るものが自国の王女の顔を見間違えるはずが無い。
「私はサハレム街の統治を国王陛下より賜りしクレマン・テッタレス・ベイルと申します。殿下の御前におきましての無礼、この通りご容赦願いますようお願い申し上げます」
「そう畏まらなくてもよろしいですわ。さあ、顔をお上げになってくださいまし」
「私などには勿体無きお言葉でありますが、そうせよと申されるのならば」
そう言ってクレマンは立ち上がり顔を上げる。そして、案の定ソルとカーリについても聞いてきたのだった。
「そこなお二方はどういったご関係であらせられますか」
「この二人はわたくしの旅のお供を引き受けてくださった方々ですが、訳あって正体は明かせませんの。ただし、わたくしよりも身分が高い高貴な方々とだけお伝えしておきますわ」
これを聞いたクレマンは、固まってしまった。王女より身分が高いなどこの国の人間においては国王のみである。少なくとも国王と同等以上、すなわち他国の王又は神族ということが明らかになるのだ。厳格な身分制度を有するここシーシア王国において、彼の反応は至極当然のものなのである。
「クレマンといいましたね。今日は貴方にお願いがあってここに来ましたの」
エルネスティーヌはそう言って、彼にスコーア・クートゥルが働いている悪事の全貌を話した。そしてこれから行う作戦に参加し、騎士隊を動かし、証人となり、スコーア・クートゥルと彼に加担するものを捕らえ、彼らを処刑場に送り届けることに協力せよと告げたのだった。
「私の統治下において、そのような下賎の輩をのさばらせた事は恥ずべき事なれど、王女殿下の下スコーア・クートゥル一味捕縛計画の一翼に加われること、何よりの誉。王女殿下に賜りし役目、必ずや成し遂げてごらんぜましょう」
クレマンはスコーアに悪事を許した自らの失態を恥じ、その汚名を返上すべく積極的に協力すると誓った。こうしてクレマンを巻き込むことに成功したエルネスティーヌは、自らの画策したスコーア・クートゥル一味捕縛計画を実行段階へと移すのだった。




