第十五話:小悪党
サハレムの街に入り、ソルたち一行は滞在する宿へと急いだ。エルネスティーヌは既に世話になる宿を決めているようで、迷うことなくスタスタと早足で歩いている。途中ソルやカーリが商店のディスプレイに気をとられるも、彼女によって何度もたしなめられていた。到着した宿はレンガ造りの三階建てで、比較的大きな建物だった。一階の奥には受け付けカウンターがあり、ついたてで仕切られた横のほうは食堂になっている。エルネスティーヌはわき目も振らずにツカツカとカウンターに歩いて行くと、部屋の空きを確認している。ソルは食堂が気になって仕方が無いようだ。
「都合よく空き部屋が二部屋ありましたわ。部屋割りはこの前と同じでよろしいですわね」
エルネスティーヌはそう言ってソルに部屋の鍵を渡したのだった。一度部屋に入って荷物を置いたソルとルシールは、すぐに一階の食堂へと行き、隅の四人掛けのテーブルへとついた。時を置かずしてエルネスティーヌとカーリも同じテーブルにつく。食堂は盛況のようで、周りからは食事をするものたちの話し声が聞こえていた。カジノで負けて嘆いているもの、今夜は春売り通りに行くぞと息巻いている者、昼間から酒をあおり酔っ払っている者。様々なものたちが楽しそうに、あるいは嘆きながら、会話や食事をし、それぞれの時間を過ごしている。ソルたちは各々食事を注文し、今後の、ここサハレムでの予定を話し合っていた。
「わたくしはこの後芝居を見に行こうと思っておりますの。貴方達はどういたしまして?」
「俺はこの街のことを何も知らない。だから教えてくれるとありがたい」
そう言ってルシールを見たソルは、彼女の様子がおかしいことに気がついた。どこか心配そうな顔をして食堂の一角、カウンターがあるほうを見つめている。ソルはそんなルシールが心配になって、何があったのか確かめることにした。
「ん、どうかしたのか?」
「え、いえ、あそこでお酒を飲んでおられる方」
そう言ってルシールは食堂の隅にあるカウンターで酒を飲み、マスターにくだを巻いている小汚い格好の初老に差し掛かった白髪交じりの男を視線で指し示した。
「あの男がどうかしたのか?」
ソルの問いかけにルシールは言いにくそうにしていたが、心配そうに彼女を見つめるソルの視線に耐え切れなくなったのだろうか、その男のことについて語り始めた。
ルシールによると、あの男はこの街で芝居を見せる劇場と劇団の支配人で、ここサハレムの街で育った彼女は、彼と家族ぐるみの付き合いがあり、幼いころあの男が経営する劇団の芝居をよくただで見せてもらっていたそうだ。ルシールは現在、両親と王都に住んでいて、あの男を久しぶりに見たそうなのだが、普通ならこの時間は劇場で芝居をやっている時間なので、こんな所で酒に溺れているのはおかしいというのである。ただの知人であるならばそれほど心配しないのであるが、ルシールにとってあの男は恩人というか、祖父のような存在なのだそうである。今は正体を隠している身なのでできないが、本来ならば駆け寄って事情を聞きたいということらしい。
「それは困りましたわね。わたくしはこれから芝居を見ようと思っておりましたのに」
ルシールの話を聞いたエルネスティーヌは、今日の予定がいきなり崩れたとご立腹モードに突入してしまった。ソルはソルで、男のことで気が気でないルシールのことを心配している。昼食をとった一行は劇場経営の男のことを含め、今後の行動をどうするか話し合うために、一旦ソルとルシールが泊まる部屋へと集まることになった。
「それで、シーはどうしたいのです?」
大きなダブルベッドに座って考え込んでいるルシールに、エルネスティーヌが問いかけた。カーリはベッドの中央でぽよんぽよんと跳ねながらルシールに注目し、ソルはエルネスティーヌと共に木の椅子に座って、小さなテーブルに置かれたティーカップを手に取り、お茶を飲みながらルシールを見ている。そんな中で、ルシールは意を決したように顔を上げた。
「何とか調べられないでしょうか。彼、ヘイゼルさんがどうしてああなってしまったのか」
「なんだ、そんなことで悩んでいたのか。ならばすぐに調べればいい」
「でも、どうやって……」
ソルがあまりにも簡単に言うものだからだろう、ルシールは戸惑ってしまったようだ。正体を隠したまま話しかけることもできないのにどうやって事情を聞こうというのか、と普通は考えるだろう。しかし、ここでカーリが嬉しそうに提案する。そう、この世界をつかさどる女神の一人であるカーリにとって、ルシールが懸念すること、つまり正体を知られずにヘイゼルの事情を知ることなど造作も無いことのようである。
「カーリがしらべるよ。カーリにまかせればすぐに分かるのです」
「いいのか、人と積極的に関わることは親父に止められているんだろう?」
「カーリはじゆうにすればいいとニートちゃんはこのまえ言ってたのです。だからカーリがしらべるのです」
どうやら、カーリは自分の創造主であるソルの父親を「ニートちゃん」と呼んでいるようだ。ソルはこれを聞いて父親の顔を思い出し、思わず噴出しそうになってしまったが、今はそんな雰囲気ではないと、この場の空気を読むことに珍しく成功した。愛おしいルシールが困っているのに、この場の雰囲気を身内の都合で壊してしまうのはさすがに気が引けたソルだった。
簡単に調べるといったカーリだったが、当然ながらその方法がソルたちには分からない。分からないことがあればどんなときでも、それをずけずけと質問するのがソルなのであるが、このときはエルネスティーヌのほうが声を上げるのが早かった。彼女もやはり、立場上仕方が無いのかもしれないが、物怖じしない性格なのはソルと似たようなものであるようだ。
「いったいどうやって調べますの?」
カーリは不思議そうにしているエルネスティーヌやソルを見て、自分だけがその方法を分かっていることに嬉しくなったのか、にっこりと笑うと腰に手をあてふんぞり返った。
「カーリがせつめいするのです。みんなよくきくのです」
自信満々で説明を始めたカーリによると、この部屋から動くことなく調べることができると言う。どうするのかといえば、カーリの特殊性に関係があることで、つまり、風の女神であるカーリの僕、風の精霊に聞くだけだとのことであった。風の精霊は、空気の流れがあるところならばどこにでも、つまりこの地上のほとんどの場所に存在しており、カーリが願えば見ていたこと全てを教えてくれるらしい。女神ならではのとんでもない反則技であるが、この際そんなことを気にする者はこの場にいなかった。
「いまから風のせいれいにきくから、まってるのです」
そう言ってカーリはベッドの上で跪く姿勢をとり、両手を胸の前で結んで頭を垂れた。すると、カーリを中心に爽やかな風が渦巻くように流れ、エルネスティーヌやルシール、それにソルの頬を優しい風がなでた。しばらく風の中心でじっとしていたカーリだったが、突然風が止むと顔を上げた。
「わかったのです。ヘイゼルおじいちゃんはこまっているのです」
少し悲しそうな顔をしたカーリが、劇場の経営者ヘイゼルが直面している問題を話し始めた。カーリによれば、ヘイゼルが経営する劇場に、一月ほど前から嫌がらせが行われるようになったそうだ。具体的には、ガラの悪い男達が集団で来客し、その他の客たちに絡み始めたのだ。その結果次第に来客数が減り、つい数日前に営業を停止せざるを得なくなったらしい。さらに、来客数の減少と営業停止で楽団員に支払う給金にも困っているという。
「なんと悪辣な! カーリ、その悪党の居場所を私に」
カーリの話しを聞いたルシールが激情した。しかし、表情は怒っているが、冷静なエルネスティーヌがそれを諌める。
「シー、あなたが怒るのも分かります。わたくしもこの腹立たしさをどうしたらいいか今考えています。だからあなたも冷静におなりなさい」
いまだ怒りが収まらないルシールに、ソルは優しく彼女を抱き寄せ、そして言った。
「目に物見せてくれようじゃないか、どんな奴かは知らんが俺たちを敵に回したことを、神の不興を買ったことを、その身をもって味わってもらおう」
ソルは、ルシールをこれほどまでに怒らせた者を許すことができるとは到底思えなかった。だから、彼女が納得する結末を敵に贈ろう。そう心に決めたのだった。
エルネスティーヌはカーリに敵の情報を詳しく調べるように頼み、カーリは「まかせるのです」と言って先ほどと同じ体勢をとり、風の精霊との交信を再開する。そして、ついに敵の情報を得ることに成功した。カーリによると敵の親玉はこの街にある大手のカジノ経営者でスコーア・クートゥルといい、立地条件がいいヘイゼルの経営する劇場の経営権を狙っているそうである。嫌がらせによって劇場の経営を成り立たないようにして、金に困らせ、安い金額で買い叩こうという狙いらしい。さらに、スコーアは人身売買や不法薬物に地上げなど、様々な悪事に手を出しており、エルネスティーヌによると発覚してつかまれば確実に死罪だという。
「そのスコーアとやら、なかなかの小悪党ですわね。一思いに捻り潰してしまうこともできましょうが、ここは捕まえて名声を落とした上で、きっちりと法の裁きを受けさせたほうが見せしめにもなってよろしいでしょう」
エルネスティーヌの説明と提案に、ルシールは納得したようだった。敵の正体がどこの誰であるかは分かった。さてどうしたものかと考え込むソルであったが、エルネスティーヌにはいい考えがあるようだった。作戦の実行は明日以降にするということで、彼女は仲間たちに作戦の詳細を話すと、カーリを連れて部屋へと戻っていった。
今夜ばかりはさすがのルシールも、何もすることはなく静かな夜を過ごしたのであった。全ては明日のためにと。




