第十四話:坑道
坑道の入り口は高さ幅共に二m強で、見える範囲ではあるが、奥までその広さが続き、両脇の壁や天井にはノミを入れた痕跡がいたるところに残っており、ゴツゴツとしている。ランプを持ったクリスチアーノを先頭にして、調査隊は奥へと慎重に進んだ。足元が少し湿った感じがする坑道の奥からは、ひんやりとした冷気が流れ出てきている。五〇mほど進んだところで坑道は二股に分かれていた。クリスチアーノによると、右に行けば広いスペースがあるというので、そこから調べるべく右へと歩を進める。すると、奥の方から光が漏れ出しているのが分かった。息を殺して静かに光の方へと近づいていくと、木の板や台車のようなもので入り口が塞がれ、その隙間から光が漏れ出していた。クリスチアーノ含め数名が覗き込むようにして中の様子を確認していたが、何かを見つけたようだ。
「俺たちは調査隊で、オニコポス村ギルド支部の者だ。魔物はもういないから安心してくれ」
中に人を確認したのだろう。クリスチアーノが大声で叫んだのだった。その声を聞いて安心したのだろうか、中から若い女の声が聞こえてきた。その声は、疲れ切っているのだろう、か細いものであったが、ほっとしている様子が感じ取れるものであった。
「私たちはこの鉱山で働いている者です。助けに来てくれてありがとう」
「ずいぶん疲れているようだな。今からここを通れるようにするから、離れてくれ」
クリスチアーノはそう言って障害物の向こうにいるであろう女を入り口から奥へと下げさせると、傭兵たちと共に入り口を塞いでいる障害物を取り除いていった。障害物が取り除かれた入り口の奥は、天井の高さこそ坑道と変わりないが、直径一〇m程度のスペースとなっており、その奥には先ほどの声の主と思われる女と、坑夫だろう男たちが十数名寄り集まって座り込んでいた。クリスチアーノはそんな彼らを安心させようと思ったのだろう、もういちど脅威が去ったことを伝えたのだった。
「もう大丈夫だ、魔物はもういないから安心してくれ」
ランプの弱々しい光に照らされた年若い女と座り込む男たちは、入ってきた調査隊を見て安堵の表情を浮かべている。薄暗くてはっきりとはしないが、年若い女はブロンドの髪を後ろでまとめ、薄汚れたベージュの作業着を着ており、寝ていないのだろうか、その顔はやつれてげっそりといていた。クリスチアーノはここに逃げ込んだ時の状況と、全滅したであろう魔物と戦っていた傭兵たちのことを彼女らに聞いていた。
年若い女が言うには、ギルドの調査隊が数匹の狼のような魔物を退治したあと、時間をほとんど置かずに別の大きくて竜のような魔物に襲われたらしい。それを見た彼女は魔物に入り込まれないようにと、坑道の入り口付近いた抗夫たちに、運んでいた鉱石で坑道の入り口を塞ぐように指示を出して、このスペースで救助されるのを待っていたらしい。戦っていた傭兵たちがどうなったかは、必死になって坑道の入り口を鉱石で塞いでいたので、最後まで見ることができず分からないということであった。こんな所にどうして年若い女がいるのかというクリスチアーノの疑問に、彼女は自分がこの鉱山の経営者だと答えていた。まだ経営権を引き継いだばかりで、たまたま視察に来ていたときに、この事件に巻き込まれたということであった。
クリスチアーノの判断で調査を一旦中断し、彼女らを外の小屋まで連れて行いった。約三日間飲まず食わずだったとの事なので、水と軽い食事を彼女らにとらせることになった。ソルはこのときに、クリスチアーノに坑道の入り口で察知した気配のことを話した。微弱ではあるが、あれは間違いなく瘴気であったと。それを聞いたクリスチアーノは朝食時まではまだ時間があるからと、今から坑道の調査を再開すると言ってきた。どんなに微弱であっても、瘴気が漂っていれば魔物が寄ってくるそうで、発生源を見つけ出して早めに対処する必要があるというのである。
二回目の調査では、瘴気を感じることができるソルがクリスチアーノに方向を教えながら坑道の奥にに潜っていった。クリスチアーノや傭兵では微弱な瘴気を感じ取ることができないというのがその理由だ。最初の分かれ道を左に曲がり、それからは複雑に入り組んだ坑道を、瘴気を感じるがままに進んで行く。坑道はいたるところで分岐しながらも、少しずつ地下方向へと下っており、薄暗いうえに、所々に小さな水たまりや大小の石が転がっていて歩きにくい。どれくらい歩いただろうか、腹時計ではとっくに正午を回っているだろうと感じ始めたころに、突然坑道が行き止まりになり、使い古された採掘用のノミや槌が置いてあることからも、ここが鉱石採掘地点であろうと判断できた。ソルの感覚では、今まで少しずつ強くなっていた瘴気の濃度レベルが、この場所に来て急激に上昇したことが感じ取れた。ただ、上昇したといっても漂う瘴気が薄いことには変わりないのだが。
「間違いなく瘴気はこの近くから出ている。カーリ、探してくれるか」
「カーリにまかせるのです。すぐに見つけるのです」
カーリが瘴気の発生源を探し始めたとき、エルネスティーヌは、今でも瘴気を感じることができないと言っていた。彼女によると、加護もちでもない限り普通の人間には、微量の瘴気は感じることはできないそうである。それを聞いたソルは、試しにとルシールに確認を取るのだった。
「シー、お前には分かるか?」
「ええ、この場所に近づくにつれて瘴気の濃度が少しずつ上がって行くのが分かりました。そしてこの場所に着いたときに、急激に瘴気濃度が上昇したように感じました」
ルシールにはソルが感じたことが、同じように感じ取れたらしい。もちろん、その感覚はソルやカーリには劣るのであろうが。そんなことを考えているうちにカーリが何か見つけたようだ。
「見つけたのです。カーリにおまかせなのです」
そ言って得意満面でふんぞり返り、カーリが指示した場所には、こぶし大の黒っぽい石が落ちている。その石を拾い上げたソルは、まじまじとそれを観察した。そして、辺りに散乱している同程度の大きさの石を拾い上げて比べてみると、明らかに色合いと質感が違っている。ソルはその黒っぽい微量な瘴気を発する石をクリスチアーノに渡したのだった。
「この石が瘴気を出しているのか?」
「ああ、間違いない。出ている量は僅かだが、間違いなく瘴気だ」
「ソルさん、あんたがそう言うなら間違いないはのだろうが、そうするとこの石は瘴気石ということになる」
瘴気石を見ながら思案げな表情でクリスチアーノが言うには、オニコポス村やこの鉱山一帯では、瘴気石など自然には存在しないらしい。ということは、誰かが持ち込んだという事になるのだが、誰がどんな理由で瘴気石をここに持ち込んだかなどという事を、今ここで調べることはできないということで、その調査についてはギルドが責任を持って行うという事になった。とりあえずは、魔物が鉱山に寄り付いた理由が明確になり、その原因を取り除くことができたので、今回の調査はここまでという事になった。
どうにかこうにか鉱山の調査が終わり、ソルたちが坑道の外に出たときには、すでに陽が頂を超えてソルたちに照りつけていた。ランプの明かりがあったとはいえ、今まで長時間薄暗い陽の光が届かない場所にいたためか、照りつける陽の光が、やけに眩しく、また新鮮に感じられたのだった。
「原因も分かったことですし、これでやっと帰れますわね」
エルネスティーヌは陽の光を浴びると、伸びをしながらそう言った。そして、調査隊は助け出した坑夫たちの世話と護衛のために傭兵の半数を残し、ソルたち一行と共にオニコポス村へと急いだのであった。帰りは敵を警戒する必要がほぼないことから、南へと進路をとり馬車道を使うことになった。鉱山から道なりに南下すると、エルネスティーヌが言っていた通り、上流だからだろうが、そう大きくは無い川のせせらぎが見えてきた。川辺には鉱石を細かく砕いて金を選別する作業場があり、鉱山から運ばれてきたのだろう大小の岩が幾つもの小山を形成していた。その作業場を左に見ながら川沿いに馬を走らせる。道なりに走り続け、西の空が赤みを帯びてきたころ、ようやくソルは視界にオニコポス村を捕えたのだった。
オニコポス村に到着してギルド支部に顔を出したソルたちは、クリスチアーノの報告が終わるのを待って報酬を受け取った。その際、グレゴワールから四人チームでギルドへ加盟しないかとしつこい勧誘を受けたのだが、エルネスティーヌが「あなたもしつこい方ですわね」と一喝し、さらに効果があるのかは定かではないが「わたくしたちのことは、内密にお願いしますわ。もし他の街のギルドや、その加盟者からわたくし達の噂を耳にしたそのときは、覚悟なさいますよう」と念を押していた。ギルドから解放されたソルたちは、寄り道することなく宿へと戻り、各々自由に過ごして疲れを癒した。とはいっても実際に疲れていたのは、人であるエルネスティーヌとルシールだけである。
「ソル様、あの瘴気石はなぜあそこに在ったのでしょうか。気になりますわ」
「俺たちが気にしてもしょうがないさ。クリスチアーノたちが調べるだろう」
「そうですね、彼らに任せましょう。あっ、そこは――」
この夜、ルシールは疲れきった体に鞭打って自分の願望を叶え、至福の時を過ごしたのであった。ソルはそんなルシールが愛おしく、彼女の好きにさせているのである。
あくる早朝、心地よい疲れで熟睡し、体調も機嫌もよさそうなルシールに対して、エルネスティーヌは完全には疲れが抜けていないようで、不機嫌極まりない表情で朝食をとっていた。今日は次の目的地サハレムの街に向かって、旅を再開することになっている。
「朝食を終えたらすぐにでも出発しますわよ。いい収入にはなりましたが、余計な仕事に巻き込まれて旅の日程が遅れておりますの。準備がまだでしたら今のうちに済ませてくださいな」
別に日程など在って無いようなものなのだから、気にする必要も無いと思うのだが、ご機嫌麗しくないエルネスティーヌは、八つ当たり気味にそう言ったのであった。ただ、ソルはソルで、ある意味理不尽な事をのたまうエルネスティーヌを、顔には出さないが楽しげに観察したりしている。ソルにとって、個性ある人間は興味深い観察対象なのである。それが、たとえあまり好ましくない個性であったとしても。
朝食を終えたソルは一旦部屋に戻ると、エルネスティーヌに言われたとおりに手早く荷物をまとめ、それを持って宿を出た。早朝に限っては彼女に逆らわぬが吉なのである。程なくしてエルネスティーヌ以下全員が集まり、数食分の食料を買い込んでオニコポス村を出発したのだった。次の目的地であるサハレムの街は、金鉱山から続く道を一旦川沿いに西の方へと下り、最初の橋を渡って、そこから南へ道なりに馬で二日ほどの距離にあるらしい。左に蛇行して流れる川を、右には鬱蒼と茂る針葉樹の森を見ながら陽の光を背に受けて馬を走らせる。瀬上に掛かる長い木製の橋を渡って、草原の中を縫うように続く道を、休憩を挟みながら走り続け、西の空が茜色に染まるころ、ぽつんとそびえる一本の大きな木の下で一夜を明かした。
翌朝、日の出と共に出発した一行は、急いだ甲斐もあって正午を少し過ぎたころには眼前に大きな町の姿を捉えていた。約半日の日程を短縮したことになる。先頭を急ぎひた走っていたエルネスティーヌが馬の速度を緩める。
「あれがサハレムの街ですわ。ここでは特に目的などありませんけど、サハレムはシーシア王国でも有数の規模を誇る娯楽や観光の街ですの。いかがわしい歓楽街などありますが、見るべきところも多いことですし、何日か滞在して楽しむことにしますわよ」
エルネスティーヌが言った「何日か滞在して楽しむ」という言葉を聞いたソルは、期待に胸を膨らませた。同様に、ソルの腕の中にいるカーリも嬉しそうにはしゃいでいる。街に入る手前で馬から下りた一行は、昼食は宿をキープした後にとるということで、とりあえず拠点となる宿へと向けて歩を進めることになった。街に入ると、中央の大通りには人々や馬車が行きかい、その両脇には様々な商店が所狭しと立ち並んでいる。ソルとカーリはそんな光景を見て興味津々とばかりに瞳を輝かせ、せわしなく視線をあちらこちらへと彷徨わせるのだった。そしてソルは期待をこめて一人ごちる。
「さて、今度は何が俺を楽しませてくれるか」




