第十話:面倒事
ふいに呼び止められたソルとエルネスティーヌが振り返ると、そこには杖をついた背の低い白髪の老人が立っていた。
「なにかごようがありまし?」
ツンと胸を張りながらも、訝しそうにしているエルネスティーヌに、老人は少しかしこまって用件を告げてきた。
「先ほどから見させてもろうたが、なかなかの腕前とお見受けしましてな。ひとつ相談に乗ってもらいたいのじゃが、よろしいかのう?」
何が気に食わなかったのか知る由もないが、老人の要求にエルネスティーヌは、不機嫌な表情を隠そうともしない。
「用件の前に、まずはお名のりなられたらどうですの」
「これはこれは申し訳ない、わしとしたことがつい焦ってしもうた。わしの名はグレゴワールといいましてな、老骨ながら、ここモニコポス村ギルド支部の支部長を任されておりましての。ここはひとつ、わしの名に免じて話だけでも聞いて行ってもらえんかのう」
初めて会う者に向かって「わしの名に免じて」とは、ずいぶんと見下した言い方であるが、周りで見ている野次馬達は、そうは思っていないのだろうか、「何だこの無知な女は」と言わんばかりに頷いている。
「ご用件は分かりましたわ。ですが、わたくしたちも旅を急いでおりまして、仲間も外で待っておりますし、今回は縁がなかったという事で」
「まぁ、そう言わずに、少しだけでもどうじゃろうか」
「あなたもいいかげんしつこいですわね。わたくしは急いでいると言っているのですよ」
老人の見下した言い草に、いっそう機嫌をそこねたのであろう、ヒステリックにそう言って立ち去ろうとしたエルネスティーヌの前に、若い男二人が立ちはだかった。小汚い革製の鎧に身を包んで帯剣しているところを見れば、傭兵であることは間違いなさそうである。エルネスティーヌは二人の男を見上げると、鋭い眼光を放ち、睨みつけた。
「あなたたち、じゃまですわよ。そこから退いてくださいませんこと?」
「おいおい、言ってくれるじゃないか。支部長がわざわざ声をかけて下さったんだぞ、話ぐらい聞いていったららどうだ」
そう言ってきた男に対して、怒りを抑えるように抑揚の無い低い声でエルネスティーヌは警告する。
「ギルドの支部長がどれだけ偉いのか存じ上げませんけれども、わたくしは急いでいると言っているのですよ。これは警告です。これ以上わたくしの邪魔をするというなら、覚悟なさい。怪我ではすみませんよ」
「なんだと、下手に出ていりゃいい気になりやがって」
男のうち一人がエルネスティーヌの胸ぐら、ローブを掴んで凄んで見せる。が、エルネスティーヌはそれに動じた様子は無く、逆にローブを掴んでいる男の手首を捻りあげた。男は抵抗することもできずに顔を歪めて膝をつく。
「――ッ! な、なにしやがる」
「先に手を出したのはあなたの方でしてよ。この程度で済んで運が良かったと思いなさい」
険悪な空気が流れる中、ソルはここまでの成り行きを、言い方は悪いが、少し楽しんでいた。しかし、エルネスティーヌに跪かされていないほうの男が動いたのを見て、瞬時にその男とエルネスティーヌの間に割って入った。まるで瞬界移動でもしたかのようなソルの動きにであろう、グレゴワールは目を見開き固まっている。この騒ぎに何事かと集まっていた野次馬達にも、ソルの動きは見えなかったようで、ある者はグレゴワールと同じように目を見開いて固まり、ある者は「今消えなかったか?」などと不思議がっていた。もちろん、ソルとしては消えたわけでなく、一歩横にステップしただけである。
「年端もいかぬ女一人に、二人がかりはよくないだろう?」
「わたくしは成人しておりますの。そのような言い方は遠慮してもらえませんこと」
助けに入ったソルに対して、エルネスティーヌはそのセリフが気に食わなかったようだ。この少々緊迫した状況下において、エルネスティーヌのとった反応は、いささか拍子抜けするものではあるが、どう見ても頭に血が上り、怒りが爆発寸前だった彼女にとって、それを言わせたソルのセリフはいい緩衝材となったようだ。エルネスティーヌは捻りあげていた男の手を離すと、痛がる男を見下ろす形で乱れた襟元を直した。
「ソル、行きますわよ」
「なぁ、エルは何をそんなに急いでいる? 話を聞くぐらいだったら構わんと思うが」
この発言を聞いたエルネスティーヌは、肩を落としてやれやれと首を振った。そしてソルの耳をつまんで引き寄せると、周りに聞こえないように囁いた。
『ギルドとは深く関わりたくありませんの。しかも、支部長自らの話となると面倒事に違いありませんわ』
『面倒事。面白そうじゃないか』
面倒事と聞いて、興味津々で目を輝かせたソルの横顔を見て、エルネスティーヌはさらに肩を落として落胆するのだった。
「分かりましたわ、お話を伺いましょう。そのかわり、どんな事になろうともあなたが責任を持って対処すること。よろしいですわね、ソル」
「ああ、いいとも。どんな面倒事になろうとも俺に任せておけ」
人に対して興味が出てきているソルにとって、人が感じる面倒事とは何なのか、ただ単にあれを取ってきてくれとか、これを運んでくれとかいう簡単なお使いでもない限り、興味の対象はあらゆるものに向けられるのである。
「グレゴワールさんと仰りましたわね。話を伺う前に、先も言ったとおり、外に仲間を待たせてありますので、呼んできてくださいますか? それから、繋いである馬の見張りもお願いしますわ。ああ、わたくしはエルネスティーヌと申しますの」
エルネスティーヌは、諦めきった表情でグレゴワールにそう申し出たのだった。傭兵だろう男二人とエルネスティーヌのやり取りを、諦め顔で見ていたグレゴワールは、突然状況が思う方向に変化したことで、ほっとしたようである。
「そこな二人の無礼は、若気の至りとして許していただけませんかのう。わしからもこの通り謝りますゆえ」
「そう低姿勢で来られるとなれば、いた仕方ありませんわね。不問といたしましょう」
「そう言ってもらえるとありがたい。ほれ、お前たち、早うお嬢さんに謝らんか」
グレゴワールが二人の若い男を睨みつけ、謝るように催促すると、二人の男は一旦直立不動の姿勢になって頭を下げ、エルネスティーヌに謝った。さらに、グレゴワールは彼らにルシールとカーリを呼びに行くことと、話が終わるまで馬の見張りをするようにと言いつけた。その言葉を聞いた男二人は脱兎の如く外へと飛び出したのだった。どうやら、このギルド支部において、グレゴワールはかなり名の知れた恐れられる存在のようである。
「あの二人はつい先日、ギルドに加盟したばかりの傭兵でしてな、まだ右も左も分からんひよっこ。大目に見てもろうて助かりますわ」
「なあじいさん、話はここでするのか?」
話の本題になかなか入らないことに、少しいらつき気味のソルは、グレゴワールに早く本題に入るように催促したのだった。ソルの、このせっかちな性格は、人との関わりがまだ少ない所から来ているものである。
「おお、そうかそうか、すまんかったの。話は中で聞いてもらおうとおもっておる。それにしてもお前さん、今の動き、このわしですら見えんかった。よほどの使い手のようじゃのう、わしの目に狂いは無かったようじゃて」
今の話からすると、グレゴワールは自分の目と実力に相当の自信を持っているようである。「こっちじゃ」と言って歩き出したグレゴワールに付いて、ソルとエルネスティーヌはカウンターの横手にある階段を上がっていった。三階にある一番奥の部屋に通された二人は、ひざ上程度の低いテーブルの両側に置かれた、豪華なソファーに腰を下ろす。程なくして入室したルシールとカーリもソルたちの横に座った。対面に腰を下ろしたグレゴワールは、後からは言ってきた二人にも名乗った上で話を始めたのだった。
「話を分かりやすくするために、まずは背景から語らせてもらうとするかのう」
「わかりましたわ。ですけど、できるだけ手短にお願いしますわ」
「ははははっ、分かり申した。では、ここオニコポス村は、街というほど大きくは無いが、それなりに栄えておるのは知っておろう。それはな、この村が金の掘れる鉱山を抱えておって、まぁ、抱えておると言っても、元々は、とある冒険者が発見した鉱山じゃが、そこで働く鉱夫や採掘される金の流通に関わる者、輸送時や金山での護衛などの仕事があるからでのう」
「知っていますわ」
そう言ったエルネスティーヌは少しムッとした表情をしていた。仮にもこの国の王女である彼女が、お膝元に近いオニコポス村の事情を知っているのは、当然のことなのであろう。
「そうかそうか。ところがのう、ここ最近なんじゃが鉱山付近に魔物が現れるようになった」
「何を仰りたいか分かりましたわ。その魔物を退治して欲しいということですわね」
読めた! とばかりに自信に満ちた表情をしていたエルネスティーヌであったが、グレゴワールはあっさりと、その読みを外したのだった。
「ほほほほっ、そう慌てなさんな。魔物の退治くらいなら我がギルドの傭兵たちで事が足りておった。しかしのう、つい先日のこと鉱山からの連絡がぱったりと途絶えてしもうて、ギルド所属の冒険者と傭兵の者どもを調査に遣ったんじゃが…… 戻らんでのう」
「なるほど、それを調べて来いという訳ですのね」
自分の読みを一度外されたからであろうか、エルネスティーヌは今度こそはと少しむきになったように、再度先読みして確認を入れたのであるが、グレゴワールは、また彼女の読みを外したのだった。
「いやいや、さすがにそこまでしてもらう義理はないでな」
「では、なにをせよと仰りますの?」
エルネスティーヌは、とうとう根負けしたように用件を尋ねた。この時ソルは、このじいさんなかなかのやり手じゃないかと、感心していた。グレゴワールは、調査に遣った冒険者と傭兵は、ギルド内部でもかなりの実力者だった、特に冒険者に至ってはシーシア王国でも指折りの実力者らしく、かなり危険な仕事になる可能性が高いと前置きした上で、ようやく用件を話したのだった。
「今一度調査隊を出そうと思うてのう、それに同行してもらって、もしもの時は手を貸してくれると有り難いんじゃが」
エルネスティーヌはソルを見て「どういたしましょうか?」と判断を仰いだ。こうなった責任はソルにあるのだから、お前が判断しろと言いたげな目線である。ソルは、ルシールとカーリを見て「どうだ?」と問いかけるも、ルシールは「何処までもご一緒します」といつも通りだし、カーリは「いくいくー」とはしゃいでいた。ソルとしては、少し前似たようなことがあったか、と、考えながらも、同行すれば面白いものを見れるかもしれないと言う思いから、否はなかった。
「瘴気の次は魔物か、面白い事になりそうだ。で、そいつらに付いて行けばいいのだな。任せておけ」
自信満々でそう言ったソルの顔を見て、エルネスティーヌは、やれやれと諦めたようなそぶりを見せるのだった。しかし、ここで流されてしまってはダメだと思ったのであろうか、気を取り直すように自分頬をパチンと両手で叩くと、グレゴワールを見据えて報酬についての交渉を始めたのだった。
エルネスティーヌにとって、こういった交渉ごとは、日々城にいる一癖も二癖もある連中と付き合っているからだろうか、得意にしているらしい。前金だけでもかなりの額を引き出せたようで、ホクホク顔になっていた。あれだけ話しを聞くことを渋っていたのに、などと思ったのはソルだけではないであろう。さらに、エルネスティーヌは今晩の宿と、食事までもグレゴワールに要求し、報酬に含めていた。調査隊の紹介は明日の朝出発前に、ギルドの一階ロビーで行うそうである。
話が終わって、ようやくギルドの建屋から外に出たときには、完全に陽が沈み、空には星が瞬いていた。通りを歩く者達も減り、寂しそうに馬の番をしている若い傭兵二人が哀愁を漂わせていた。馬はそのままギルドに預かってもらうことになり、案内された宿屋へと歩いた一行は、二部屋に分かれて一旦荷物を置き、一階の食堂で夕食を済ませた。済ませたと言っても、ただ飯だったので、遠慮することなく、ここぞとばかりに大量の注文を出した食事代は、かなりの金額に達したことは確かである。後日ギルドへと高額の請求が行くことは間違いないであろう。
食事が終わって、やけにそわそわとしたルシールに手を引かれて、二階の部屋へと帰ったソルは、二人きりの濃密な一夜を過ごしたのであった。




