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第〇話:降臨

『人の世を、その(ことわり)を、裸一貫、一から学んで来い』


 ソル・ニート・フィリア・ラ・フィナールが、世界の創造主である父から神界で聞いた最後の言葉である。彼は父の力によって人の住む世界「イースティリア」に落とされた。

 とある山道の開けた頂に光に包まれて降臨したソルであったが、その眼前にはボロボロになった白いローブをまとい、杖に寄りかかって息も絶え絶えな淡いブロンドの少女が、そのまばゆいばかりの光をさえぎるように手のひらをかざしている。

 光がおさまると、歳のころ十五、六歳に見えるその少女は、汚いものでも見るような顔で、エメラルドグリーンの瞳を(まばた)かせながらソルにこう言った。


「あなた、その粗末なものをわたくしに見せつけるために現れたので?」


 少女のその言葉に自分の身なりを確認したソルは、声をあげて笑う。


「クソ親父め、ククッ、裸一貫とはこういう事か」


 一糸まとわぬ姿で少女の前に光と共に出現したソルであったが、初めて人に接したこの男に、羞恥心(しゅうちしん)などという感情は存在しない。ただ、気に入っていた服を取り上げられたことに少しだけ腹を立て、父親の言った言葉の意味が、悪ふざけだと分かったことがおかしかったのだ。


「何がおかしいのか分かりかねますが、そんなところにいると巻きぞえを喰らいましてよ」


 羞恥を見せないソルもソルであるが、少女も少女で存外動じた様子は見せない。

 状況を理解しきれていないソルに対して、少女は無言でソルの後方を指差す。

 振り返ると、一〇mを超える漆黒の巨体に、二〇mはあろう巨大な翼を広げた竜が、彼の異様さが分かるのだろうか、恐れ威嚇(いかく)しているように、ソルの青い瞳に映った。


「アレは何だ?」

「何だと申されましても、あれは黒竜ですわ。あなた、そんなことも知りませんの?」


 黒竜を見ても顔色一つ変えず、いや、つまらないものでも見るような顔といった方がいいだろうか、そんなソルの表情に少女は呆れ顔をしている。


「知らないも何も、俺はこの世界のことを何も知らん。それで、お前はここで何をしている?」

「何をしていると申されましても、わたくしはあの黒竜を討伐に来ましたの」


 この状況を見てそんなことも分からないのか、と言いたげな少女の口調であるが、ソルからしてみれば人と竜が戦う様子など見たこともない。というよりは戦いとはどういうものなのか理解していないのだから、分からないのは当然なのである。


「なぜそんなにボロボロになっている?」

「わたくし、あの黒竜と戦っておりますの」


 この男に対しては、何を言ってもこの調子なのだろうとでも思ったのか、少女はすでに諦め口調である。


「戦っている。 討伐とも言ったか。つまりあれか? お前はあれを殺したいのだな」

「まぁ、おっしゃる通りですが、少々手こずっておりまして、わたくし、これでもエクス級(第六階位)の魔法士ですのよ。黒竜ごときに遅れなど取るはずもないと思っておりましたのに」

「エックスだかマックスだか知らんが、お前ではアレを殺すことなどできんだろう。まあいい、アレを何とかすればいいのだな」

「エクス級です。あなたにあの黒竜を倒せまして?」


 少女は、黒竜のことなどどうとも思っていないような、ソルの言いぶりに憤慨(ふんがい)したのだろうか、それとも、魔法士の階位を理解していないことに憤慨したのだろうか、失望じみた顔でぶ然としている。


「何をもって倒したとするのか分からんが、そこでおとなしく見ていろ」


 そう言って、ぶ然とした態度をとっている少女を気にとめることもなく黒竜に向き直ると、右手人差し指を天へと向けた。

 年若い少女の眼前で微塵(みじん)の羞恥すら見せずに、素っ裸のまま雲一つない抜けるような青空を指差し、白金に近い銀髪を風になびかせるその光景は、シュールでもあり、また、()る人よっては美しく感じるかもしれない。

 天に向けた右手の指先からは、握りこぶし大の黒い球体が出現し、その漆黒(しっこく)の球体は、みるみると大きくなりながら、黒竜に向かってゆっくりと近づいていった。

 巨大化しながら向かってくる不気味な漆黒の球体に、黒竜はブレスを放つが、何事もなかったかのように球体は黒竜を飲み込むと、ゆっくりと収縮していき、やがて小さな点となり見えなくなった。

 その様子を、興味深いとも驚愕したとも取れる表情で()のあたりにした少女は問いかける。


「これは時空魔法? 黒竜はどうなりましたの?」


 その答えはやけにあっさりしたものだった。


「消し潰したのだが、マズかったか?」

「消し潰したとおっしゃいましたが、あれは何の魔法ですの? それに、あなたいったい、何者ですの?」


 少女はまくしたてるように問いかけてくる。しかし、不思議そうにしているソルの顔を見て、はっとしたように名のった。


「ああ、わたくしの名はエルネスティーヌ・エクス・メル・シーシア。ここシーシア王国の王女をやっておりますの。エルでいいですわ」

「俺の名はソル・ニート・フィリア・ラ・フィナールだ。ソルとでも呼んでくれ」


 質問にはろくに答えず、ただ名のっただけでエルネスティーヌに振り向いたソルに対して、彼女はやれやれといった感じで顔をそむけ、ボロボロになった白いローブを差し出す。

 ローブを取ったエルネスティーヌは、白いブラウスに紺色の膝が隠れる程度のスカートをはいており、ブラウスにかかる髪は少しカールしている。


「殿方の一物(いちもつ)を拝見するのは初めてではありませんが、隠された方がよろしいのではなくて」

「そういうものなのか? ならばそれに従おう」


 そう言って素直にローブを受け取ったソルは、それを腰に巻きつけ、何事もなかったかのように歩き出した。

 エルネスティーヌは、何も言わずにあっさりとこの場を去ろうとするソルを追いかける。その表情は(あせ)っているように見える。


「お待ちになって」

「何だ?」


 追ってきたエルネスティーヌに対して立ち止まり、振り向いたソルは、まだ何かあるのかという疑問の顔を作った。


「何だではありませんの。まだお名前しか(うかが)っておりませんし、色々とお聞きしたいことがありますの」


 そういえばエルネスティーヌの質問にまだ答えていないなと思い出したソルは、疑問の表情をおさめ、納得したように答える。


「そうか、なら質問するがいい」


 その言葉と表情の変化に、エルネスティーヌはホッとしたようだ。焦った様子はもう見えない。


「その前に、ソル様はこのあとご予定か何かありまして?」

「気の向くままに歩き、やりたいようにやるだけだ」


 ソルはありのままに今後の予定を伝えたが、それは予定といえるものではなかった。

 あまりに自由なソルの()りように、エルネスティーヌがどう思ったか知る(よし)もないが、彼女はしめたと言わんばかりに提案してきた。


「ならばわたくしの居城にご同行願えませんか」

「べつに構わんぞ。ついていってやろう」


 彼女の提案はあまりにもあっけなく了承された。そのことに拍子抜けするでもなくエルネスティーヌは指笛を吹く。しばらくして一頭の黒い馬が駆けてくるが、馬は彼女にあと数歩というところまで来ると、それ以上近寄ろうとしない。

 自分に怯えているのだろうと理解したソルは、ゆっくりと馬に近づいていく。馬は硬直したように動きを止め、ソルを凝視していたが、ソルに頭を()でられると、とたんに顔を()り寄せてきた。


「何をなさいましなの?」

「ああ、ちょっとしたおまじないだ」


 敵ではないという思いを込めた神気を、ほんのわずかだけ馬に送ったのである。

 ソルはエルネスティーヌを前に抱きこむようにして、大人しくなった馬にまたがった。


「城はどっちだ?」


 エルネスティーヌは城のある方向を指さし、その方向へと馬を走らせるソル。土ぼこりを巻き上げながら、二人を乗せた馬は緩やかな山道を駆け下っていく。


「ところで、何か目的があってこの地においでになりましたの?」


 ソルは少しだけ考えて答えた。


「目的か、しいて言えば将来の嫁を探しにきた」

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