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大阪バンビ  作者: 都築優
3/4

3


ガラスの割れる音と、高い悲鳴が、夜風のために窓を開けた鉄郎の耳に届いた。

遠くない。何かが壊される音。破裂音。

親子げんかとも思えない、近くにあるのは寂れた温泉だけだ。

鉄郎は別に何も期待はしなかったが、エンジンを掛けてシフトレバーをバックギアに入れた。

そこから細い道を下るとすぐにある小さな温泉、駐車場だけが無駄に広い。

間違いない。閉店間際のこの温泉の中から、騒音は聞こえてくる。

みればすぐに、貧相な子鹿をむき出しにぶら下げたおじいちゃんや、バスタオルを巻いただけの老婆たちが、自動ドアの開くのも遅しと飛び出して来た。

「やっぱりこういうオチかい」

と呟くと鉄郎は窓ごしに、

「どないしましたんや!」

「し、鹿やっ!」

「はあ?」

「鹿が出たんやっ。喰いつきよったっ。

うわ、うわっ。来よったあ!」

裏から、回り込んで走り来る、俊敏な、小さな黒い影。

老人は腰を抜かしてへたり込む。彼に迫る影。

鉄郎は仕方なく、アクセルを全開にして、その影を轢いた。

子鹿だった。

子鹿はなおも立ち上がり、老人を狙う。

「堪忍やで」

もう一度、アクセルを吹かして跳ね飛ばすと、子鹿はやっと動かなくなった。

「兄ぃちゃん、お、おおきに!」

「早く、車に!」

と、思わずドア開けて招き入れたのはいいものの、老人たちはびしょ濡れだった。

シートに染み込むじかの水滴をちらりと見ながら、顔を引きつらせて、鉄郎は聞いた。

「まだ、中に誰かいてはるんですか?」

「いや、分かれへんけども」

「ワシら必死やったさかいなぁ」

「いややわあ、ワタシちょっとちびってもたわ」

「きちゃないのう、オバハン」

「いやっ、失礼やわ。しゃあないやんなあ兄ちゃん」

「ゆるゆるなってんとちゃうけ」

「そんなん、もうとっくやわ。こらオッサンどこ触っとんねん」

「しゃあないやんけ、狭いねんから。んなモン頼まれても触りたないわいな」

何か無駄だと悟った鉄郎は、警察に電話しようと、ポケットから携帯を取り出す。すると、ちょうど着信が掛かっていた。

京子からだった。

「何や?」

出ると彼女は、切迫した声でまくしたてた。

「鉄ちゃん、鉄ちゃん、鉄ちゃん、繋がった? 助けて、鉄ちゃん。頼むわ、ホンマ頼むわ。助けに来てや! バリやばいねん。シュウちゃんが」

「何やねん、こっちもそれどころじゃないて」

「鹿が、鹿が。。場所はさっき言うてたとこ。うおっ、早よ来てえええ」

悲鳴を残して電話は切れた。

「えええっ」

シュウとは彼氏の名前だろうか。

見渡すと、車内にぎゅうぎゅうに詰められた老人たちが、揃って彼を見つめている。

「な、何でっか?」

「せやねん、それがな兄ぃちゃん。実はワシらな、車の鍵やら財布やら、全部ロッカーにわすれてしもたんや」

「ワタシ入れ歯も」

「そんなもん言うてる場合かい」

「しやかて金歯やねん」

「うるさいわ」

「ワシらこんな格好やし。頼むわ兄ぃちゃん」

彼らは手首や足首に輪ゴムで付けていたロッカーの鍵を、手に手に鉄郎に差し出した。

迷いに迷ったが、とうとう押しに負けて鉄郎は受け取ってしまった。

「えらいすまんのう」

ポケットにじゃらじゃらと鍵を詰め、ふてくされた顔で鉄郎は車を出る。

自動ドアは、まだ動く。

「靴は、ええよな。この際や」

張り紙に、ここではきものをお脱ぎ下さいと書いてある。

鉄郎は迷うことなく、まず女湯へ向かった。


続く

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