お前はいつからそんなメイド気質になったんだ。 1
幸運なことに今日は土曜日。部活に入ってない僕にとっては風邪を引いてもいい日だ。・・・いや、別に平日でも構わないのか。そういえばそうだ。
ちなみにさつきさんにとって風邪という概念はないらしい。そもそも幽霊なのだから外界とは無関係、と言い張られた。それならどうして食事をするんだ、と反論したが、「わからん」と一蹴されてしまった。
「食えるものは食えるんだ。引かないものは引かないんだ。私に聞くなっ!」
見事な逆ギレっぷりだった。まあ実際のところ、本当に分からないらしいから正当ギレっちゃ正当ギレなのだが、しかし僕にキレるな。僕のほうが分からん。
「・・・でも風邪引くなんて何年ぶりだろ」
僕はひとりごちる。自他共に認める大バカヤロウの僕は風邪を引いた記憶なんてほとんどない。もしかしたら引いたのに気付かなかったのかもしれない。そう考えると、バカも捨てたもんじゃないかな、とも思うが、できれば捨ててしまいたい。・・・ムリだけど。
「なあ、耕太。お腹が減らないか?」さつきさんはベッドに寝転んで足をばたつかせながら雑誌を読んでいる。もちろん今度はエロいのではなく、普通の高校生男子が読むようなファッション誌だ。それでも読んでて面白いのだろうか。そして突然顔を上げ、そう告げたのだった。ゴロゴロしたり腹が減ったり、この人は欲望の権化か?
「そういえば減りました」
枕元の目覚まし時計を見た。無事だ。もっとも、まだタイマーをセットしていないからかもしれないが。明日にはなくなっているかもしれない。午後3時。昼は何も食べずに寝ていたし、あらかた熱も引いて食欲が回復してきた。僕は起き上がり、伸びをした。どうやら体のだるさは消え去ったようだ。バカなりの根性でさっさと治ってしまったのだろう。やはりバカも捨てたもんじゃない。
僕はパジャマ姿のまま1階に降り、冷蔵庫を物色する。つむぎは友達と遊びに行ってるし、共働きの両親は土曜日も関係なく共働きなので、今漆根家は安全地帯だ。僕は昨晩の残り物等々を適当に盛り合わせ、二人前をお盆に乗せ、自分の部屋に向かう。本当はにおいが残るから部屋で食べたくないけど、さつきさんはそうでなきゃ嫌だというんだからしょうがない。女王様には逆らえないのだ。
僕が戻ってくると、さつきさんは目を輝かせて雑誌を投げ捨てた。小さなテーブルを出して、食器を並べる。
「・・・私は野菜と肉を一緒に炒めるのはよくないと思うがな」
あ、今この人僕の好物を否定した。肉野菜炒めは肉の濃い味を野菜が完璧に中和するからいいんじゃないか!
「文句を言うならいいですよ、ふりかけだけでも」むっとした僕がそういうとさつきさんははっとした。
「いや、嘘だジョークだ冗談だ。複数の物を一緒に調理するのは最高だ。今度はヨーグルトとイワシを一緒に調理しよう」
・・・・・・いや、それはどうだろう。というかどんだけご飯が大事なんだろう。ふりかけもたまにはいいものだよ?
「ダメだ!それではメインが米ではないか!いいか、メインは常におかずの方だ!おかずだけでも普通に食べられるが、米だけというのはきついだろう?そういうことだ。ドラゴ○ボールにおいて悟空やベ○ータが延々と出てきても文句はないが、天津飯やらヤ○チャが延々と出てきたらどうだ?さすがに辟易するだろう?」
「・・・・・・僕ベ○ータ嫌いです」
ていうかなんでドラゴン○ール詳しいんだろう。少年誌でも流石にここまで有名な話は女性でも知っているものなのだろうか。
「では君はふりかけで我慢しろ!おかずは私がもらう!」
「あんたの論理はめちゃくちゃか!!」突っ込んでしまった。不覚にも。・・・しかしここまで僕のツッコミが戻ってきたって事は体調もそれなりに回復してきたという事だ。
「ちょっと、耕兄。1人で何言ってんの?うるさいんだけど」ノックも無しに部屋のドアが開けられた。
「・・・・・・あ、ども、つむぎさん。おかえり」
・・・・・・気付かなかった。いつのまに帰ってたんだ。思わず敬語で応対しちゃった。後ろにいる二人はきっとつむぎの友達だろう。きっとというか友達じゃなかったらどうしよう。一体何者だ?部下か?
「・・・部屋でご飯食べてるのは1万4千5百26歩譲って許すとして、」
それは譲ってるうちに入りません。
しかしここは完全に僕が悪いので言葉には出さないでおく。漆根家の法律に違反している訳だ。母さんにばれたら懲役1時間半だな。懲役って言うか夫役だけど。
「・・・・・・なんで二人分あるの?」
「・・・・・・」
はっ、しまった。つむぎは気味悪そうに僕を見ている。漫画だったら目の下に縦線が入ってるところだ。後ろの友達も同様。いや、待ってくれ違うんだ。決して僕は変人じゃない。・・・変かもしれないけど変人じゃない!
「・・・・・・さっきまでルルがいたんだ」
ちなみにルルというのはこの家に引っ越す前に買っていた黒猫だ。死んでしまったときは僕たちはどんなに泣いたことか。
つむぎの目が見開かれた。漫画で言うと背景が黒くなってるところだ。あとイナズマフラッシュが出てる。そして信じられないものを見る目で僕を見る。僕はそれに臆さずに続ける。
「やれやれ、お前がノックせずに入ってくるから逃げ出しちゃったじゃないか」
ドアが閉められた。無言で。
・・・ああ、僕は最後に妹が僕に見せたあの哀れみの目を生涯忘れることはないだろう。
「さつきさん・・・寝ていいですか?」
つむぎの撤退とともにさつきさんは再び現れた・・・らしい。僕視点では、ずっとテーブルの向かいにいたのだけど。しかし、箸を再び進めたのはドアが閉まってからだから、多分そうなのだろう。
「ダメだ、耕太。そうふてくされてばかりでは人間強くなれないぞ」
あなたのせいなんですけど、という言葉は飲み込んでおく。なんだか正体を明かせないヒーローの気分だ。彼らも周囲の人間に不審がられながら生きてきたのだろうか。でもあの人たちってだいたいばれるよな。ばれてないのはコナ○君くらいか。まあヒーローじゃないし、そのうち結局ばれるんだろうけど。
僕は食べ終わって二人分の食器をお盆に乗せ、流しまで運ぶ。漆根家の家法その46『流し場に使用済みの食器をそのままにするな』があるのでスポンジに洗剤を浸し、洗う。これを怠ると懲役どころじゃない、発狂する。・・・発狂するのは僕のほうじゃなくて母さんの方なんだけど。
「・・・・・・」
こう考えると母さん異常に潔癖だな。及川の部屋とか見たらどう思うんだろう。多分スーパーサ○ヤ人になる。あいつ自体はきれい好きなのに、部屋に物が多すぎて整理整頓ができなくなっているのだ。




