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いつもと変わらない。いつもどおりさ 3

行ったこともないような無人駅に僕らは降りる。さつきさんはいぶかしげな視線を僕に向けたが、それに対して僕は何も答えなかった。

車のない、木造建築ばかりの町並み。駅を出れば、正面の坂を登ったところに目的地がある。だからこの坂が、僕とさつきさんの最後の道。

「だいぶ暑くなってきたな。しかし、私は暑いのが結構好きだ。熱いバトルも好きだがな」

「僕はプロレスラーにはなりません!!」

なりそうで怖い。委員長の圧力とかで。

「無理だ、君には。私に任せておけ」

うん、絶対最強。KIDよりも速く相手を瞬殺できる

「理由は特にない。いや、あったのだが忘れてしまったというのがきっと正しいんだろうな」

「前に言っていた、唯一覚えている光景が夏だからなんじゃないですか?」探し人の唯一の記憶。自分が生きていたことを立証できる唯一の記憶。それは幸せだったからこそ覚えていられたんだろう。

「うん?ああ、そうか。そういうことなのかもしれないな」さつきさんは初夏の太陽を見上げてつぶやいた。

「基本的に僕は暑いのとか寒いのとかが苦手です」

「ふん、軟弱者が」

「えーえー、僕はどうせ軟弱で脆弱で虚弱で最弱ですよ」

僕は弱い。ただ言い訳をさせてもらうなら僕の周りのさつきさんとか春日井さんとか及川とかが強すぎるんだ。軸がぶれないというか。

「僕は春が好きですね」

「ああ、なるほど。脳天春男か」

誰がだ!

「私もまあ、春は好きだがな。秋も好きだ。だが、どうしても冬だけは嫌いだ。別に寒いのが苦手というわけでもないのだがな、とにかく好きになれない。なぜだろうな。これはどうしてもわからんが、なんとなく気持ちが沈んでしまうのだ」

「それは―――」

きっとさつきさんがなくなったのが冬のことだったからだろう。頭では忘れていても、しっかりと刻まれているのだ。魂に刻まれているのだ。

「しかしだ、私としては一年の4分の1以上が嫌いというのは実にもったいない気がする。今年の冬は頼んだぞ、耕太!」

「・・・・・・」僕は答えない。答えるわけにはいかなかった。嘘でも答えてしまったら、きっと僕は揺らいでしまうだろう。それほどまでに僕は弱い。

坂道は長い。けれど、それは残された時間としてはあまりに短いカウントダウンだった。

古めかしい寺。それでもさびれているという印象は受けない。手入れはしっかりとなされている。

「ここは・・・・・・?」さつきさんは立ち止る。僕は合わせて止まることなく、足を進めた。詳しい場所も聞いている。大きな道をまっすぐ行って、3つ目を曲がり、そこから4つ目のお墓。そして5つ目のお墓。

足を止めた。足を止めて、愛しい人の名前を見た。隣に眠る人の名を知った。

残酷な現実。それをさつきさんに突き付けたことは自分でもわかっている。でも、このまま答えもなくさまよい続けるよりはきっといいことだと思うから。さつきさんにはちゃんとつながっていてほしいから。

僕は大きく息を吸った。もう夏も近いというのに喉が震える。そして、肺にいっぱいにたまった空気を吐き出し、さつきさんを見る。さつきさんは驚いた顔のまま、微動だにしない。

「ここが、あなたのお墓、そしてあなたの許嫁の・・・・・・お墓です」

「・・・・・・」

さつきさんは何も言わない。そして自分のお墓にも目をくれない。ただ、何年も探し続けた相手、自分の許嫁のお墓だけをあっけにとられたように見ている。

本当にうまくいかない。どうしてこんなにいい人が幸せになっちゃいけないのか。どうしてハッピーエンドじゃないのか。神がいるなら問い詰めてやりたい。意味などなくても殴ってやりたい。

「そうか、待っていてくれたんだな・・・」

「え・・・・・・?」

じっと、許嫁のお墓を見た後、さつきさんはつぶやいた。そしてその目が僕に向く。その顔はどんな芸能人よりどんな絵画よりどんな彫刻よりどんな女神よりこの世界よりも美しい、微笑みだった。

「呼んでいる。呼んでいるんだ。だから私は行くことにするよ」その微笑みのままさつきさんは言った。

そうか、そういうことか。さつきさんはこうして幽霊としてさまよっていた。許嫁はそうではなく、ここでずっと待っていた。許嫁の姿は僕には見えない。だが、そんなことはどうでもいい。なんて、素晴らしいんだ。僕は運命を祝福する。神様、あなたに感謝する。

「君を一人残していくのは少し心配だがな・・・」さつきさんは僕に手を伸ばした。2ヶ月間一緒にいて、決して繋がなかったその手。僕はその手を握り返した。

「大丈夫です」

僕は言う。

「大丈夫です。さつきさんのおかげで僕はもう大丈夫です」どれだけ感謝しても足りないくらい、さつきさんは僕を導いてくれた。だから、大丈夫だ。

「そうか」さつきさんは笑う。僕も頑張って笑い返した。

さつきさんは、許嫁のお墓に向かって手を伸ばした。初夏の陽光がさつきさんの指先に降り注ぐ。そしてそのまま光に包まれるようにしてさつきさんは消えてしまった。

音がない。僕は一人、ここに立つ。

「さよなら、さつきさん・・・」

大きく息を吸って吐く。喉が震える。さつきさんが行ったであろう天を見る。雲ひとつない青空が眩しかった。



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