いつもと変わらない。いつもどおりさ 2
気を取り直して僕とさつきさんは電車に乗る。平日の昼前だから人は少ない。車両を1つ貸しきってしまった。
「そういえばさつきさんって僕が誰かと話してる時って大概黙ってますよね。あれが大人の配慮ってやつですか?」前々から気になっていたので聞いてみる。もっとも、僕が誰かと話している時に話しかけられても応対できないんだけど。
「まあ、それもなくはないが、基本的にわたしは人見知りなのだ。だから何となく知らない者が近くにいると居たたまれなくて、な」
「うわあ、かわいい。・・・あれ?でも僕のときは普通でしたよね?」そういえばそうだった。まあ、あのときは橋の上に僕一人しかいなかったのだけど。人見知りというのなら僕は知っていたのだろうか。
「ん?まあな。しかし耕太、私の話を聞いていたか?私は人見知りと言ったのだぞ」
「ええ、ですけど僕に話しかけてきたときは普通だったなあ、って」うん、そうだ。確かに覚えてる。
「君は自分のことを人だと思っていたのか?」
「そこからっ!?」僕は人だと認識されてなかったのか?しかも初見でっ!?
「君は「僕は人間じゃないですよ」オーラが全身からみなぎっているのだぞ。知らなかったのか?」
「マジすか・・・」
「実はな、あの時の私はかなり勇気を振り絞っていたのだ」さつきさんは突然話を戻す。これもいつものこと。実に慣れたものだ。
「そう考えると今からでも萌えてきます」もじもじしながらかあ・・・。
「ああ、燃えてしまえ。今からでも燃えてしまえ」
「人体発火だー!大事件だ!」叫ぶ僕。
車両を貸し切りしててよかった。
「発火じゃない、放火だ」
「人体放火っ!?燃やす気なのっ!?」
「そして、これはどうしようもない私のくせのようなものなのだが、私は突っ込みを我慢する事が出来ないのだ」
「ああ、何となく分かります。僕もたまに電車の中で見知らぬ会話に突っ込みそうになりますから」
この前もあったなあ。「いやそこは鍵かけるだろっ」て本気で言いそうになった。
「そこで我慢してしまうところが君の限界だろうな」
「その限界を超えた僕に一体何があるというのだろうか・・・」ただの変質者だ。
「だから普段は人に見えないようにして突っ込むのだが、あの時は間違えて姿を現したまま突っ込んでしまったのだ。まあ、どちらでも関係なかったんだがな」
「ですね。・・・しかし何で僕にだけ見えるんでしょうね。霊感?みたいなのも生まれてこの方感じたことはありませんし・・・」皆無である。もしかしたら幽霊を見ていたにもかかわらず、気付いていなかったのかもしれないけど。
「さあな。君は人間じゃないからじゃないのか?」
「結局そこに落ち着くのか・・・」
僕はひとでなしということである。でも、僕はひとでなしで本当に良かったと思う。
いや、なんか人間捨てたみたいなセリフだが、この2ヶ月間があったのはそのおかげだというのなら、僕は人間でなくていい。
「そうそう、そういえばつむぎとシュウ君はどんな感じだ?付き合って一カ月以上たつが、そろそろ血みどろの関係になっているのか?」
「あんた中学生に何を求めてるんだよ!!」あんなの昼ドラにしかねえよ!
「・・・うーん、どうですかね。僕はあんまりあいつに干渉しませんから」
「シスコンのくせに・・・」
「それに関しては断じてノーと言わせていただきます!!」100人がいて100人がシスコンと言っても僕だけはノーという。尊厳がありますから。
「おとといの夜に家にいなかったのは、文化祭をシュウ君と一緒に回って、そのまま夕飯を一緒に食べたからだそうです」
・・・・・・中二の分際で。
「お、おい、耕太。またジェラシーモードに入ってるからな」
おっと危ない。自粛自粛。
「シュウ君とはたまに会いますよ。いい子ですよね、やっぱり。つむぎの中学での伝説をいろいろと聞かせてもらってます」
「伝説!?そんなものをつくっているのか!?」
つくっているんです。
いろいろありすぎて話すと長くなってしまうので、1つだけ簡潔に話そう。
つむぎは中学校―――つまり、僕の母校にあたるのだが、そこでは有名人であるらしい。らしいというのは僕もシュウ君づてに聞いたからだ。断っておくが、つむぎは特別に優等生であるわけでも逆に不良であるわけでもない。ただの家事が必要以上にできる普通の女子中学生だ。そんなつむぎが有名である原因はただ一つ、僕こと漆根耕太の妹であるということ。
ようはすべての原因は僕にあるわけで、ここで語っている暇があったら今すぐ帰って土下座しろ、という話だが、それは後にさせてほしい。とにかく、僕のせいでつむぎの名まで知れ渡ってしまっているわけだ。それに関しては全く申し開きができない。考えて見れば、去年1年間は同じ学校に通っていたのだから、僕は気付くべきだったのに、全く気付かなかった僕の盲目さ加減は笑うしかない。
つむぎ本人にしてみれば全く笑えない話だが、とにかくそういう理由でつむぎは有名人なのである。しかし、だからと言って「あいつ調子乗ってんね」などと絡んでくる上級生などいない。何せみんながみんなつむぎは一番の被害者であることを知っている。むしろ廊下ですれ違った初対面の上級生に「大変だね。けど頑張ってね」とか言われちゃうくらいだ。
しかし、それだけの理由で同級生だけでなく、上級生、下級生、ひいては校長を含めた教職員全員にまで名前が知れ渡るものだろうか。その理由、というか事件こそがつむぎの伝説である。
ある日のことだった。新任の先生が愚かにも、つむぎのことを名字で呼んだのだった。いや、だからなんだよ普通じゃねえか、と言ってはいけない。僕と同じ名字である。つむぎはキレた。研磨したてのダイヤモンドカッターのように瞬時にキレ、先生に掴みかかった・・・らしい。
うん、何してんのあの子・・・。
「よほどいやなのだろうな。耕太と同じ血筋であるということが・・・」
実はめちゃくちゃショックな僕であるが、それよりきついのは間違いなくつむぎの方なので、それを表に出すことはできない。
「それと、つむぎとシュウ君の共通の話題として、僕がよくやり玉に挙げられる話とか・・・」
「ははっ、愛されてるではないか」
随分と勝手なポジティブシンキングだ。
「いや、僕はそこまで楽観的に人生を見れませんけどね」
シュウ君もさつきさんと同じようなことを言っていたが、じゃあ僕の立場になってみるか?という話だ。
「ところで耕太、てっきり私は映画でも見に行くのかと思っていたのだが違うようだな。シュウ君のデートコースをそのままパクるのではないかと思っていたのだが・・・」
どんだけ残念なキャラなんだ、僕は。
「いったいどこへ向かっているのだ?」
「それは行ってのお楽しみです」僕は満面の笑みを浮かべた。心に反する笑みを浮かべた。
「そうか。まあ、面白いのならば私はどこでもかまわないのだがな」さつきさんは窓の外を眺める。ちょうどトンネルに差し掛かって、窓には僕が映る。さつきさんも映る。でも、それが見えるのはこの世界で僕一人―――。