だから焼却炉ですよ!僕のようなごみを燃やすのに効率のいいやつです! 2
僕は春日井さんと委員長に断って、先に学校を出た。本当は委員長に抜擢された春日井さんのお祝いをしたかったのだけど、それはまたの機会になりそうだ。それよりもアルバムのことが気になってどうしようもない。僕はそのまま花山さんの家に向かった。
「あらあら、本当に持ってきてくれたの?ありがとう。さ、上がって」
お言葉に甘えてお邪魔させてもらう。家の中はきれいで、庭も大きい。春日井さんの家に匹敵しそうだ。いや、春日井さんの家の中は知らないから、外見的な大きさでの比較になるけど。
おいしい紅茶と洋菓子を出してもらって、ソファに失礼する。花山さんは僕の正面で「懐かしいわあ」と連呼していた。しばらく水を差すまいと黙っていた僕だが、ついに待ち切れずに切り出した。
「すいません、この刈谷さつきさんについて教えてほしいんですけど・・・」
花山さんは機嫌がよさそうに僕を見上げたが、さつきさんの名前をきいて少し表情が曇ったようだ。
「さっちゃん?さっちゃんか・・・」
ぷっ。
ちょっと笑いそうだった。そうか、さつきさんはさっちゃんと呼ばれていたのか。あれ?でもなんで表情が曇ったんだ?いじめっ子だったのか。
いや、違う。気付けよ僕。この写真のままさつきさんが変わっていないということは、この時期に亡くなったということに決まってるじゃないか。
「この学校、昔はお嬢様や御曹司が結構いてね。さっちゃんもその一人だったの。そういう子たちってあんまり私たちとは関らなくて、なんだか雲の上にいるみたいだったわ。確かに雲の上にいたのかもしれないわね。
でもさっちゃんは、お嬢様だったけど、気取ったところがなくてね。・・・しゃべり方は男の人みたい、というか舞台役者みたいだったけど、実際その影響だって言ってたけど・・・驕ったところもなくて、明るくて、面白い子だったわ」
納得。今も昔もさつきさんは変わらないらしい。わがままなところ以外は。あるいはその部分だけは級友には隠していたのかもしれない。
「クラスの中心にいて、優しい子だったわ。でも、病気でね、それが何の病気かは私にはわからないんだけど、卒業式には出て来れなかったの。亡くなったのはその一年後・・・」
「・・・・・・なんか許嫁がいたみたいですけど」
僕が聞きたいのはそこなのだ。僕がさつきさんを唯一救える方法。さつきさんの探し人。
花山さんは訝しげに僕を見た。
「知ってるの?・・・いつもさっちゃんが話してくれたわ。年が上の方でね、今はもうないけど、当時は有名な会社の御曹司だったわ。とっても面白くて優しい方だと自慢していたからよく覚えているわ」
「その人は今どこに・・・」
花山さんは暗い顔になる。
「私はもちろんその人には会ったことはないけど、名前は聞いていたし、有名な会社だったから、そのことは報道で知ったわ」
ほかの誰かと結婚してしまったということだろうか。さつきさんが亡くなって・・・。いや、そんなこと僕が責めるべきではないだろう。誰も責めることはできないだろうし、さつきさんだって責めたりしないに違いない。
「・・・・・・交通事故、だったそうよ」
視界が暗転する。次いで目の前が真っ白になる。見えない何かに後頭部を抑えつけられているかのように顔を上げることがかなわない。何かを見ることができない。
これが、結末。これが・・・。
「そう、ですか・・・・・・」
死んでいる。さつきさんの探し人はもうすでにこの世にはいない。それがこの話の結末。ハッピーエンドなんてとんでもない。バッドエンドですらない。どう進んでも悪くなる。ワーストエンド。
どうしてだ。どうしてそんなにうまくいかない。いいじゃないか、別に。あんなにいい人がどうして不幸にならなくちゃいけない・・・。
これが運命だって言うなら、確かにこれじゃ神様だって仕事がなくなるはずだ。
「お墓もね、その方のお父様がさっちゃんのそばで眠りたいだろうって・・・」
「その場所を教えてください!」
何かを考えてというわけでもなく、僕は声を上げた。突然声を上げた僕に花山さんは首をかしげた。
「いいけど・・・。知ってどうするの?あなた、どうしてさっちゃんを知っているの?」
「とにかく、教えてください!」
ぐっと頭を下げる僕。その剣幕に、花山さんは引いてくれた。何かあると思ったのだろう。それでいい。僕とさつきさんの関係は人に話せるものではない。
「わかったわ、ちょっと待っててね」
花山さんは住所をメモしてくれ、アルバムと一緒にくれた。
「わざわざ持ってきてくれてありがとう」
花山さんの家を出て、僕は大きく息を吐く。もう夏も近いのに体が勝手に震える。まるでさつきさんと再会したあの日みたいだ。ただ違うのは震えているのは体ではなく心のほうで。
頭の中で鳴り響く時計の音。僕とさつきさんの終わりを告げるカウントダウン。人生は唐突に全てが変わる。こんなに早く終わりは訪れてしまう。それでも僕は止まらない。止まるわけにはいかない。
「馬鹿もの!どこへ行っていたのだ!私を暇死させるつもりかっ!!」
すでに起きていたさつきさんは僕が帰ってくるなり声を上げた。いつも通りの愛しい声、愛しい姿。それでもこの愛は成就することはあり得ない。そんなことするわけにはいかない。2年以上好きだった相手。いや、きっと僕は死ぬまでさつきさんを好きであり続ける。たとえ僕に彼女ができても、結婚しても、子供ができても、孫ができても、ちゃんと天寿を全うしても。それでも僕はさつきさんが好きだろう。僕はそれを誇りに思う。この人に出会えて、この人を好きでいられる僕自身を生まれて初めて誇りに思う。
それでも、そんな風に日々変わって、日々進んでいく僕と違ってさつきさんは変わらない。変わることができない。今まで変わらずに来たんだろう。そしてこれからも変わらないんだろう。
変わらない、変われない。それはどれほどの退屈なのだろうか。名前も顔さえも覚えていない相手を探しながらさつきさんは生きてきた。死んでいるけど、一人ぼっちで生きてきた。それは、一体どれほどの苦痛だったのだろうか―――。
「さつきさん、明日は振替休日なんです。それで、僕とデートしてくれませんか?」
僕の唐突の発言に、さつきさんはまだ少し怒った目で僕を見た。
「む?・・・・・・それは楽しいのだろうな?」
「ええ、もちろん。保証します」
「そうか、ならいいぞ」
さつきさんは笑い、僕は笑わなかった。笑えなかった。それがどうしようもなく悲しい。
それでも、僕は止まらない―――。