それは僕にスリーサイズを測れっていう振りですか? 3
「・・・なんてことしてくれたんですか、さつきさん」
というわけで放課後、無人の廊下。いまだに痛む腰をさすりながら僕はさつきさんに文句を言う。
「ふん、もう君とは口を利いてやらんっ!」さつきさんは拗ねてしまった。怖さは微塵もない。ていうか超かわいい。萌えだ。
「・・・僕は好きなものはとっとく派だし、読書自体ほとんどしないし、身から出たさびに恐怖は感じないし、スリーサイズは知りたいっ!!」
さつきさんは頬を膨らめながらこっちをうかがうように見た。うわあ、すげえ。ドキドキしてきた。これはあれだ。ギャップだ。普段クールビューティーなのにどうしてそんな可愛らしい表情ができるんだ。
「・・・至極つまらない返答だな、うっこよ」
「普通が一番ですよ、さ~ちゅきちゃん」
「その呼び方はやめろっ!!この辺がむず痒くなってくる!!」さつきさんは身もだえした。その悶え方にも品があるとは美しいってのはずるいよなあ。
「しかし読書をしないとは・・・。ベッドの下にエロ本を隠してるのに」
「はっ、まさか。さつきさんは母さんが僕に送り込んだエロ本Gメンか!」
しまった。失策だ。処分しとけばよかった。突然のさつきさんの来訪でそんな暇なかったけど・・・。
「しかしなんだあのいかがわしいタイトル。「女教師―――放課後の・・・」
「ああああああ!」僕は必死になってさつきさんの口を押さえた。
「言わなくていいですよ。わかりました。謝りますから。ごめんなさい」
・・・絶対僕は悪くないけど。
さつきさんは口を抑えている僕の手をタップした。僕ははっとしてその手を離した。そういえば彼女に自分から触れたのは初めてじゃないだろうか。もうこの手洗うのやめようかな。
「ぷはっ、ぜい、ぜい・・・何をするっ、苦しいだろう、ばか者!」
「・・・・・・」
苦しいのか?
「・・・なんか僕以外の全人類で僕にドッキリを仕掛けてるんじゃないかと思い始めました」僕は足を進める。生物室は4階だ。
「?・・・どうしてだ?」
「・・・・・・・・・・・・いえ、別に」
「あっ、そうそう。私のスリーサイズだが・・・」
「教えてくれるんですかっ!?」突然目を煌めかせた僕に対して、慄いたさつきさんは一歩後退しつつも言った。
「・・・測ったことないからわからん」さつきさんは胸を張る。結構大きめの胸を・・・。
くっくっく、しかし甘いな。こんなんで僕がへこたれると思ったのか。僕はこの学校の生徒はもちろん先生の誰もが知ってるコクり魔だぞ。不本意だが僕以上の変人はいないとまで言わしめているんだ。
「それは僕にスリーサイズを測れっていう振りですか?」
ゴッ
さつきさんの鉄拳が顔面にめり込んだ。・・・正しく、めり込んだ。
「ばっ、ばか者!私にセクハラをはたらくつもりかっ!」
さつきさんは叫んだが、僕の耳には届かなかった。・・・めちゃくちゃ痛いのだ。鼻を押さえてうずくまった。悶絶して、決してきれいとはいえない廊下を転げまわった。あ、でもこれ学校をきれいにするのに貢献してないかな。だとしたら結構いいことしてんじゃん、僕。
・・・さつきさんにこの手のセリフを言うのはやめよう。絶対次は殺される。今度は拳が貫通するだろう。
「ほらっ、立てっ!生物室というのはここだろう」さつきさんは無茶をおっしゃった。
しかし、やっぱり目覚まし時計を壊したパワーは本物だ。帰りに買うのはものすごく頑丈なやつにしよう。
「失礼します」
先生は遅かったわね、と短く言って、僕に雑務を押し付けて、さっさとどこかへ行ってしまった。僕は溜息を小さく―――僕の目の前で山のプリントが4,5枚飛んでいくほど小さく―――ついた。このプリントをホチキスで止めろ、という事らしい。たかだか椅子ごと後ろに倒れただけでこの仕打ちはどうだろう。十分体罰なんじゃないか?
「ところで耕太よ、今日お前が相手をしてくれない鬱憤を晴らそうと学校中をウロウロしていたのだが、君は非常に評判が悪いな」
「・・・・・・」
返す言葉もございません。すべて僕のしてきた所業のせいでございます。
「君はあれか?盛りのついたチンパンジーに対抗しているのか?」
う~~~ん。まず間違いなく負けちゃいないけど、確実に僕のほうが勝っているけど、これは黙っておこう。僕にも尊厳というものがある。
「オットセイ・・・というわけではないだろうな。なんせ相当フられてるらしいし」
どうしても僕を動物に例えたいらしい。確かに一夫多妻制のオットセイとは違って僕はフられっぱなしだけど。
「しかし、そんな多感な少年を素直に受け止められるほど私は許容的ではないぞ」
「いやいやいやいや」
お笑い芸人並みに頭の上で大きく手を振る僕。
「あれは・・・あれです。さつきさんのための予行演習です」
あれ?信じてない目だ。おかしいな、結構いいこと言ったのに。
「その割には大した告白ではなかったな」
グサッ
「・・・・・・」
ものすごく傷ついた。ともすれば、今すぐ窓ガラスを割ってノーロープバンジーを初体験してしまいそうだ。
「私的には436番目に付き合ったケンジの告白が1番よかったかな」
「そんな軟派な女こっちだって願い下げだっ!」
僕は窓を開け、フレームに足をかけた。あ、やばい。遥か下に広がるコンクリートが天国に見える。わーい。今から僕は天国に行くんだ!
「・・・冗談だ、本気にするなっ!」僕を羽交い絞めにするさつきさん。
「いえ、信じません!」対して僕は大きく首を振った。その勢いで首が吹き飛んでいってしまいそうだ。まあ、吹き飛んだっていっか。さあ、天国へ向かって飛び立とう。
「信じてくれ!信じてくれたら、そうだな・・・いいことをしてやろう」
「信じる!!」
僕はすぐに窓から離れ、椅子に座った。機械さながらのスピードでホチキスを操作する。終わった頃には肩が上がらなくなっていた。明日は筋肉痛になりそうだ。やっぱりこれは体罰なんじゃないか?
「それで、いいことって言うのは?」
「うむ、掌のマッサージだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・しょぼ。まあ、いっか。
僕はプリントをまとめ、両手で抱えた。これを職員室にまで持っていかなくてはならない。つくづく人遣いの荒い先生だ。しかし、さつきさんが聞いてきたその僕の評価なら、しょうがないといえばしょうがない気がする。なんせ日ごろの行いが悪いのだし。大事だ、日ごろ。
「さあ、帰りましょうか」玄関で靴を履き替え、誰もいないのを確認して、さつきさんを振り返った。
「・・・あれ?」
いなかった。もしや、昇天してしまったのでは、というマイナス思考をしてしまったが、ここはプラス思考で行こう。きっとさつきさんは先に帰ってしまったのだ。もしくは部活動を見学でもしているのだろうか。
ちなみに僕は部活には所属していない。というか(教員も含めて)全校から腫れ物のような扱いをされ、粗大ごみのような目で見られている僕に居場所なんて無いのだ。しかしそんなことまったく気にしない僕。やっぱり壊れているのだろう。
「まいっか。とりあえず目覚ましを買いに行かなきゃ」
僕はひとりごちる。店員さんに「思い切り叩きつけても壊れない目覚まし時計ありますか」と聞いたらどんなリアクションをするのだろうか。ちょっと楽しみだった。